甘粕清蘭と能登鷹音唯瑠と4傑と俺と。
「甘粕ちゃーん! オレのタコさんウィンナー食べてよー!」
「てめえッ武原ッ!! 抜け駆けしてんじゃねえッ!! 甘粕さんッ、俺様の漢焼きローストビーフを食わねェか!?」
「こらこら2人共、押しつけがましいのは良くないですよ。ところで甘粕さん、よろしければ僕の高野豆腐は如何ですか?」
「しれっとしてるな優木……。無理しなくて大丈夫だぞ甘粕さん。まぁ俺の卵サラダ、いつでも食べてくれて良いから」
「わー、全部美味しそうじゃん! いっただっきまーす!」
周りからすれば夢のような光景が昼休みの時間に繰り広げられている。
秀麗樹学園屈指のイケメンである"4傑"──荒井大我、武原太郎、優木尊、雲間東の4人が、"学園一の美少女"と同じクラスで昼食を取っている。
これまで実現することのなかった夢のコラボレーションに3年A組中の注目はおろか、教室の外にもごった返すほど生徒が集まっていた。
「……こんなの、【アポカリプス】の時と大して変わらねえじゃねえか……」
4傑のお弁当をへつりながら満足げな顔をする清蘭の椅子になっている俺は、密かにそう呟いた。依然として清蘭のお仕置きタイムは続行中だ。
4傑や清蘭への羨望と畏敬の目に混じって、ゴミを見つめるような視線が俺に向けられてるような気がする……。まぁそれも時折くらいだから全然構わないけれど……。
しかし、昼休みになったのにご飯が食べれないのは辛い、辛すぎる。人間の三大欲求の1つである食欲が成長期の俺の胃袋を刺激し、グーグーと先程から大熱唱している。椅子なんて止めて今すぐにでも愛しのマイお弁当箱を手に持って、安らぎの便所飯タイムを送りたい……。
「ところで甘粕さん。九頭竜君はそろそろ許してあげないのですか?」
溜息をつこうとした所で、思わぬ救いの手、ならぬ声が耳に入る。
物腰柔らかで諭すようなその話し方は優木特有のものだ。でかしたぞ優木! やっとその話題に触れてくれたか!
「えーなんでー?」
「いえ、ふと思っただけですよ。聞けば登校してから1時間目が始まるまでずっと土下座をしていて、授業中も甘粕さんの分のノートを取っていて、そしてお昼休みにはこうしてあなたの椅子になっている、もう十分彼は尽くしたのではないでしょうか?」
「いーや! まだ全っ然あたしは許す気になれないの! これぐらいじゃ、あたしをカス扱いした罪は償えないの!」
「そうだぜ優木ィ! 九頭竜の野郎は確かに甘粕さんに勝ったが、それで甘粕さんをカス扱いにして良い訳がねェだろォが! 調子に乗ってんだとしたら九頭竜はクズに逆戻りだぜェ!!」
不満を見せる清蘭に、さらに荒井の援護が加わる。クソッ、あの脳筋が!
別に調子に乗ってる訳じゃないし、なんならいつもの俺はデフォルトで清蘭をカス扱いにしてるんだが……まぁそれを知るとさらに荒井はブチ切れそうだ。
というか身バレするので当然言わないでおこう。
「みこっちの言うこと、オレも賛成だなー」
「武原ッ……!?」
「ご飯は仲良しの人と食べた方が良いし、オレは甘粕ちゃんともクズ君とも食べたいって思ってるよー! クズ君もきっと凄く反省してるし、甘粕ちゃん許してあげたらどうかなー?」
な、なんとここで武原がこっちサイドにつくなんて。予想外の事態に口をあんぐりとしつつ、その直後に俺はほくそ笑んでいた。
だが、まだ2対2の状況だ。日本国民らしく民主主義の多数決に訴えるのなら、もう1人こっちサイドについて欲しい所だ。
頼む、誰か……俺に救済の道を与えてくれ……!
「……私も、倫人君を許してあげて欲しいかな、と思います」
鈴の音のような美しい声色が耳に届く。
キタぁあぁぁぁぁあぁああぁああああああっっっ!! と、俺は心の中で両腕を突き上げた。この3人目の加勢者は大きすぎる。数もそうだが、何よりも質が。「えぇー!? なんで!? なんでなの!?」と清蘭が問いただすのも無理はない。
アイツにとっての数少ない友達──能登鷹さんがこちらに立ったのだから。
「倫人君が確かに清蘭ちゃんのことをカスって言っちゃったのは事実です。でも、何かしら理由があってそう言ったんだと思います。その理由を聞かれないまま、倫人君がこんな目に遭うのは……理不尽かなと、私は思いました」
「っっ……!」
能登鷹さんの気丈で芯の通った声が聞こえる。
なんて強い意志なんだ……。【第1回UMフラッピングコンテスト】で大賞を取ったとは言え、この学園での序列は未だに清蘭が1番であることは否めない。
頂点に立つその清蘭に物申す、それがどれほど勇気の必要なことか。運命の籠に閉じ込められていた能登鷹音唯瑠という気弱な少女は、あのコンテストを経て立派に生まれ変わっていた。
凄いな……成長したんだな……能登鷹さん……!
瞳から零れた涙を拭いつつ、俺は椅子のロールを全うしながら状況の変化に意識を向ける。これで2対3だ。しかし数以上に、能登鷹さんの離反によって清蘭の精神的ダメージは大きいだろう。
その証拠にいつもなら勢いと自分勝手な理論でゴリ押していくのに、今はすっかりと黙り込んでしまっている。
……ククク、目に浮かぶぜ。清蘭のぐぬぬ顔がな。社会で生きていくには、我儘なだけじゃ駄目なんだよ。ここで思い知るが良い、日本社会での民主主義の重要性をな!
「じゃ、じゃあっ……あんたはどうなのよ! 雲間! だっけ?」
「そ、そう。雲間東」
「雲間! あんたの答えを聞かせなさい!」
「そうだぜ雲間ァ!! てめェは甘粕さんの味方だよなァ!?」
机をバァンと叩きつけるほどの勢いで、清蘭と荒井が同時に雲間に迫る。
最後の1人が雲間か……。こいつに関しては全然読めんぞ。俺と対決した時も好感触だったのかどうか微妙だったし……まさに結果は神のみぞ知る、って所か。また神かよ。
「そうだな俺は……」
俺も含めて全員が注目する中で、遂に雲間が口を開く。
「別に、どっちの味方でもないぞ」
「……え……?」
「だって、そもそもは甘粕さんと九頭竜君の間の問題だし、それに他人の俺がどうこう言って許すとか許さないとかを決める権利はないだろ?」
「あ、あァ……まァ……」
「まぁ強いて言うなら、さっき能登鷹さんが言ったようになんで"カス"って言ったのかを聞くことから始めた方が良いと思う。もしかしたら聞き間違いっていう可能性もある訳だし……俺の意見はこんな感じだよ」
……おぉ、まさに中立派。雲間らしいコメントだ。
何はともあれ、結果は出た。許して欲しい派3人、許さない派2人、どちらでもない派1人……最終的には許して欲しい派が一番多かったが、最も有用な意見となりそうなのはどちらでもない派だろう。現に──
「……立ちなさい。クズ野郎」
「は、はい……」
「あたしの質問に、正直に答えなさい」
清蘭はまだ不満を顔に浮かべつつも、俺を椅子の任から解くとそう切り出してきた。
面と向かい合う……と、俺の逆スーパーメイクが施されたクソ不細工な顔を目にして反射的にゲロを吐くので、背を向けたまま清蘭は尋ねてきていた。
「あの時、あんたはあたしにカスと言っていたのか、言っていたとしたら何で言ったのか、教えなさい」
分かりやすいシンプルな質問だったが俺は閉口する。
だってこの場で認めようものなら、瞬く間に俺はこの場にいるほぼ全員から血祭りに上げられるだろう。地獄に行っても見られないような殺戮ショーが開演し、八つ裂きどころか木っ端微塵にされる未来が目の奥で浮かんだ。
だからこそ、ここは是が非でも嘘をつかねばならない。正直に答えろと言われたが……悪いな清蘭。俺はしっかりと嘘をつくぞ。
心の中で決意を固めると、俺は閉じていた口を開いた。もちろん喋る時は"ガチ陰キャ"として、だけど。
「ぼっ、ぼぼっぼ……僕は……カスとは言っていないです……」
「本当に? あの時、あたしの耳にはハッキリと聞こえたんだけど? 『何って、僕を陥れようとしてるカス神に悪態ついてたんだよ! あのクソッタレがふざけんじゃねえ!! あのカスっぷりは清蘭にも匹敵するぐらいで……ハッ!?』って」
チッ、相変わらずこういうどうでも良さそうなことには記憶力が無駄に良いな。一字一句合ってるのは大したもんだ。
だが……覚悟しやがれ。お前の記憶力がいくら良かろうが、俺の嘘で塗り変えてやる。そんでもって──ちょっと喜ばせてやるよ。
「違います……あの時、僕はこう言ったんです。『何って、僕を喜ばせようとしてるガチ神に感謝してたんだよ! あのクソッタレがマジありがてえ!! 甘粕っプリティな清蘭と同じクラスで……ハァ嬉し……』と、実は言っていたんです。感情が昂ったせいで語彙が滅茶苦茶になりましたけど……」
俺はしっかりと、誰の耳にも届くほどの声で弁明をした。
流石は俺、完璧な嘘だ。さほど中身を改変していないから、これならあの時の言葉が聞き間違いだったと自然に思えるだろう。
とは言えそれは俺の中の評価に過ぎない。重要なのは周りがどう思うか、何より清蘭がどう思うかだ。果たして結果は……?
「ふ、ふふっふーん……そ、そうなんだぁ……」
およ? 何か思ってたのと違うぞ清蘭の反応。予想してたのは「あ、そっかーそう言ってんだ。じゃあしょうがないなぁ、許してあげる!」と素直に信じるか、正反対に「そんなのあり得ないし! 嘘つくなって言ったでしょこのクズ野郎!!」と罵倒して再び椅子の任を仰せつかることになるとてっきり思ってたのに。
なんというか、かなりしおらしい、おとなしめの反応だ。僅かに声が震えてるし、後ろ姿だから顔は分からないけど耳は真っ赤になってるし……大丈夫か清蘭の奴? さっき4傑の皆のお弁当貰った時に何か変なモン食ったんじゃ……?
「っ──!?」
と、色々と考えていた所で予想外の事態が起きる。
突然、清蘭がこちら側に倒れ込んで来たのだ、
「清っ……甘粕さん!」
俺は必死に呼びかけるが返事がない。顔が真っ赤になったまま、意識を失っているようだ。
もしかして、これは3月14日の時の謎の症状が再発したんじゃ……!?
「ど、どいて! どいてくれっ!!」
俺はすぐさま清蘭をお姫様抱っこすると、心配で駆け寄った生徒の波をかきわけて保健室へと向かったのだった。




