天誅タイム
「きっ、ききききっ貴様っ……! わ、わわわわっ私に何をする気だったんだ!?」
「ま、待って! 話せば分かる! だから落ち着いてくれ!」
「俗に言う"助平"なる行為を働こうとしていたのだろう!? 俗に言う……"ドージンシ"みたいに!」
「とにかく落ち着けってば! Please be cool!」
顔を真っ赤にし激情と混乱に駆られたエデンに、俺は焦るしかなかった。
何せ、彼……いや彼女は俺に天誅を下そうと、両手でベッドを持ち上げて今にもぶつけようとしている。
あんなのまともに喰らったら仕事を長期間休まざるを得ない怪我は不可避。絶対に避けなければならない。
だから俺は必死に説得を試みているのだが……。
「に、日本男児は誰もが高潔な大和魂を持ち、伴侶は生涯に1人……。故にそういうことも伴侶と見定めた女性と致すと聞いた……。ま、まさか貴様が私にそんな気があるなんて!」
「お前さっきから何言ってんだ!? どこで学んだんだよその偏った日本知識!」
「貴様の想いには応えられん! というか、貴様はただの暴漢だ! いたいけな女性の弱みにつけこみ襲いかかろうとするなど……エルミカの時も私の時も貴様という奴は……! 下劣の極み、地獄に堕ちろぉおおおぉおおぉおおおおおおおっ!!」
「わわっ、やめっ、止めろぉおおおぉおおおおおぉおっ!!」
完全に正気を失っていたエデンに俺の言葉は一切届かなかった。互いの叫び声がハーモニーを奏でる中で、俺はアイドル生命の終わりを覚悟する。
ごめんなさい……イアラ……ShinGen……鬼優……東雲……ジョニーさん……支倉さん……ファンの皆……お母さん……お父さん……清蘭……能登鷹さん……シロさん……。
"日本一のアイドル"九頭竜倫人の最期は……ベッドに叩き潰されて圧死でした……。どうせなら……ステージの上で死にたかったぜ……。
「──お姉ちゃんストォォォォォップ!!」
「「!?」」
俺とエデンは同時に驚愕した。
今まさにベッドが振り下ろされるというその時に俺とエデンの間に割って入ったのは、それまでやり取りを見ていた小さな少女、エルミカだった。
なるべく身体を大きく見せる為か、エルミカは大の字の形となり、エデンの方を見上げている。
「エルミカっ、何をっ……!?」
「お姉ちゃん、とりあえず落ち着かなきゃダメだよ。そうやってすぐに熱くなっちゃうのお姉ちゃんの悪い癖だよ」
「し、しかしエルミカ……」
「この人はお姉ちゃんのことを助けてくれた恩人なんだよ? それなのにベッドで叩こうとするなんて、そんなのお姉ちゃんの好きな"シンセングミ"だったら"シドーフカクゴ"で"ハラキリ"だよ」
「ぐっ……くぅ……」
おぉ……凄いな。説得の仕方はともかく、あの見た目からはとても想像出来ない落ち着いた諭し方でエデンの怒りをエルミカは鎮火させていた。恐るべし幼女……。
とにかく、エデンは落ち着きを取り戻したようだ。となると、ここからは腰を据えての話し合いだ。距離を取って俺はベッドに座ると、エデンと話を──。
「あっ……」
「何だ?」
「いや……あの……」
「だから何なんだ?」
「服……着た方が……良いぞ……」
「あぁ、服か……──~~~ッ!?」
肌色に戻ったエデンの顔は再び朱に染まる。カッターシャツのボタンは全部外れていて、しっかりとしたイメージからはかけ離れた可愛らしい桃色の水着と、それだけでは到底隠し切れない豊満な2つの山が晒されていることに気づいたからで。
「……向こうを見ていろっ……絶対にこっちを見るんじゃないぞ……っ!」
恥ずかしさを押し殺すような声で俺にそう言うと、先ほど天罰用に使おうとしていたベッドの元まで行き、カーテンを閉じた。器用に床とカーテンの隙間から自分の制服を取り、エデンはそのまま着替え始める。
言われた通りにエデンが着替えている方とは逆、壁の方を俺は凝視する。
後ろを振り返ればカーテンがあるとはいえ、エデンが着替え中……か。普通の健全な男子高校生であれば、あのような妖艶な身体つきのエデンが着替え中とあらば欲望と好奇心に負けて振り向いてしまうに違いない。
だが俺は"日本一のアイドル"九頭竜倫人だ。そんじょそこらの男子高校生共とは段違いの屈強な精神力を持っている。
シロさんの時は己の欲望に屈してしまったが……だがあれを経て、俺の精神力はさらに鍛え上げられた。
だから俺は決して振り向かない。如何にエデンが日本人離れしたスタイルの良さを持っていようとも、俺の顔があちらを向くことなどない。
安心して着替えると良いぞエデン。何度でも言うが俺は決して振り向かないのだから。
「……あの」
「ん? 何かなエルミカちゃん」
「お姉ちゃんに見ないようにって、言われたんじゃなかったんでしたっけデス?」
「あぁそうだ。だから俺はこうして壁の方を見つめているんだよ」
「でも……お姉ちゃんの方、ガッツリ見てないデスか?」
「はははやだなぁエルミカちゃん。そんなはずが──何ィィイィィイィィィィィ!!?」
俺は驚かざるを得なかった。
気がつけば、俺は首を180℃回転させていて、エルミカちゃんの言う通りガッッッツリとエデンの着替えている方を見つめていたんだからな。
な、なんてことだ……! 必死に首を戻そうとするも、まるで万力で固定されたかのように動かない。エデンの着替えを見たいという気持ちが強過ぎる……!
「う……また大きくなったな……胸……」
と、そこで着替え中のエデンの言葉が聞こえてきた。そのせいで今エデンがどのように着替えているのかを俺の意志に関係なく脳内がフル稼働でイメージ映像を生み出してしまう。
ますます俺の首は動かなくなる。さらには瞼までもが固定され、瞬きをしないまま俺はエデンの方をガン見してしまっている。
ヤメロォー!! 建前じゃなく本音でヤメロォーッ!! 必死に俺の理性がそう呼びかけるも、本能は全く言うことを聞いてくれなかった。
恐るべし、エデン・エクスカリス。"日本一のアイドル"として鋼の精神力を持つ俺に覗きをさせるなんて……!
しかしそれは、彼女もまた清蘭や能登鷹さん、シロさんと同じように、超一流になれる素質を秘めていることの裏返しなのかもしれない。
それはそうとして早くこれを止めないと、せっかくエルミカちゃんに助けて貰った命がまたも危機に瀕してしまう。
頼む、今だけは勝ってくれ……俺の理性よ……!
「うぐおぉおぉおおおぉおおお……!!」
「だ、大丈夫デスか……?」
「エ……エルミカちゃん……! 俺の首を捻るのを手伝ってくれ……!」
「い、良いんデスカ?」
「あぁ……頼む……! このままだと俺はエデンの言う通り……下劣の極みに成り果てる……! 何でもするから……頼む……!」
「……分かりましたデス。では、遠慮なく……」
そう言うとエルミカちゃんは何やらステップを刻み始める。
なんか見たことあるな。何だっけ……そうだ、あれだ。ボクシングの選手とかがよくするあのステップに似ている……な……──
「では行きますデスよー!!」
「ちょっ、ちょっちょっちょっと待ってエルミカちゃん! それは駄目──」
「てやぁああぁあああぁああああっ!!」
……俺は、うっかりと忘れていた。
今にして考えれば、女性ながら"アルティメットシカゴフットワーク"が出来るエデンの身体能力は凄まじいものだ。
そして、そんなエデンとエルミカちゃんは血の繋がっている双子。
ならば、その部分も遺憾無く似ていて。
俺は……エルミカちゃんの腰の入った右ストレートをモロに喰らっていたのだった。




