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憧れの存在とミイラ男


「お姉ちゃんーーーーっっっ!!」


(エルミカっ……!)


 地面に落ちるその瞬間まで、エデンは手を伸ばし続けていた。愛してやまない、この世で最も大切なエルミカへと。

 エルミカも精一杯に手を伸ばすも運命は無情だった。ただ、手を伸ばして名前を叫ぶことしか、今のエルミカには出来なかった。

 このまま頭から地面に激突し、鈍い打撃音を響かせる。1秒にも満たない間に、そんな惨劇が2人を襲う。

 死とは、あまりにも突然で。あまりにも身勝手で。2人の姉妹はこのまま悲しみに暮れることになる──


「うおぉおおあおおあおああぁあああぁああぁっ!!」


 ──はずだった。

 雄叫びのような男の声が聞こえたかと思えば、誰かに身体を包み込まれていた。

 あまりにも一瞬の出来事で、エデンは理解も悲鳴も追いつく前に次は身体に衝撃が響いてくる。

 目を開けることも叶わず、そのままゴロゴロと転がり回るような感覚に溺れそうになる。


「──っ……!」


 ようやく瞳が世界を認識した時、最初に見えて来たのは最愛の妹の顔……ではなく。


「ハァ……ハァ……大丈夫か?」


 神々しさすらも覚えてしまうような整った男の顔であった。

 こちらを心配する眼差しを向ける男のその顔に心当たりはなく、全くと言って良いほど記憶では彼と知り合いだったことなどない。

 だが知り合いではなくとも、エデンはその男を知っていた(・・・・・・・・・)

 自分が男として振る舞う際に憧れ、言動も立ち居振る舞いも雰囲気も、全てを意識して真似をしている張本人……


「……九頭竜くずりゅう……倫人りんと様……」


 その名をエデンは呟いていた。状況が状況なだけに、半信半疑で。  

 今目の前にあるのは、テレビ越しに何度も見た神々しい輝きを放つ彼の顔。

 憧れを超えて崇拝に近い感情を覚えながら、ずっとずっと見続けて来た"日本一のアイドル"の顔。


(え……? これ……私は死んでしまっているの……?)


 ふと、そんな考えが頭を過る。憧れていた人がこんな目の前にいるなんてあり得ない、だからこれは死後の世界の出来事だ……と思うには、あまりにもリアル過ぎた。

 倫人に抱き締められている感触も、伝わってくる体温も。

 自分の顔の熱も、胸の中心で大きく速く打たれる鼓動も。

 そして……倫人の額から滴る血の匂いも、全てが現実であると認めるしかないものだった。

 ──となれば、倫人に本当マジ現実ガチで助けられたということであって。


「──っっきゃぁああぁああぁあああぁああああぁあああっっっ!!!」


「うおっ!?」


 エデンは盛大に叫んだ。倫人も驚きの声を出すほどの絶叫と共に吐血したエデンは、そのまま意識を失った。俗に言う尊死とうとしである。

 何せエデンは【アポカリプス】の中での最推しが倫人なので仕方がないのだが、倫人からしてみればまるで事切れたかのように映っていた。


「お、おいエデン!? どうしたんだ! しっかりしろエデン! おい!」


「お姉ちゃん大丈夫──ってわあぁああぁあああぁあああああ九頭竜倫人様ぁああぁああああぁあああ……」


「エルミカお前もかよっ!? おーーいっ!! 2人共しっかりしろーっっ!!」


 木から降りて駆け寄って来たかと思えばエルミカも絶叫してその場に倒れてしまい、エデンと同じく尊さのあまり吐血までもしている始末。

 エデンとエルミカ、2人の危篤状態に倫人は困り果ててしまったのだった。







「ん……ここは……」


 瞳を開け、朧げな視界でエデンは周囲を確認する。

 まだ自然エリアの一帯であるらしく、目の前には川幅2mほどの小川が流れている。

 桜は散ってしまったが、青々しい新緑や若草に包まれ、そこに陽気も加わって清々しい美味しい空気が鼻腔を通り抜ける。

 身体を横たわらせていたのは、そんな景色を見ながら涼める屋根付きのベンチだった。


「エルミカは……あっ」


 目をこすりながら後ろを振り向くと、お目当ての少女はすぐ傍にいた。先程までの必死の形相はどこへやら、すやすやと穏やかに眠っていた。

 とにかく、エルミカも無事でエデンは胸を撫で下ろした。しかし、いつの間にこんなとこに……と、記憶を振り返ろうとしたその時だった。

 

「気がついたか、エデン」


「……!」


 背後からの声に、エデンは心臓がきゅっと掴まれたような心地がした。

 その感覚から天国ではないらしいことを理解しつつ、声のした方をゆっくりと振り返る。

 もしかすると、夢のような現実がまだ続いてるかもしれない。期待と緊張を胸に、エデンは声の主の姿を目の当たりにする。


「……あれ?」


 先ほどのは確かに憧れの人物(倫人)の声。

 しかし、振り返った先にいたのは顔中に包帯を巻いた顔面だけミイラ男と呼ぶべき何某であった。


「ふぅ、やっと目を覚ましたか」


「貴様何者だ!? 」


「落ち着け。俺だ、師匠だよ」


「し、師匠!?」


 耳と目、エデンは同時に疑った。

 目の前に立っているミイラ男が、今日はまだ姿を見ることのなかった師匠。

 信じられないといった顔を浮かべるが、よくよく見れば背格好はまさに彼そのもので、身に纏うオーラからもそれを感じ取ると、次は別の疑問を口にしていた。


「師匠、どうしてそんな変わり果てた姿に……?」


「理由は2つだ。まずエデンを助ける時に怪我しちまったのと、俺の顔見るとたぶんまた血ィ吐いてぶっ倒れるだろうからな、エデンもエルミカも」


「はぁ、なるほど。……ん? ということは……もしかして……師匠は……!?」


 ミイラ男、もとい目の前にいる人物が九頭竜倫人かもしれないと期待に目を輝かせるエデン。

 が、「いいや違う」と首を振るとミイラ男、もとい倫人はエデンに釈明する。


「言っとくが俺は【アポカリプス】の九頭竜倫人じゃない。ただ同姓同名なだけの一般男子だ。顔がそっくりなのは、俺は"本気"を出す時には彼と同じ顔になるメイクを施すからだ。清蘭きよらとの決戦の時もそうしてただろ?」


「あ……確かにそうでしたね。ということは、今日は【アポストロフィ】を使っているのですね」


「あぁそうだ。今日遅れちまったのは、入手困難な【アポストロフィ】を手に入れる為に、色々と店を巡ってたからなんだ。悪いな」


「そ、そうだったのですか。それもこれも師匠が"本気"で俺達を指導して下さるために……ありがとうございます!」


(おぉ、ベンチの上で土下座とか器用だな本当に。土下座これに関しちゃ、やっぱエデン達には敵わねえな。それと、上手いこと信じ込んでくれて良かった……)


 エデンに感心しつつ、倫人は心底安堵していた。

 自分が"日本一のアイドル(九頭竜倫人)"であることは当然明かせず、2人に嘘をつく形になってしまって申し訳なさも感じてはいるものの


(身バレは避けないといけないのはもとより、もしも2人が俺を"日本一のアイドル"の九頭竜倫人として見るようになってたら、何度も尊死して特訓所じゃねえからな……。今日は包帯これ外さないでおこう……)


 と、倫人は自身の選択が正しかったことも同時に認めていた。

 倫人を見て絶叫し口から血を吐いて失神する。そんな尊死をする以上、エデンとエルミカは自分のガチファン勢であることは間違いない。

 倫人は念の為に包帯をきつく縛ると、咳払い。新たな話題を始めようとしていた。


「エデン、ちょっと聞きたいことがあるんだが良いか?」


「はい、なんでしょうか?」


「お前は……どうして"男として"振る舞うようになったんだ?」


「──!」


 倫人の質問に、エデンの顔は明らかに驚愕と狼狽を宿していた。



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