エデンとの和解
「……待たせたな。ん……? どうした、変に顔が横を向いているが」
「い、いや気にしないで……何でもないから」
「……? そうか」
不思議そうにしていたが、エデンはそれ以上追及はしてこなかった。聞き分けが良くて本当に助かった。
この不自然に横を向いてる顔の経緯を説明するとなると、"カーテン越しとは言えエデンの着替えをガン見しようとしていた俺"と"その俺の首を元に戻すべくテレフォンパンチを放ったエルミカ"なんて地獄絵図をわざわざ説明しないといけなかったからな。冷や汗を滝のようにかいていた俺とエルミカはホッと胸を撫で下ろした。
「……さて、それじゃあ話に入ろうか、下賤の輩よ」
制服を乱すことなく学校案内のパンフレットのモデルのように丁寧に着こなすエデンが不意にそう言った。動揺しまくっていた先ほどは女の子らしい恥じらいの顔なども見られたが、もう既に今は見目麗しいイケメンのそれに切り替わっている。
下賤の輩と呼ばれたことに関してはまぁ……ツッコまないでおこう。
「まさかこんな短期間でお前に二度も会うだけでなく、俺……いや私の秘密を知られてしまうことになるとは予想外だった」
「俺も予想外だったよ……まさかエデンが女だったなんて」
実際に口にしてみても未だに驚いてしまう事実だ。
とは言え、エデンの女性らしさ溢れる部分を見てしまえば納得せざるを得ない。エデンの秘密を知ってしまった今、俺はどうなるのだろうか。もしかして口封じに血祭りにあげられるのではないだろうか……と、俺が不安を募らせていた所で──
「頼む……どうかこの通りだ」
「っ……!?」
「私が本当は女であること、誰にも言わないでくれ……!」
エデンは脅迫ではなく、懇願をしていた。。
何の躊躇いもなく床を頭につけるエデン。言うまでもなくそれは土下座だ。今彼女がどんな顔でそれをしているのかを知ることは叶わない。さらには
「ワタシからも、お願いしますデス!」
「っっ……!!?」
隣にちょこんと佇んでいたエルミカもまた、エデンと同じように首を垂れる。
水色の綺麗な髪が床についてしまうのも全く厭わず、エデンに負けず劣らずのしっかりとした土下座を見せていた。
「ちょっ、ちょっと土下座までしなくても……」
「日本では、これが一番誠意の籠もった頼み方だと聞いた」
「そんなの良いよ顔上げろって。女の子の顔が汚れたら駄目だろ?」
「だ、だが……」
「わざわざそんなことしなくても俺は誰にも言わないよ」
「本当か?」「本当デスか?」
エデンとエルミカは同時に顔を上げる。どちらも信じられないと言った感情が貼りつけられていて、同時に縋るような雰囲気も放っていた。
「エデンが実は女だったなんて誰かに言った所で俺にメリットなんかないし、それに理由は知らないけどよほど知られたくないことなんだろ? 酸素不足でぶっ倒れるくらいなんだから」
「酸素不足……デスか?」
「あぁ。制服をぴっちりと着込む以外にあんだけセーターも着込んで胸を圧迫してたなら、見た目からじゃ胸があるようには見えなかったよ。でも、長時間圧迫し過ぎたせいで呼吸が上手くいかずにエデンは倒れてしまったんじゃないか?」
「その通りだ」
「だろ? でもそれで倒れるまで、エデンはあの格好を止めなかった。それだけ男装が見抜かれるのが嫌だった……」
というよりも、恐れていたようにも見える。
自分自身が女だと見られることへの抵抗感や恐怖感、それが今こうして落ち着いて面と向かい合ったエデンからは伝わってくる。
恐らくその感情の始まりの部分がエデンが男装をしている理由になるのだろうが……ともかく。
「俺はエデンが男装する理由を知る気はないし、誰かに言うつもりもない。こう言うだけしかないけど……信じてくれ」
俺は2人の顔をそれぞれ真っ直ぐ見つめた。
疑心暗鬼、と言った顔だ。それもそうだ、秘密というものを知ったら口を滑らせる人間の方が多いだろう。ましてやSNSが普及した今なら、プライバシーなんてあってないようなもの。会って間もない俺のことを信用出来ないのも分かる。
ただそれでも……信じてくれ。俺はそんな想いを込めて2人を見つめ続けた。
「……おい」
「何だ?」
「そんな汚らしい目でエルミカを見つめるな! この汚物が!」
「ええ!?」
と、次にエデンの口から飛び出したのは新たな罵倒ワード。加えてゴミを見るような視線でした。あれ? 俺なんか悪い事しましたか? もしかして気がつかない内にロリータのコンプレックスになってますか?
「まぁまぁお姉ちゃん、落ち着いてよ。この人、嘘つきそうな人じゃないよ?」
「しかしエルミカ……」
「ワタシはこの人信じるよ! だって、お姉ちゃんを助けてくれたんだから!」
うおぉおぉおおおおおっ!! マジ天使ッッッ!!
エルミカたん……違う違う! エルミカは満面の笑みを作ると、そう言ってエデンを説得してくれていた。うへへ可愛すぎる……やっぱり純粋無垢な幼女は最高だぜ!
「うぐぐ……確かに恩返しせねば武士の恥だ……くっうぅ……! ……仕方ない、お前を信じるとしよう……不逞の汚物よ……」
流石にエルミカの言葉を疑う訳にはいかないらしい。エデンも断腸の思いで俺のことを信じてくれたみたいだ。"不逞の汚物"なんて新しい呼び名が生まれてしまっていたけど。
「ま、まぁ信じてくれるようで良かったよ。それじゃあ、話はこれで終わりで……」
「待て」
「な、何?」
「そう言えばお前の名前をまだ聞いていなかったな。流石に恩人のことをいつまでも"不逞の汚物"呼びする訳にもいかない」
「それもそうだな……って何で俺が納得してるんだ」
自分で自分にツッコミつつ、俺はエデンの質問に何気なく答える。
……それが、俺とエクスカリス姉妹に新たな波乱を呼び起こすとは露知らず──。
「俺は九頭竜倫人だ、よろしくな」
「なるほど、九頭竜……倫人……か……」
「九頭竜……倫人……」
「九頭竜……?」
「倫人……?」
エデンとエルミカは俺の名を交互に呟きつつ、何かを思い出しているような顔をしている。その後、しばらく沈黙が訪れて……
「「あ、あの九頭竜倫人先輩ーーーーーーっっっ!!?」」
そして、同時に叫んだ。流石は双子息ぴったりだ。
「お、おおおお姉ちゃんどどどどうしよ!? こっ、こっ、こっ、この人が生の九頭竜先輩だってえええぇええええっ!!?」
「わ、おおっおおわわわっ私俺はなんて無礼なことを!? 敬語を使ってないどころかなんて罵詈雑言をををををををっ!!?」」
「あの……?」
「きゃぁああああわあぁああぁあああぁああああああ!!」
「おあわわあぁああぁああきゃあぁああああああぁあ!!」
駄目だ、俺の声など全く届いていない。半狂乱状態に陥ってしまった。
たぶんこのパニくり具合は、1月の俺と清蘭の戦いを見たことがあるからこその反応だろうな。実は新学期に入ってから下級生からもちょこちょこ注目されているのを肌で感じていたが、この2人ほどの凄い反応は初めてだ……ちょっとドン引きした。
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「だ、大丈夫か……?」
ひとしきり叫び疲れた2人に俺は心配の声をかける。
が、次の瞬間2人はまたも息の揃った動きを見せて同時に頭を床につく。再びの土下座、そして──
「「お願いします! 弟子にしてください!!」」
と、切実な願いを叫んでいて。
今日三度目となる顎の骨が外れた激痛が俺を襲っていたのだった。




