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"打倒!4傑&甘粕清蘭"スペシャルトレーニング~7日目~


「……」


 4月20日、月曜日。

 エデンとエルミカに俺直伝のスペシャルトレーニングでの特訓を始めてから1週間が経過していた。

 とは言うものの、初日はトレーニングメニューのオードブルであるストレッチだけで終わってしまった。さらに言えば、その週はストレッチを習得するのに奮起する、という異例の週になった。


 2日目も3日目もそれ以降も、学園の自然エリアにわざわざ来るもただただストレッチをするだけの日々。エデンとエルミカからすれば本当に指導をする気があるのかと胸倉を掴んで問い質したかっただろう。


「……」「……」


 そうして迎えた7日目の今日、俺は2人に尊敬の眼差しすらも向けていた。

 無言のまま瞳を閉じ、集中を極限にまで高めてストレッチをしている2人を、俺も邪魔にならないように沈黙して見つめる。


 ただ純粋に、凄い子達だと思った。いくら師匠からの指導であると言えども、ストレッチに時間ばかりを費やして本当にトレーニングになっているのかと疑心暗鬼になってもおかしくはないのに。

 今のエデンとエルミカはそんな疑問すらもない、一点の曇りもない心で以てストレッチをやり遂げようとしている。一意専心とはまさにこのことだ。


「……1分だ。終了」


 俺の合図に180度開脚をし、地面に上半身をくっつけていた2人は同時に身体を起こす。

 その顔には疑念も何もなく、ひたすら研ぎ澄まされた集中力が籠もっていた。


「師匠、本日は……どうですか?」


「ワタシ達の身体、確認してくださいデス!」


「……トレーニング開始から1週間が経ったが……見事だエデン、それにエルミカ。スペシャルトレーニングオードブル、"ハイパーストレッチ"は完了だ。触らなくても分かるぐらい、2人の身体はほぐれているさ。30分間できっちり仕上げたし、もう習得済みだと思うぞ」


「本当ですか!」


「やったデスーっ!」


 真剣に染まっていた顔は一転、喜色満面となり2人は無邪気に手を合わせて喜んでいた。その様を見ると心が温かくなるような気さえもする。


 だが……決して甘くなってはならない。それはこれだけ集中して取り組んでくれている2人の本気に対する侮辱になる。これからも心を鬼にして指導しなければならないな。


 ……全く、指導する側ってのもキツい立場だ。支倉はせくらさんもこんな気持ちだったんだろうか。それはまぁともかくとして。


「どうだエデン、エルミカ。自分の身体の変化は?」


「はい! 凄いです……筋肉の疲労をまるで感じないほど、身体が軽いです!」


「このままお空に飛べちゃいそうなくらいデスーっ! こうパタパターって!」


「そうかそうか。実感出来てるようなら幸いだ。俺……じゃなくて【アポカリプス】もパフォーマンスの前には必ずこのストレッチをしてる。その日のパフォーマンスを最大限発揮出来るようにな」


「なるほど……。"日本一のアイドル"とされる彼らもこれを……」


「もしかして、ワタシ達って凄いデスか!? 【アポカリプス】の皆さんと同じことが出来るだなんて」


「馬鹿を言うな。エデンとエルミカはまだ序の口だ。ようやく及第点に達したってだけで、【アポカリプス】の皆がやるそれはまたレベルが段違いだぞ。集中力の高さもそうだが、時間も倍の1時間はかけるしな」


「な、なんと……! 流石は"日本一のアイドル"ですね……!」


「やっぱり【アポカリプス】は偉大なんデスね! ところで、師匠はどうして【アポカリプス】の皆さんがこれをしてるって知ってたんデスか?」


「それはそのっ……まぁこの学校にいると彼らの話を聞かない日なんてないし……チラッと誰かが話すのが聞こえたんだ」


 あ、あっぶねえ……。危うくボロを出す所だった。それっぽい理由で誤魔化すことは出来たけど……もう軽々しく【アポカリプス】の内部事情は話さないようにしないと。

 それはそうとして、"鉄は熱いうちに打て"だ。さっさと次のメニューに移ろうとしよう。まだまだ喜んでいる2人の夢見心地を覚まして──現実を教えねえとな。


「エデン、エルミカ。次のメニューに行くぞ」


「はいっ!」「はいデスっ!」


「ずっとストレッチしっぱなしで飽きただろ。今度は身体を盛大に動かすから、飽きることはないと思うがな」


「なるほど、でしたら筋力トレーニングなどでしょうか? 構いません! 俺はどんなものにだってついていきます!」


「ワタシもデスっ! 腕立て伏せ100回でも腹筋100回でもスクワット100回でも、何でもやってみせますデスっ!」


「その意気や良し。だが、どれも違う。今回のメニューっていうのは……"鬼ごっこ"だ」


「「鬼ごっこ……?」」


 2人は同時にきょとんとする。だが無理もない。

 筋力トレーニングで鬼ごっこをするだなんて聞いたこともないだろう。俺だって【アポカリプス】で初めてこれをした時は耳を疑ったし……。


「師匠、鬼ごっことはあの"鬼ごっこ"でしょうか?」


「あぁ、そうだ。1人が鬼となって他の奴らを追いかけ回すあの遊びだ」


「鬼ごっこならワタシ大得意デスよー! 子どもの頃から大好きデス!」


「そうかそうか。なら楽しんで取り組めると思うぞ」


 まだ困惑気味のエデンに対し、瞳を爛々と輝かせまさに子どものようなエルミカ。まぁ見た目は完全に幼女なんだけど、さらに子どもっぽく見えるというか……。とにかく、モチベは下がってはいないようだ。


 ──だが……教えてやる。エデン、そしてエルミカ。

 今から行う"鬼ごっこ"は……二度とやりたくないと言いたくなるほどの過酷なものだってな。


「ルールは簡単だ。まず、鬼はエデンとエルミカの2人で、逃げるのは俺だ」


「俺とエルミカの2人、ですか」


「ええーっ!? そんな~ワタシ逃げる方やりたいデスー!」


「駄目だエルミカ。これは遊びじゃなく特訓だ。楽しんでやるのは良いことだが、そっちに振り切り過ぎても意味がないからな」


「うぅ……残念デス……」


「まぁそう肩を落とすな。逃げる方になりたかったら、エデンと協力して俺をタッチするんだな。範囲はこの自然エリア全体、エデンとエルミカの2人が俺をタッチ出来たその時に鬼は交代だ。ちなみに俺を鬼にして、尚且つ俺から10分間逃げ切ればトレーニングは終了だ。分かったな?」 


 エデンは頷き、まだ納得していなさそうだったがエルミカもその後に首を縦に振っていた。

 よし、俺もそっちのスイッチ(・・・・・・・・)を入れるとするか。


「それじゃあ始めるぞ。よーいどん──」


「なっ……!?」「えっ……!?」


 次の瞬間、2人は目の前で起こったことにありのままの反応を見せる。

 目の前にいたはずの俺が瞬きをする間に消えた、という現象に。


「なっ、あっ、師匠っ……!?」


「落ち着けエルミカ。"鬼ごっこ"はもう始まっている。恐らく師匠は"アルティメットシカゴフットワーク"を使ったんだ」


「なるほど……じゃあこっちも、追わないとだね!」


「あぁ、行くぞエルミカ──!」


 ……やはり、あのストレッチを経て精神も磨かれたようだな。こっちとしてもやり甲斐のある相手だ。

 エデンとエルミカは闘志を漲らせると、俺と同じように姿を消す。


 "アルティメットシカゴフットワーク"による究極の"鬼ごっこ"が始まった。 



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