秘密兵器『HERO』
エデンとエルミカの絆は、より深まった。
傍で見ていた俺には少なくともそう見えた。産まれたての赤ん坊のように大声で泣きじゃくり合い、互いの大切さを噛み締めるように抱きしめ合いながら。
そうして、2人の絆は揺るぎないものになった。気がする、のではなく確信に至れるものとなった。
今の二人なら、どんなことも一緒に乗り越えられる。俺はそう思い、''日本一のアイドル''として本気の指導をすることを決めた。
顔の包帯を取ったのは、その表れだった。
「2人とも、覚悟は出来たみたいだな」
「ひょっ、ひょおおおぉおっ……! す、すす凄いデス……!」
「あ、あぁ……ほ、ほほ本当に……九頭龍倫人様そっくりだ……!」
「ま、それは『アポストロフィ』の効果ってことだな。あの九頭龍倫人が宣伝してるだけはある」
「し、しかし本当に似ていて……」
「そ、そうデス……ゴクッ……」
「まぁ個人差があるのは当然だ。俺にとってはこれ以上ないくらい効果が出たんだな」
俺は''日本一のアイドル''の顔をしたまま2人にそう言ったが、本当は個人差もクソない。
『アポストロフィ』、ちょっと清涼感のあるただの化粧水だ。
普段はクソブサイクな''ガチ陰キャ''でも使っただけで個人差次第で''日本一のアイドル''になれる? そんな訳ない。
俺が''日本一のアイドル''になれるのは当然だ。いつもしてる逆スーパーメイク落とせばいいんだからな。
今日も日本中で何も知らない馬鹿な奴らは俺になるべく金を落としているのだろう。ありがとな!
「まぁ、俺の顔の話はそこまでにして……。2人とも、今何のためにここにいるかは分かるな?」
神を目の前にしたような2人に、俺は唐突にそう問いかけた。
瞳をキラキラと輝かせ拝んでさえいた2人も、俺からの質問には真剣な表情で答える。
「もちろん、甘粕清蘭先輩先輩に勝つ為です」「もちろん、甘粕清蘭先輩先輩に勝つ為デス」
……よし。ちゃんと分かっているな。
それでいて、何の為に勝つのかも、かつてない真剣さを宿す表情が物語っている。変なプレッシャーにもなっていないようだ。
「あぁ、それで良い。今日から1週間、みっちりとお前達を、これまで以上に厳しく鍛えるが……ついてこれるな?」
「えぇ、望むところですよ。エルミカとなら、出来ないことはありません」
「お姉ちゃんと一緒なら、どんなに厳しい特訓でも乗り越えてやるデス!」
「……フッ、そうか」
さっきのは間違いだ、訂正しよう。
分かっている、なんてレベルじゃない。
エデンとエルミカは、互いに確信している。言葉にして表せるくらい、2人の絆の深さを。
どんなことでも2人ならば、出来る、乗り越えられる、叶えられる……と。
「だったら、その覚悟に俺も応えるとしよう。まぁ──ガッカリさせるようなことはないから、安心しろ」
俺は不敵な笑みを浮かべると、2人にそう告げて。
そうして、清蘭を超える為の超超超猛特訓が幕を開けた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
その日の夕方、俺が目にしていたのは2人の変わり果てた姿だった。
とは言ってもドロドロに溶け崩れたとか、腐肉臭漂う歩く死体になってたとかそういうのじゃなくて、酸素を取り込むことに必死になっている姿だった。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
人の姿もまばらとなった夕暮れ時に、2人は芝生の上に寝転がっている。真っ昼間ならそうしてる人達も多かっただろうが、今芝生の感触を楽しんでいるのはこの2人ぐらいだ。というか、楽しめてすらいないだろうな今は。
「……よし。今日の特訓は終わりだ。2人ともお疲れさん」
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
こんな風に俺に「ありがとうございます」と言えないほど、今の2人は疲弊している。呼吸のことしか頭にも身体にもないのだろう……とは言え、無理もない。
今日やったのは、普段していたメニューの3倍にも当たるものだ。ストレッチは念入りに1時間半もかけ、その後に''アルティメットシカゴフットワーク''での鬼ごっこをぶっ通しで3時間行い、最後に【アポカリプス】の曲を使ってのダンス練習を2時間というフルコースだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
もちろん休憩は挟んだ。休憩無しなんて、そんなブラックな練習のさせ方などしない。支倉さんじゃないんだから……。
おっと、普段のトラウマを思い出してる場合じゃない。2人を何とかしないと。
「明日も今日と同じ10時から始めるぞ。今日は色々あって俺は遅れてしまったが、明日は遅れることはないから安心しろ」
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
……これにも返事なしか。どうやら俺が思っている以上に疲労困憊のようだ。【アポカリプス】が普段しているようなトレーニングは流石に無理があったか……。
汗だくだし、もう女だってバレるのも構わないくらいにジャージを全開にして、胸を上下させて呼吸させてるエデン。
同じく汗だくで、必死に呼吸しているのを見ると非常に痛々しくすら見え、最早罪悪感も湧いてきてしまうエルミカ。
それと……そんな2人の傍にいる俺。
あれ、この構図マズくねえか?
「となれば仕方ない。早速使うしかねえか、アレを」
苦しむエデンとエルミカの為。そして俺にあらぬ誤解を抱かせない為に。俺は遂に持ってきていた秘密兵器を使う決心をする。
──『HERO』を。
「悪いな2人共。場所を移すぞ」
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
エデンをお姫様抱っこし、エルミカをおんぶすると俺は''アルティメットシカゴフットワーク''で瞬時にその場から姿を消し……着いたのは、朝に来ていたあの小川前のベンチだった。
今の時間帯ならば、誰かに見られる危険もない。俺は遠慮なく、エデン達に告げた。
「2人とも、これを飲んでくれ」
「ハァ……ハァ……?」
「ゼェ……ゼェ……?」
焦点のまだ合ってない瞳をこちらに向ける2人。その目に飛び込んでいるのは、何の変哲もない円形の白い錠剤だ。
しかしそれこそが、俺がシロさんに土下座をして頂いたもの……『HERO』だった。
『疲労をぶっ飛ばすニューヒーロー』とシロさんのセンスを疑うキャッチコピーそのままの効果が出るのを期待しつつ。飲ませた後に……俺は伝えた。
「エデン、マッサージするぞ」
『HERO』の効果を疑っている訳じゃないが、筋肉的な疲労はマッサージで解した方がいいのは自明の理だ。
し、しかし今の官能的なエデンを前に俺は落ち着いてマッサージ出来るのか……落ち着け俺! それ以上気を高めるなぁ!
「ハァ……ハァ……お願い……ハァ……します……ハァ……」
「あぁ……」
やっべー。マジでエロいぞエデン……。ま、まずい……男としての本能が……!
再び鋼の精神、ロボットモード起動!
オレハシタゴコロヲケスト、エデンノアシカラモミハジメタ。
「あっ……ひゃっ……!」
エデンハキョウセイトトモニカラダヲビクットハネサセタ。
カタイ。キンニクガコリカタマッテイル。キョウノトックンヲガンバッタアカシダナ……。オレガイヤシテアゲナイトナ。
「ふぁっ……あっあぁ……! んっ……ふっ……!」
カオヲマッカニシ、リョウテデクチヲオサエルモ、エデンハヨウエンナコエヲオサエキレズニイタ。
オレガキンニクヲホグスタビニ、ビクビクットカラダヲハネサセルノヲミルト、アラタメテビンカンナノダナトオモッタ。
「スマナイナエデン、モウスコシデオワルカラ」
「あっ……やっ……やめっ……ないでくださいっ……!」
「エッ……?」
「そのっ……気持ちいいんですっ……はあっ……続けてくださいっ……!」
ナミダメトナリナガラ、エデンハオレニソウウッタエテキテイタ。
オンナラシサノダイバクハツシタ、ツヤヤカデキレイデウツクシイカオニ……ツイニオレノロボットモードモオーバーヒートシテシマッタ。
「ひゃあんっ……! あっはっぁ……ダメっ……そこっ……──〜〜〜〜〜っっっ♡♡♡」
……その後、我を取り戻した俺の目の前には。
先ほどと同じように忙しなく呼吸をしながらも、顔を真っ赤に蒸気させ、満足気な表情を浮かべるエデンとエルミカの姿があった。
「はぁ……はぁ……ありがとうございます……♡」
「はぁ……はぁ……師匠……凄かったデス……♡」
……ひょっとしたら俺は何かとんでもないことをしでかしたのかもしれない……。
けど今はとにかく特訓を続けないとな。明日も頑張るとしよう……。




