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エデンとエルミカ


「師匠、まだかな~?」


「こらエルミカ、ちゃんと集中してやらないと駄目だぞ」


「わ、分かってるよ」


「10時26分……練習開始は10時だったから、確かに今も師匠の姿が見えないのは不安に思うのも分かる。しかし、師匠だって遅れてしまうこともあるだろう。俺達だって日直で遅刻したことがあるしな」


「で、でも甘粕あまかす先輩との決戦まで1分1秒も惜しいのに……」


「分かっている。だが、かと言って焦っていてもどうしようもない。俺達に出来ることは師匠の言葉……いや師匠を信じることだ。違うか?」


「……うん、そうだね」


 4月29日水曜日。

 都内某所の自然公園にて、エデンとエルミカはそんな会話をしながらストレッチをしていた。

 清蘭との決戦の日、5月6日のゴールデンウィーク最終日まで残り期間が限られた中で、エデンとエルミカは「超強化特訓をするぞ」と倫人りんとに言われていた。


 エルミカはまだ来ない倫人を案じていたが、エデンの言葉に自分が今すべきことに気づかされると再びストレッチに集中していた。

 その後は自然公園の少し不慣れな芝をくすぐったく感じつつも、2人は意識を集中の底に沈めていく。風の音やゴールデンウィークらしい親子連れの賑やかな声に乱されることなく、ストレッチを淡々と進めていく2人……だったが。


「お姉ちゃんって、師匠のこと好き?」


「ぶっ!?」


 エルミカの無邪気に放たれた質問が、途端に集中力を吹っ飛ばしていた。


「お、お前っ急に何を言ってるんだっ!?」


「だってさー師匠ってかっこいいじゃん? ワタシは顔を除けば師匠好きだし、お姉ちゃんはどうなのかなーって」


「ば、馬鹿言うな! 師匠は師匠だ! 異性として思慕の念を抱くなどあっていいはずが……!」


「まーたそんな堅苦しいこと言っちゃって~。本当の所はどうなの~?」


「……うるさいっ! 集中するんだっ……!!」


「は~い」


(な、何をバカなことを言い始めるんだエルミカの奴っ……!)


 エデンは瞳を閉じて再び集中しようとしたが、全く精神が統一出来なかった。

 チラッと横を見ればニヤニヤとした顔でこちらを見つめるエルミカ、瞳を閉じれば浮かぶ倫人の姿。まさに"前門の虎後門の狼"と言わざるを得ない状況で……遂に、エデンは折れた。


「……分からない……けど……きっと……好き……なんだと思う……」


 顔を朱に染め、己の正直な気持ちを口にするエデン。その顔は並大抵の男子では敵わぬイケメンの顔ではなく、どこにでもいる恋する少女のそれであった。

 

「ホント!? 師匠のこと好きなの!?」


「わ、分からないってば……だって……誰かを好きになったことなんてないし……」


「師匠のこと思い浮かべて顔真っ赤にしてるんだよね? だったら好きだってばそれ!」


「そ、そそそそんな簡単に言わないで……言うな! 破廉恥でしょ……だろ!」


「ありゃりゃ完全に男言葉崩れるくらい女の人に戻っちゃってるし、完全に師匠に"ホの字"って奴だねこりゃあ~ヒューヒュー! お姉ちゃん熱いっ!!」


「お前……エルミカぁああぁあああぁぁあああっ!!」


 調子に乗ってからかい続けたエルミカに、とうとうエデンは我慢の限界を迎え実力行使で黙らせに入る。

 ストレッチが十分だったおかげで身体は軽く、即座にエデンは"アルティメットシカゴフットワーク"を駆使した超高速移動を始める。

 周囲で遊ぶ人の隙間を巧みに潜り抜け、一陣の風と化したままエルミカへと襲いかかる……が。


「あはははははっ! こっちだよ~お姉ちゃんっ!!」


 タダで捕まる訳もなく、エルミカも同じように"アルティメットシカゴフットワーク"を使い逃走。

 疾風となり駆け抜ける2人は自然公園中に謎の突風を巻き起こしながら、超スピードの鬼ごっこを繰り広げていた。


「なんでなのお姉ちゃんー! 好きだったら好きだって認めたら良いじゃんー!」


「そう易々と認められる訳がないだろー! だって認めてしまえば私は師匠の伴侶となるのだぞっ!? もしも離婚でもすれば私は即刻ハラキリカイシャクをしなければならないっ!」


「その時はその時だってばーーっ!! 師匠への想い、まず伝えてみれば良いじゃんかーっ!!」


「出来るかーーーーーっっっ!!」


 芝生で埋め尽くされた運動場エリアを抜け、いつしか2人は森林の生い茂る場所に意図せずしてやって来ていた。

 圧倒的な速度を生む脚力は木を垂直に駆けのぼることも可能にし、いつしか2人の主戦場は地面ではなく木の上となっていて。

 脚力を活かした蹴りによって木から木へ移るという離れ業もやってのけていた。


「ワタシはお姉ちゃんに"女の人(お姉ちゃん)"としての幸せを掴んで欲しいのーっ!! でもお姉ちゃんってフツーの男の人は好きにならないし、もう師匠を逃したら一生好きな人なんて出来ないんじゃないかって思うのーーーーっ!!」


「そうかもしれないが、とにかく師匠に告白は出来ん! 私は家を出るあの日(・・・)に、女ではなく"男"として生きていく覚悟を決めたんだっ!! だからそもそも師匠どうこうではなく男を好きになることは出来ないんだーーーっ!!」


「どうしてなのーーーっ!!? そんな覚悟要らないじゃんかーーーーっ!!! お姉ちゃんの幸せを掴めない覚悟なんて、要らないよーーーーっ!!!」


「……っ!!」


 エルミカの叫びに歯をギリッと食い縛り、エデンは脳裏に様々な光景が過った。

 幼い頃、今よりもさらに小さなエルミカと共に笑う"少女"の自分。あの頃はエルミカと同じように、自分も"少女"として生きていた。"少女"として、笑っていた。

 しかしそれが、ある時を境に険しい顔つきとなる。怒鳴りつける男の姿に、2人の幼い少女は泣くこともあった。

 それがエデンに変化をもたらした。"少女"の面影は消え、徐々に異なる何かを顔を宿していき……

 

 ──そして、エデン・エクスカリスはいつしか"男"として生きていた。


「あっ……」


 時間にすれば一瞬の記憶の旅。しかし、エデンの集中力を奪うには十分だった。

 さらには場所も悪かった。木の上という特殊な状況では、一瞬の油断が命取り。エデンは上手く木を蹴ることが出来ず、そのまま地面へとまっしぐらに落下していた。


「お姉ちゃんっ!」


 エルミカは叫ぶもどうしようも出来なかった。既にエデンは重力に従って10m近い高さから地面に落ちている。今から助けに入ったとしても間に合わなかった。


(俺は……私は……)


 自分の命の危機。それが目前に迫っていても、エデンはその瞳にエルミカの姿を映していた。

 最愛の妹。一言で表せばそんな存在であるエルミカに、エデンは手を伸ばしながら先ほど言えなかった言葉を、頭の中で思い浮かべた。


(エルミカを──守りたいんだ。何に代えてもエルミカを……)


 エルミカへと届かない手をそれでも伸ばし続けて。

 

 エデンはそのまま地面に激突していた──。



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