お姉ちゃんと一緒なら。
「エルミカっ……お前っ……!?」
「実は……ずっと起きてたんだ。だから全部聞いてたの、お姉ちゃんの話」
「……!」
無邪気に「えへへ、ごめんね」と謝るエルミカに対し、エデンの表情は困惑に染まっていた。
(なんてことだ……エルミカに……知られてしまった!)
これまで懸命に隠し続けてきた秘密を、一番知られてはならない相手に知られてしまった。せめてエルミカから離れた場所で話すか、あるいは彼女がしっかりと眠っていることを確認すべきだったと自責の念が込み上げてくる。
今は無邪気な笑みを見せてはいるものの、きっとそれは演技。心配をかけまいとして気丈に振る舞っているのだとエデンはエルミカの表情をみて判断する。
次にどんな言葉をかけようか……混乱する頭で必死に考えるも何も浮かばない。代わりに浮かんでくるのは「何をやってるんだ!」「浅慮めが!」といった自身への罵倒の数々で。
(すまない……エルミカ……ごめんなさい……!)
"男"としての自分も、女としての自分もごちゃ混ぜになって。
それでも、せめてものお詫びとして涙と共に謝罪の言葉を口にしようとした……その時だった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「っ……」
予想だにしない、言葉。
予想だにしない、抱擁。
エルミカの取った2つの行動が、エデンの謝罪を止めさせていた。
「ワタシね……たとえお姉ちゃんと血が繋がっていなくても……お姉ちゃんの妹で良かったって、何の迷いもなく言えるよ」
穏やかに、まるで子守歌を聞かせてくれるようなその声色と口調は在りし日の母そっくりだった。
その事もあり、エデンはエルミカの胸に抱き寄せられたまま、彼女の話に耳を傾けずにはいられなかった。
「お父さんから疎まれてたこと、ワタシは薄々感じてたんだ。そして、中学校に通う前に留学をするってなったのも……お父さんがワタシを追い出そうとしてたんだなってことも。……確かに、ちょっと悲しかった。ワタシにとってはただ一人のお父さんだったから」
「……エル……ミカ……」
「お兄ちゃんが死んじゃった時も、凄く悲しかった。お母さんが元気なくなっちゃった時も、凄く悲しかった。お父さんがワタシを追い出そうとしてるって分かった時も、凄く悲しかった……でもね、ワタシはそれでも幸せだったんだよ。どうしてか、分かる?」
「……どう……して……?」
「お姉ちゃんが、いてくれたからだよ」
抱擁を一度止め、エルミカがこちらに顔を向ける。
彼女らしい無邪気な笑み。しかし、その瞳にはどちらも涙が浮かんでいた。
それを目の当たりにしたエデンも、瞳からエルミカのと同じものが零れていた。
「私……?」
「うん。お姉ちゃん、だよ。ワタシと一緒の歳だけど、ワタシのお姉ちゃん、エデンお姉ちゃんがいてくれたから、ワタシはずっとずっと幸せなんだ」
「私は……エルミカに何もっ……してあげられてない……」
「うぅん、そんな事ないよ。お姉ちゃんは、ワタシをずっとずっとずーっと守ってくれてるもん。ワタシといつも遊んでくれて、いつも叱ってくれて、いつも傍にいてくれてるもん」
「っっ……!」
「ずっと守ってくれてありがとう。大好きだよ、エデンお姉ちゃん」
エルミカの言葉の一つ一つが、エデンの罪悪感を解きほぐしていく。同時に、再び昔の思い出を想起させていた。
うんと幼い頃、お気に入りのおもちゃを取り合って喧嘩したり。
夕食の時に嫌いなピーマンを残そうとしたエルミカを叱りつけたり。
一緒に手綱をしっかりと握り締めて乗馬してはしゃいだり。
学校でイタズラをしたエルミカをまたまた叱ったり。
いつも、思い出の中にはエルミカの姿があった。本来であればいるはずのなかった、''妹''の姿がいつも傍にはあった。
品行方正、それを重んじるエクスカリス家において異端児とも言える元気と明るさを持つエルミカは、いつしか自分の隣にいる最愛の妹となっていた。
「ワタシ、お姉ちゃんと一緒なら何も怖くないよ。ただ……お姉ちゃんと離れ離れになっちゃうのだけは……嫌……嫌だよ……!」
この時、初めてエルミカの顔から笑みが消える。想像してしまったのだろう、自分がエクスカリス家から追い出されてしまった時のことを。
「エルミカっ……!」
そんな顔を見てしまい、エデンもますます涙が溢させると、今度は自分からエルミカを抱きしめる。
もう二度と離さない。そんな想いを込めながら。
「エルミカ……私だって……嫌だよ……! エルミカと離れるなんて……嫌だ……!」
「お姉ちゃん……お姉ちゃあんっ……!」
「エルミカ……エルミカぁっ……!」
本来であれば……エクスカリス家の血筋の者として見るなら、その光景は相応しくないものであった。
ジャージ姿で抱きしめ合いながら、人目を憚ることなく大声で泣き、互いの名を呼び合うなど、恥の上塗りも良い所だ。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
今の2人にとって大事なのは''エクスカリス家''としてではなく、互いの大切さを再確認することだったのだから。
清蘭との戦いに負けて悔し涙を流した時よりも。
エデンとエルミカはたくさん泣いた。
赤ん坊の頃、隣同士で泣いていた時のように。
たくさんたくさん、泣いていた──。
「……2人共、落ち着いたか?」
「はい……ずびびっ……」
「はいデス……ずびびっ……」
倫人がティッシュを手渡すと、同じようにして鼻をかんだエデンとエルミカ。
こうして見ると2人はやはりまだまだ子どもなんだなと若干微笑ましく思いながらも、倫人は強い決意を抱いていた。
(負けられない理由が増えたな)
2人の秘密を知り、倫人は静かに気持ちを昂らせる。清蘭との対決に勝たなければならないのはもちろんのこと、2人がさらなる高みに至れるようにしなければ……2人は離れ離れになってしまう。
となれば、もう後には引けない──倫人は自身の顔に巻いていた包帯に手をかけた。
「……さて、落ち着いた所で本題だ。今日、2人は何の為にここにいる?」
「それは……もちろん」
「甘粕先輩との勝負に勝つ為、デス」
「あぁ、そうだな。それには相応の覚悟がいる。2人はそれが出来てるか?」
「はいっ!!」「はいっ!!」
「……良い返事だ」
しゅるり、しゅるりと包帯を解いていく倫人。
2人が真剣な表情を向ける中でそれは続いていき……そして──
「その覚悟、確かに本物だ。だから俺も見せるとしよう……本物の''俺''をな」
全ての包帯を取り外し。
倫人は──''九頭龍倫人''として2人にそう告げていたのであった。




