5番勝負1戦目ダンス対決~VS超ド級筋肉イケメン・荒井大我~①
「しゃあッッ!! 俺様の出番だオッラぁぁぁぁああぁあッッッ!!!」
黄色い歓声を全身に浴びるのは、逆立った赤い髪に獣のように血走った赤い瞳を持つ男、ならぬ漢。
ギラギラとした雰囲気を全身から放ちながら気合十分の叫び声を張り上げる、野生の獣を彷彿とさせるそいつは……数々のイケメンが集うこの秀麗樹学園の中でも頂点に立つ超絶イケメン”4傑”に数えられる1人──荒井大我だ。
そして……こいつは【アポカリプス】では”イアラ”でもあった。
「オイコラぁぁぁこのクズ野郎がよぉおおおぉおおぉおおッッッ!!」
そんな荒井に、俺は現在進行形でガンを飛ばされて且つ胸倉を掴まれております。
「てめェが清蘭ちゃんに何をしたのか詳しくは知らねェがどうでも良いッッッ!! 俺様がブチのめしてやるから覚悟してやがれェッッッ!!!!!」
熱い。まるで炎が目前にあるかのようだ。流石は学園一の熱血漢。っていうかほぼヤンキーみたいな見た目もあってかなり怖い。
顔面蒼白で今にもチビりそうなほど、俺は”ガチ陰キャ”の自分を演出する。
まぁかなり見慣れた怒り顔でもあるんだけどな。感情を隠し切れない、嘘をつくのが下手なお前らしい顔だよイアラ。
「おーっと落ち着いて下さい荒井君! 今からあなたとクズが繰り広げるのは喧嘩バトルではなく、ダンスバトルですよーっ!」
「分かってるっつのォッッ!!」
司会進行からの制止もあり、ようやく荒井は俺を解放する。
腰が抜けてしまいふらふらと情けなく立ち上がる(演技をする)俺を待って、司会進行は言葉の続きを紡ぐ。
「それでは改めまして、5番勝負の最初の勝負内容、それは"ダンスバトル"です! ルールは至極単純、指定された曲の中でフリーダンスを行い、より高得点を獲得した方の勝利です! なお評価するのは我らが秀麗樹学園の講師でプロのダンサー兼振付師でもあるロドリゴ先生です!」
「ハーイロドリゴデース」
ふむ、ロドリゴ先生が審査か。となると、生徒間での贔屓目での評価じゃないぶん有難い。
しかし同時に、プロの振付師ともなるとその目は誤魔化せない。そして相手はイアラ、もとい荒井だ。苦戦になるのは間違いないな。
「分かりやすいなァオイッッッ!! てめェも理解出来たかァ!?」
「アッハイ」
「よォォしィィィ!! じゃあ早速やろうぜッッッ!!」
そう言うと、せっかく来た上着をまたも荒井は放り捨てる。
再び衆目に晒された黒光りの引き締まったマッスルボディが輝きを放つ。女子を中心に黄色い悲鳴が上がり、「ヒューッ! 見ろよ荒井さんの身体、まるで鋼みてェだ!」と男子からの称賛の言葉も聞こえてきた。
だが、何故いつも荒井は事あるごとに脱ぐんだろうか。ライブ中も気をつけていないと脱ごうとするし……。実は変態かこいつ?
「先攻は俺様ッ、異論はねェなァ!?」
「アッハイ」
「じゃあさっさとやろうぜッッッ!!」
軽く両足で跳びながら、首や拳をパキパキと鳴らしたりと待ち切れない様子の荒井。
俺はそそくさとその場から退くと、荒井の勢いと気合に圧倒された司会側もすぐさま準備に入る。
「そっ、それでは先攻、荒井大我君の番です、どうぞ!」
開始の合図がされると、無音の前奏が流れ始めた。
暗闇に静寂、その中でただ1人赤のスポットライトに包まれる荒井。
不動の仁王立ち、その瞳は閉じられている。集中を高めているようで──
「ハアッッッ!!!」
息を吐き出すと同時に、荒井のダンスが始まった。前奏のドラムソロのビートに合わせ、荒井の時間は幕を開ける。
「おおっ! あれは!!」
「''ボックスステップ''だ!
どこからかそんな声が聞こえた。
足をを前後左右に動かし、四角形を描くようなステップであるボックスステップ。ダンスの基本中の基本と言えるステップだ。
「凄……い」
「すげえ……」
「な、なんて人だ……!」
見る者が見れば分かる。特に、ダンスを少しでもかじったことのある経験者であれば。
身体の各部位を自分の思うように動かす。それこそがダンスの目指すべき極致であり、同時に基本でもある。
しかし、人とは思った以上に自分の身体を思うようには動かせていないのだ。ボックスステップ1つ取っても、"上手さ"というのはモロに出る。
圧倒的に鍛え上げられた肉体美に目がいきがちだが、荒井大我、そして【アポカリプス】では”イアラ”として輝きを放つこいつに関して、真に見るべきはそこではない。
基本のボックスステップであったとしても決して手は抜かない意識と気迫。
そしてその信条、信念は……荒井の踊る全てに注がれる。
「Come on!!」
ボックスステップを終え、ますます気合の入る荒井。ここからが本領だな。
重低音のドラムソロパートが終わり、いよいよ曲は主旋律を奏で始める。
一言で言えばかなりのアップテンポで最初からサビだと思いこんでしまうような激しい曲調のEDMだった。生半可な踊りでは曲に負けてしまい、途端に見る者の"熱"を覚ましてしまうようなリスキーな曲調。
だが、それもまた荒井という漢には関係のないことだった。
「Yeahhhhhhhhhhh!!!」
両腕、身体、両足、頭、手首、足首、身体の各部位を総動員し、荒井は曲調に負けず劣らずの激しいダンスを見せていく。
メロディーラインに一切臆することなく、寧ろ主役は俺だと言わんばかりの堂々とした踊りっぷりを見せつけ、観客である生徒達は大いに盛り上がった。
格闘技を取り入れたような動きに加え、ジャズダンス、ポップダンス、ブレイクダンス、ロボットダンス、培ってきたダンスの技術を惜しげもなく披露し、会場は興奮の坩堝と化していく。
しかしここからが正念場。曲調から騒がしさが消え、一転して大人しくなった。これも、分かる者には分かる前兆。"これからサビが来るんだ"と。
嵐の前の静けさと例えられるような曲調の中で荒井もまた静かに舞う。
静寂の中で見せるのはまるで身体の部位それぞれに意志があるかのようなアイソレーション。右手から生じたうねりが右肩を伝い左肩、左手に移っていく。水のような滑らかな流動性に、観衆は静かに魅入る。
そして……遂に音が完全に消える。
次に派手な音がすれば……"その時"だ。
「──Fireeeeeeeeeeee!!!」
己を鼓舞するかのような声を上げた後、荒井の踊りはさらに進化し、真価を発揮する。
叫び声と共に開幕したのは曲のサビであり、荒井の"魅せ場"だ。
これまでの集大成だと証明するかのように、一番の力強さ、技術の高さ、さらには気迫を魅せていく。しかもこれだけ体力を消費した中で、バク転やバク宙、サマーソルトと言った大技をも行い、アリーナを揺らすほどの歓声が響き渡った。気がつけば魅せられていた皆は歓声と共に手拍子を行っていて、満身創痍の荒井をあと押しする。
曲もクライマックスに差しかかり、これ以上ないほどテンポも加速し、人々の"熱"もまた最高潮に達していく。
その中で──
「Break through,and break over!!!!」
荒井は、最後まで輝きを失わないままやり遂げた。
最後の決めポーズで、荒井は敢えて背中を向けていた。体力の限界を示すように溢れ出した汗が広全身の筋肉を覆い尽くしているが、それでもやりきったと言わんばかりに振り上げられた右拳。
これを漢と言わずとして何と例えるべきか、ほんの少しの静寂の後に万雷の拍手と惜しみない歓声が届けられた。
「……す、凄いッ!! 凄い凄い凄いぃぃぃぃぃぃぃッ!! なんという3分半だったのでしょうかっ!! 巧くッ、堅実でッ、そして力強いッ!! あれだけ激しく複雑なダンスを、最後までやりきる体力そして精神力ッッッ!! なんという男、いや漢なんだァァァァァ荒井大我ァァァァァァァァァァ!!」
称賛の嵐に僅かに遅れて、司会の感想が添えられる。皆の気持ちを代弁したかのような言葉選びだ。
「ではでは、興奮も冷めやらないままではありますが、早速評価を! ロドリゴ先生、お願いしますっ!!」
司会がそう促すと、大興奮の会場の中で唯一厳しい表情をした外国人に一斉に注目が集まる。
ロドリゴ先生、この秀麗樹学園におけるダンス教師の筆頭でもあるアラサー男性は、表情を一切変えず考え込むようにして目を閉じていた。が、カッと目を見開くと
「今のダンスは、10点満点中9.8点、ベリーベリーエキサイティングデースっ!!」
と叫んだ。
ほぼ満点と言える高得点に、会場内は同意の拍手が溢れ返る。
「おお~~~っと! なんという高得点! しかしながら当然の得点ですっ!! ただでさえ勝つことが不可能のクズにこれはオーバーキルぅぅぅぅぅう!!」
「ハァ……ハァ……ハァ……フハハハハッ、どうだァ……クズがァ……!」
観客、司会進行、そして実際に踊った荒井。
誰もが絶対に勝つのは無理だと、勝利を確信した笑顔を浮かべている。
……確かに、あれだけのパフォーマンスを魅せたのは素直に凄い。会場は1つになったし、荒井は間違いなく輝く星になっていたと思う。
──だが、甘いぞ荒井。
お前の相手が誰なのか、今すぐ分からせてやる。
次にそのステージに立って、そして見る者を魅せるのは。
「"日本一のアイドル"であるこの俺──九頭竜倫人だ」
勝利を確信した笑み。
罵声や罵倒の数々。
それらが向けられる中で、俺は静かに集中を深めながら。
人知れず、笑った。