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溢れ出した本当の気持ち


「号外号外ーっ! 取れたてピチピチの号外だよーっ!!」


 4月28日火曜日。

 昨日に行われた甘粕あまかす清蘭きよら対エデン・エクスカリス&エルミカ・エクスカリスの勝負など当事者しか知り得なかったはずの情報は、秀麗樹しゅうれいじゅ学園全体を駆け巡る新聞部の威勢の良い声により誰もが認知することになる。


 新部長である文野ふみの春佳はるかの手によって徹夜で仕上げられたその記事を片手に新聞部各部員は学園中を奔走。既に学園全体で使用する"ココア"のメッセージグループには【激突! 期待のルーキーVS我が学園の頂点】と打ち出して幾多もの既読をつけた中での、満を持してのばら撒きタイムだった。


「うおっ!? 甘粕さんとエクスカリス兄妹が勝負!?」


「結果は甘粕さんの圧勝だって。やっぱり凄いよねー甘粕さん」


「まぁエクスカリス兄妹も頑張ったけどなー。有言実行した訳だし」


 号外を受け取り、読んだ者は次々と感想の声を上げていく。衝撃の対決に驚愕する者、清蘭の凄さや偉大さに改めて感嘆する者、エデンとエルミカの健闘を称える者、と人それぞれだった。


 事の発端、勝負の内容に結果、さらには勝者である清蘭へのインタビュー記事などコンテンツが盛り沢山だったこともあり、号外は飛ぶように売れた。

 かと言って、実際に金銭が入る訳ではないが、新聞部としては人々の注目を集めること自体が目的なので、今回の記事は最高の"ネタ"であった。

 1月末に行われた甘粕清蘭VS九頭竜くずりゅう倫人りんとと比べれば劣るものの、大成功と言って差し支えない結果だった。

だが……今回の号外ネタは、単に清蘭とエクスカリス姉妹が戦ったことを取り上げたのみに収まらず……その両者が、再び激突するということまで人々に知らしめていた。

 

 ──さらにそれが、ゴールデンウィークの最終日にある学園内のアピールコンテスト【ダイヤモンドハンティングカップ】にて繰り広げられるということもであった。





「はぁ~あ、とんでもねえことになったちまったな……」


「師匠、申し訳ございません!」「師匠、すみませんでしたデス!」


 昨日のあの一戦……清蘭に挑み、そして完膚無きにまで叩きのめされた翌日、俺達はこれまでと同じようにいつもの練習場である学内の自然エリアにいた。

 ふと近くにあった木の幹に腰かけながら呟いた俺に、エデンとエルミカは勢い良く土下座をしていた。

 2人の土下座を見るのにも慣れてしまい、今では戸惑いではなく息の合ったいつものシンクロ土下座に軽く感動も覚えるようになった。

 だが2人は……いや俺も含めて、"いつも通り"ではなかった。

 正確に言えば2人が今している土下座もまた、"いつも通り"ではなかった。


「どうして、謝るんだ?」


「先日はとんでもない失態を犯してしまい、俺達の……いや、俺のせいで……あなたの顔に泥を塗ってしまいました……!」」


「ワタシ達……じゃなくてワタシは師匠の期待に応えられませんでしたデス。本当に申し訳ございませんでしたデス……!」


 心からの謝罪が、見慣れたはずのその姿勢からひしひしと感じられる。

 ……それもそうか。2人の顔は見えないものの、その声や言葉は震えているのが丸分かりだ。

 溢れ出しそうな気持ちをグッと堪えて、謝罪の弁を言い続けるのは健気さすらも伝わってくる。


「ただ……次は負けません! 今度は……俺が絶対に勝ちますからぁっ!!」


「ワタシも……デス! 今度こそ甘粕先輩には負けませんからデスぅっ!!」


 エデンが顔を上げて叫び、エルミカも同じように続く。

 2人の少女の誓いとも言える決意は、その顔に抑え切れなかった涙を溢れさせて放たれていた。

 清蘭との一戦での圧倒的敗北から僅か1日、気持ちの整理がつかないのは無理もなかった。

 それでも、こうして2人は前に進む気持ちを、戦う意志を失ってはいない。涙まみれのその顔に、情けなく垂れ下がった眉毛の下にある瞳の奥に、その炎は静かに燃えていた。

 

「……2人共」


 2人が鼻をすする音と風の音以外には静寂に満たされていた森の中で俺は口を開く。

 罵倒や追及、それらが嵐のように浴びせられる……そう思っていたのか2人は正座の体勢を分かりやすいくらいにビクっとさせていた。


「よく、頑張ったな」


 しかし。俺が2人に告げたのは真逆のもの。

 この時になって初めて口にした労いの言葉に、エデンとエルミカは目を見開いてきょとんとしていた。


「清蘭を相手に1歩も引かない意志の強さは本当に見事だった。あれだけ圧倒的実力差を見せつけられても尚消えず、寧ろ前以上に燃え滾る気持ち……俺が思っている以上に、エデンとエルミカは強かった。そして──」


「……そんな……ことありません……」


 その時、俺の言葉の途中にか細い声が割って入る。

 いつもであれば凛々しく芯があり、間違いなくイケボの類に入るその面影ないくらい、弱弱しくて消え入りそうなエデンの声が。


「……俺……いやは……強くなんかありません……。現実を知らないで……出来もしないことを叫んでいた……ただの子どもです……。だからこうして……甘粕先輩に負けたのです……わたくしは……弱いのです……!」


 師匠である俺の話を遮ってでも話したかったのは、己への自責。声だけだった震えは、徐々にエデンの身体全体へと波及していく。今目の前にいるのは、新入生代表スピーチをしたエデン・エクスカリスではなく、ありのままの彼女・・であった。


「ワタシも……師匠に褒めて貰える資格なんて……ありませんデス……。ワタシは……お姉ちゃんと一緒なら……どんなことも乗り越えられるって思ってっ……ぐすっ……でもっ……うわあぁああぁあああぁああああああああぁんっ!」


 もっと分かりやすく、エルミカはありのままの自分を曝け出していた。涙だけで何とか抑え込んでいた感情が、泣き声となって悲痛に森に響き渡る。


「うっ……くぅ……あぁぁあぁ……! わぁああぁああああっ……!」


 そして……エルミカの泣き声はエデンの心をさらに揺さぶったのだろう。もしくは双子としての親和性高さからか、エデンも押し殺していた声が徐々に大きくなり……遂には立派な泣き声として俺の耳に届いていた。

 2人は……泣き続けた。それまで堪えられていたのがまるで嘘であったかのように。

 俺に褒められたことが、既に決壊寸前だったエデンとエルミカの気持ちの臨界点を超えさせたのかもしれない。

 2人の本当の姿を間近で見ていると、俺の心にも感情が伝わって来てしまう。悔しさ、悲しさ、自責の念……それらが、2人の泣き声を通して痛いくらいに。


 だが、俺は師匠だ。

 こうして2人が涙を流して感情を爆発させるのを、しっかりと見届けねばならない。エデンとエルミカの本心を、本当を、受け止めなければならない。泣き止ませるのではなく、ただひたすらに。

 今の俺に出来ることは……それだけだった。


 

「「──────!!」」



 その後、俺は2人の奏でる涙声の調べを、ずっと黙って聞き続けたのだった。



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