5番勝負1戦目ダンス対決~VS超ド級筋肉イケメン・荒井大我~②
「さて、ではもう結果は分かり切ってますが、念の為クズの踊りも見させて貰いましょうか!」
「そうですねーまぁ不戦敗でも良いくらいですけどね! 皆さんもクズの無駄な足掻きをお楽しみください!」
司会進行の2人の会話に、客席がドッと湧く。もちろんそれは俺への侮蔑や嘲笑を含んだ同意の叫びだった。
その中で俺はガタガタと震え上がり、今にもプレッシャーに耐えかねて逃げだすんじゃないかという雰囲気を醸し出していた。
──まぁ、実際には全く緊張も恐怖もしていないんだけどな。
周りの奴らが知るはずもない。今もこうして自分達が嘲笑い侮蔑の目線を向け続けている九頭竜倫人が、”|日本一のアイドル”である九頭竜倫人だなんて。
俺としてもちょっとしたドッキリを仕掛けているみたいで踊るのが楽しみになってきた。
「とはいえ、荒井に勝つのは至難の業だな……」
罵倒の嵐の中だったので、今の俺の呟きは誰にも聞こえる心配はなかった。
俺には乗り越えるべきハードルがある。
もちろん、純粋なダンスの実力で荒井に勝たなきゃならないというのもあるけれども。それ以上に、俺が俺であることがバレないようにすることだ。
何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何を言ってるのか分からなかった……ってそんな訳はない。
忘れてはいけない。俺がこの秀麗樹学園で最も優先すべきことは、平穏な学生生活だ。クズと馬鹿にされるような日々を送ってはいるものの、鼓膜が破れるくらいキャーキャー言われるよりかはまだマシ。
クズと馬鹿にされる以外は誰とも関わらなくても良いし、授業を受けて寝るだけの本当に気楽な生活を送ることが出来る。
俺が”日本一のアイドル”である九頭竜倫人であるとバレてはいけない。何がなんでも。
同時に、今回の勝負には……カスの極みが具現化したかのようなあのカス女幼には勝ちたい。何がなんでも。
俺はヘラクレスもびっくりの難業にこれから挑むことになるな。荒井を超えるほどのダンスを披露しつつ、俺だとバレないまさにギリギリのラインを攻める、という難業に。
全く、神様ってのは俺に超絶イケメンフェイスをくれただけで、後は受難や試練ばっかり与えやがる。
まぁ良いか。だったらここにいる奴らも、神様も含めて──俺は魅せるだけだ。
「じゃあクズに踊ってもらう曲は……まぁこれで良いでしょ」
「うわー懐かしい! これは往年の名曲だねー!」
おっと、そうこうしている内にもう準備の時間か。司会進行の2人が何か盛り上がってるが、俺は何が来ても大丈夫だ。
往年の名曲……ということはかなりポピュラーな曲だろう。それはそれでやりやすい。
知らない曲はそもそもどこでテンポが上がるのか、盛り上げ所なのかが分からないが、知ってる曲ならやりやすい。
「それでは準備が整いました!」
「皆さんでクズの足掻きを嘲笑いましょう! 九頭竜倫人の番です、どうぞ!」
さて、魅せてやるとするか。
この俺、九頭竜倫人が艱難辛苦を乗り越えて、栄光の勝利を掴むその時を。
内心ではほくそ笑みながら俺は流れてきた曲に耳を傾ける。往年の名曲というくらいだから聞き覚えがあるだろう。
が、何故か不思議とイントロを聞いてもピンと来ない。
あれ、おかしいな?
なんと言うか……女の子の独特な可愛らしい声みたいなのは聞こえるんだが──
【ドッキュン バッキュン 萌え萌えキューンッ♡】
瞬間、俺は硬直した。
テンポは速い。しかしそれ以上に一般人が聞く曲には確実にない独特な雰囲気の前奏。
例えるなら"甘ったるい"と言う感じの女の子達の声が、先程の歌詞を口ずさんだその時。硬直した身体とは裏腹に俺の明晰な頭脳は解答を導き出す。
俺が……”日本一のアイドル”足るこの九頭竜倫人が踊らければならないのは。
紛うことなき──アニソンだった。
……。
…………。
………………。
──って、マジかよおおぉぉぉぉぉおおおぉおおおおおおぉおおっっっ!!??
いやいやいいや! 嘘だろこんなの!?
往年の名曲!?
いや1ミリたりとも知らねえよこんなバリッバリのアニソンオブアニソン‼
【キッミのハートをバンバンバァン!(大破) 拳銃機関銃ノンノンRPGでドッカンドンとねっ!】
「デュフフwww やっぱり【みりたり娘】の第一期第1クールのOPは最高でござるwww」
「マジそれなですな、昔を思い出しますなぁ! そう言えば今週の土日に5周年記念でゲラゲラ動画で1期から3期、そして劇場版の一挙放送をやるらしいですぞ!」
「もちろん知ってるでござりまする!! 見るのはマストだぞえ!!」
司会進行なのに何で2人で盛り上がってんだそこの声優志望!
悪意あるだろこのチョイス! 俺の見た目がガチ陰キャだからって偏見過ぎる! 踊りようがねえってこんなの!
【リロード大事 エイムも大事 だけどもけれども一番大事なのは~♪(大豆じゃないゾっ☆)】
ぐっ……マズい……!
魔境と呼ぶに相応しい世界に放り込まれ、俺は踊ることすら出来ずに棒立ち。
これはガチ陰キャを演じる上での演技ではなく、”日本一のアイドル”としてもかつてない試練を前にしたマジのリアクションだった。
な、何をどうすれば良いんだこんなの……!?
触れたことのない世界すぎて全く分からん。 棒立ちのままだなんて観客はさぞ俺を嗤っていることだろう……クソっ‼
悔しさに歯ぎしりをしつつ、俺は客席に目を向ける。やはり、棒立ちの俺を蔑む視線を会場中から感じる。どこを見渡しても……ん?
そこで俺は、偶然にも逆転の糸口を掴んだ。
予想通り、曲が流れる中で何も出来ていない俺を客席で嘲る奴らが大半だった。
だが、一部の客……恐らくオタク達だと思われる生徒達は激しく動いていた。
何やら両手をブンブンと左右に振り回して円を描いているようなものであったり、天に手を掲げたかと思えば手首から先だけを回しながら地面に突き刺すような動きだったり……見たことの無いものばかりだ。ついでにいつ持ったのかサイリウムも両手に携えている。
初めて見た奇妙奇天烈な動き、だがそれはこのアニソンが奏でる強烈な異世界にマッチしている。
間違いない、あれは……ダンスだ。無駄に洗練された無駄のない無駄な動き……アニソンに最適化されたダンスということを、俺は瞬時に悟った。
そして──。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっっっ‼」
雄叫びながら俺は見た動きを瞬時に覚え、さらに実践してみる。
瞬間、俺の血に何かが駆け巡った。
それはライブ中などで感じることのある”輝きを魅せる瞬間”の感覚。
俺が”日本一のアイドル”として人々を魅了する時の細胞のざわめきだった。
「なっ、何ぃぃいいいぃいいいいいっ!!?」
「つい先程まで呆然と立ち竦んでいたクズが、圧巻のオタ芸だとォォォォォォ!!?」
それまでこのアニメについて勝負そっちのけで話していた司会進行の2人がそう叫んだのが聞こえた。
【ババンバババン ズドドンドンドン ダンダダ パンパン カチッ シャコン ドゥワンッ!】
サビに入り、最高に意味不明な歌詞とより一層盛り上がった電波ミュージックに負けじと俺は喰らいつく。
リアルタイムの見様見真似で踊ってくれているオタク共のおかげで何とか踊れてはいるものの、こちらが出来ることはもう限られている。そこに、俺がアイドルの仕事で培った技術も織り交ぜる。
「デュフフゥゥゥウアアアッッッ!!!!! オウフゥゥゥゥゥゥゥウウゥウゥゥゥウウゥゥウゥゥウウフォカヌポゥゥゥゥウウゥウウウウゥウウウアアァアアァアアァアアアアァアアアアアァアッッッッッ!!!!!」
ラストスパートに向けて、俺は全身全霊の叫び声を上げて踊り狂う。
今、観客がどんな顔をしているのか。それを見る余裕はとっくになかった。手本としていたオタク達のダンスも、今は見ることは出来ない。
ただただ、全力を尽くして踊り続ける。”日本一のアイドル”として培った技術で、心で、魂で、己自身の全てを使って──"魅せる"。
それが、今の俺を突き動かしていた。
【急がないで 慌てないで しっかりしなきゃジャムっちゃうわ そんな時は思い出して この合言葉ドッキュン バッキュン 萌え萌えキューンッ♡】
曲の冒頭と同じ言葉で、この面妖な世界の幕は下ろされた。
最後の決めポーズは、奇しくも荒井と被った俺。背中で語り天に右拳を突き上げているため、観客の顔は見ることは出来なかった。
……やり切った。爆速で鼓動する心臓と絶え絶えの息がそれを証明している。だが重要なのはそこじゃない。
ちゃんと……"魅せる"ことは出来たのか。俺はゆっくりと振り返った。
顔が前を向いたその時、肌にビリビリと伝わって来るほどの衝撃が伝わって来て。同時に、耳を塞ぎたくなるほどの歓声と拍手が飛び込んで来た。
「すっ……すごぉぉぉぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおいっ!!! 凄い凄い凄い凄いーーーーーーーっ!!!」
「こ、これが本当にあのクズなのかぁぁぁぁぁああぁぁあ!!? 未だに今目の前で魅せられた踊りに、目を疑わざるを得ないーーーーーーーっ!!!」
あのアニメの熱心なファンであろう司会進行の2人組も絶叫している。俺は息を整えながら、じっくりと客席を見渡してみる。
溢れんばかりの笑顔、中には涙を流している奴もいる。満場一致の感想を、拍手と歓声とスタンディングオベーションが述べていた。
「さぁああぁああああああ何とも予想外ッッッ、驚異ッッッッ、神すらも予想出来なかったであろう神がかり的とも言えるダンスを披露したクズ……もとい九頭竜倫人ッッッッッ!!! そんな彼を、審査員のロドリゴ先生はどのように評価するのかァァァァァ!!?」
「それでは先生、評価をお願いしまーーーーーっすっ!!」
司会の声が響き渡ると、直後にドラムロールが流れ出す。
何もそんな大げさなことはしなくとも……そう思いつつも、俺は先生の評価を固唾を飲んで待った。。俺を含め誰もが髭の奥に隠された口から放たれる言葉を待った。
「評価ハ……10点満点中ノ……──10点。ジーザスパーフェクト……デス」
そう答えると共に、先生は感動の涙を流しながら拝むようにして座り込んでいた。
しばらく会場は衝撃のあまり沈黙に包まれる。先生がすすり泣く声だけが、聞こえていた。
「はぁ……やった……」
静寂の中で俺はそう呟くとその場にへたり込んだ。
その理由は一戦目を勝利出来たことと。
それ以上に、人々にしっかりと自分の輝きを魅せることが出来た、という安堵からだった。