0から1を
「……落ち着いたか?」
未だすすり泣く声が聞こえるが、大声で叫び続けるようなものではなくなったのを見て、俺は声をかける。
目元を指でこすったり、鼻をズズーっと吸ったり、まだまだ感情の余波はあるもののエデンもエルミカもコクコクと頷いてくれていた。
「……ずみません……お見苦しい所を……」
「全然気にしてないから大丈夫だ」
「……でも、ワダシは気にしてますデズ……赤ちゃんみたいに遠慮なく泣いてるのを見られましたから……」
「おっとそうか。それは悪かったエルミカ。今度からは見ないようにするよ」
俺は謝罪の意を込めてエルミカの頭をポンポンと撫でた。
こういうデリカシーのない所は、やはり俺の弱点なんだろうなぁ……。まぁ当分は無理だろうが、恋人が出来た時に苦労しそうだ。
「あ、あの……」
「あっ……」
しかもよくよく考えたら撫でるのも馬鹿にしてるって思われるんじゃないか? そう考えた時には既に遅し、エルミカが撫でていることに関し何か言いたげだった。
「子ども扱いしないでくださいデス!」と言われて、気を逆撫でしてしまったか……女心は難しいな。
「えへへ……」
あ……良かった。
なんかよく分からんがご満悦のようだ。俺が止めようとすると物欲しそうな目線で訴えかけてきて、そのマジ天使ぶりには抗えずに俺は撫で続けた。
まさか頭を撫でて貰って機嫌が良くなるとは……やはりエルミカは見た目に違わず精神年齢は低いのかもしれない。
「……」
そしてこっちもよく分からんが、エデンの視線が妙に刺さるな……。涙目のまま、エデンはキッと鋭い視線で俺を睨みつけている。
もう"じ~~~"って音が聞こえそうなくらいこっちを見ている。
もしかして……撫でで欲しいのか?
いやいや、しっかり者のエデンに限ってそんなことはない。これはあれだ、俺がロリータなコンプレックスを発揮してエルミカに襲いかかろうとしないように警戒してるんだ。
「……」
そう予想を立てたのだが、余計に視線が強くなった。
ま、まさか……本当に撫でて欲しいのか? 普段は男装して滅多にデレなど見せそうにないあのエデンが、撫でられたがっているのか?
ええいままよ、なるようになれ! エデンの無言の圧力に押され、俺は恐る恐るもう片方の手を伸ばす。するとエデンはほんの少し下を向いて、上目遣いでこちらを見つめ始めていた。
今は男装のままだが、その仕草にはそこはかとない女性らしさを感じずにはいられなかった。
冷や汗をかきつつ俺は頭をそっと一撫で。エデンが拒絶する意志を見せなかったのでそのままエルミカにしているのと同じように優しく撫で続けると……。
「……えへっ♪」
男装など知ったことかと言わんばかりの可愛らしい声が聞こえて。耳を疑った俺はその様子を確認すると、今まで見たことのないニヤけ顔をエデンはしていた。
エルミカ以上に上機嫌な様のエデンが見せる普段のギャップにドキっとしつつも、俺は2人の頭を撫で続けた。
師匠として、男としてこれが泣いた女性に対する適切な励ましなのかどうかは分からないまま……ひたすら、ナデナデし続けた。
「"師匠"、それでは改めてご指導の方をお願いしますっ!!!」
「お願いしますデスっ!!!」
「お、おう……」
15分後、2人は見違えるくらいに元気を取り戻していた。ナデナデってすげえな。
かつてない程のやる気を見せる2人に少々圧倒されつつも、俺はこほんと咳払いをするとまず2人にある問いかけをした。
「今の清蘭と2人の実力差、それと戦う日までの残り時間を考慮すると……勝てる可能性はどれくらいあると思う?」
「勝率、ですか」
「あぁ。実際に戦った2人だからこそ分かると思うが、自分の予想で言ってみてくれ」
「……ワタシは、1%だと思います」
「……俺も、エルミカと同じです」
「そうか。なら答え合わせだ。清蘭に勝てる可能性は──0%だ」
「!!」
激しく動揺はしなかったものの、2人には確実に衝撃が走っただろう。ようやく気持ちを切り替えられた所で、再び現実を思い知らされるような言葉を突きつけられたのだから。
けど……安心しろ。2人共。
俺が本当に伝えたいのは……ここから先だ。
「0%とは言ったが、誤解しないでくれ。2人のポテンシャルは相当なものだ。それこそ、将来は清蘭に比肩するほどのものだと俺は思ってる」
「……ですが、それでも0%ということは……」
「……足りないんデスね、時間が」
「あぁ。圧倒的にな」
もしかしたらまた泣き崩れるんじゃないかと焦ったが、2人は冷静に察してくれて助かった。
不安が杞憂に終わると共に、今の言葉を聞いてもう確信に至った。
清蘭との埋めようがないとさえも思える実力差も時間さえあれば追いつける、そして追いこせる。そう信じられる気持ちがあったからこそ……──先程の答えが"1%"だったということを。
「今から死ぬ気でトレーニングをしても、時間が足りなさ過ぎる。ハードなトレーニングを積めば積むほど、その翌日は比例して激しい筋肉痛に襲われる。ボイストレーニングなら当然喉は枯れる……こればっかりは、時間がなきゃどうしようもないことだ」
「……それは分かっています」
「それでも、ワタシ達はやるんデス」
「……やるのか? 0%だったとしても?」
「やります。たとえ世界中から無理だと言われても、諦めません」
「たとえあなたから0%だと言われても、諦めませんデス」
「……どうして?」
「「だって私達は──輝きたいから。皆さんのようになりたい……いや、超えたいから」」
どこまでも真っ直ぐに、2人は言った。
視線も、気持ちも、目標も、向かうべき場所はただ1つ。
そこに辿り着こうとする覚悟は、もう揺るぎのないものになっていた。あの敗北を経て壊された自信やプライドは、さらに2人を大きく成長させていた。
「お願いします、"師匠"。今一度、ご指導の方をお願い致します!」
「ご迷惑なのはジュージューショーチデスが、どうかお願い致しますデス!」
息を揃え、そうしてやはり2人は土下座をしていた。
全く……出会ってから俺は何回土下座させれば気が済むんだ。
そんなの、そこまで頼まれなくたって俺はやるんだよ。
何故なら俺は──"日本一のアイドル"九頭竜倫人だ。自らの輝きを魅せて、見てくれた人達を輝かせる……それが"仕事"で使命なんだから。
「顔を上げてくれ2人共。そんなことしなくたって、俺はもちろん手伝うぞ。弟子を一人前に育て上げるのが師匠の役割だからな」
先ほどと同じように頭の上に手をポンと置くと俺は2人の顔をこちらに向かせる。
見上げた2人は何故か若干頬を朱に染めていたが……ともかく、俺は告げた。2人の覚悟と気迫に負けない、真剣な眼差しを向けて。
「一緒に目指そうぜ──0から1を」




