いつもの面子+α
3年A組──新しく僕の本拠地となる教室。私立秀麗樹学園のシステムに従い一番上の階の5階にあるその教室は、最上級生らしいと言えばそうかもしれない。
だが少なくとも、僕にとっては最悪の教室だ。確かに窓から見える景色は綺麗っちゃ綺麗だけど、まずそもそも5階まで上るのが面倒だ。とは言え、秀麗樹学園にはエレベーターもある。それを利用すれば良いのだけれど……大概の場合が満員だ。無理すれば乗れなくもないけど、"ガチ陰キャ"はここでの市民権を勝ち取り切れていないので、乗せて貰えず。
結局、階段を上って上ってようやく辿り着くのが新たな本拠地という訳だ。まぁ本業で鍛えられた体力のおかげで疲れることはないけど、"ガチ陰キャ"のキャラを守る為にわざわざ疲れた演技をしなければならないのが面倒臭すぎる。
……まぁ、ここが最悪の教室という理由はもう1つあって。というかそっちの方が理由の大半を占めていて──。
「おぉ! あのお方がいらっしゃったぞ!」
「全員道を開けなさい! あのお方の邪魔よ!」
「おぉ、今日も世界一可愛いッ!! 貫禄の圧倒的可憐さッ!!」
「ブライテストべアウチフル! ストロンゲストキューティー!」
あぁ、来やがった。
もう目にしなくても想像が出来る。数多の生徒の視線を独り占めし、羨望と尊敬の籠もった賛美の言葉をかけられながら、謎のドヤ顔を浮かべながら歩み寄ってくるとある女子生徒の姿。
「皆おっはよー!! そして、おはようございまぁすぅ~クズ野郎っ!」
はい、おはようございます。甘粕清蘭様。親愛する僕の幼馴染様よ。
心の中で返事をしながら、僕は再び己が身を憂いた。
1年生、2年生と続き、結局僕はこのお方と3年生でも同じクラスになってしまった。
昨日、エクスカリス兄弟との邂逅を終えた後は結局授業に出ないまま1日を過ごして、放課後になってようやく校門の外から望遠鏡まで使ってようやくクラス分けの掲示板を見れた訳だけど……。
待っていたのはどう足掻いても絶望でした。お疲れ様です、僕。
「あっれれぇ~? 返事はどうしたのかなぁ~?」
「……おはようございます……甘粕清蘭様。今日も大変見目お麗しゅうにてご候」
「そうそう、よく分かってるじゃん! あ、そのまま土下座続けといてね」
「はい……」
満足げな高笑いを耳にしながら、清蘭様の仰るように僕は土下座を続ける。
一見すると理不尽な目に遭っているように思えるけど仕方ない。半分は自業自得だ、
昨日、僕がうっかり神への文句を零した際に清蘭様のことをカス扱いしてしまったのだから。
もちろんあの後清蘭様とココアでコンタクトを図るも……っていうかあっちの方から怒涛のメッセージが送って来てたけども。
やっぱり激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーミングファイターズセンセーションエモーション。クリスマスの1件があってから、"カス"という言葉に過剰反応するようになったなぁ……。
ともかく、配下軍団に僕への制裁を止めて貰うようにしないと真面目に学業がヤバい……というよりも、生徒会長権限を濫用して通知表の数字すらも弄り回すかもしれない。かもしれないっていうか、本当にやる。甘粕清蘭とはそういう人物なのだから。
最終学歴が中卒は非常にマズいので、昨晩僕は平身低頭で謝り続けた。ビデオ通話でずっと土下座をしたまま謝罪の言葉を伝えること2時間、ようやく許してくれたけど条件があった。
『だったら、明日からあたしのことを様付で呼びなさい。それでいて、あたしの言うことは何でも聞いてね! 何でもするって言ってたし!』
それが、僕に課された条件だった。「何でもする」なんて一言も言ってないけど、それも含めて反論を全て呑み込み現在に至る。
全ては最終学歴の為……。せめて本格的にアイドル業をする前に高卒ぐらいはしておかないといけないし、このぐらいの苦行乗り越えなきゃ──それはそうとしてあのカス女どっかで不幸な目に遭わねーかな。
「うおおおぉ!! あのお方もいらっしゃったぞ!!」
「また道を開けなさい、モーセするのよモーセ!!」
「おぉッ! 甘粕さんに引けを取らない美貌ッ!! 流石ッ!!」
「グレイテストべアウチフル! ブリリアントキューティー!」
っと、本音を心の中で毒づいていた時に誰か来たようだ。
と言っても、誰が来たのかは土下座したままでも分かる。甘粕さんに匹敵する容姿の持ち主と言えば……あの人しかいない。
「おはようございます……?」
顔を見るよりも、その声が何よりの証拠──能登鷹さんだ。
疑問形の挨拶をさせてしまって申し訳ない……。そりゃあ教室に入ってくるや否や、土下座している奴がいたらあんな言い方になっても仕方ない。
「おぉ、音唯瑠おっはよー!」
「清蘭さんおはようございます。あの……倫人君は一体……?」
「あーあのクズ野郎ね! 昨日あたしをカスって言ったからその罰で!」
「はぁ……なるほど……?」
何気ない会話をしているが、周囲からすれば奇跡と言える光景だろうな。学園一の美少女である甘粕さんに、学園一の歌唱力を持つ能登鷹さん。その2人が同じクラスになったというだけでも凄いのに……──さらに、この年はとてつもないことが起きていた。
「きゃぁああぁああぁあああぁあぁぁぁああッ!!!」
「うおわああぁあぁああぁあぁあぁぁぁあぁッ!!!」
「いびゃぁああぁああぁあぁああああぁあぁッ!!!」
「ぐんにょぉおおぉおおぉおぉおぉぉおおおッ!!!」
殺人事件でも起こったのか、そう思えるような悲鳴に近い叫び声が廊下の方から聞こえた。……まぁ、これも土下座していても誰が来たのかは分かる。甘粕さん、能登鷹さん、その2人に負けない有名人と言えば……最早彼らしかいない。
「るっせえなァてめェら!! ピーピー喚いてんじゃねェ!!」
「まぁまぁ落ち着いてください。皆さんおはようございます」
「おっはよー! 今日のお昼何食べよっかなー!」
「まだ1時間目も始まってないのに気が早いな。弁当上げようか?」
黄色い歓声に噛み付いたり、手を振って優雅な笑みで応えたり、マイペースにご飯のことを考えたり、優しさと女子力を見せつけたり。そんなそれぞれのらしさを出しながら──4傑の4人は全員A組の教室に入って来た。当然、A組は興奮の絶頂に達していた。土下座しつつ僕は密かに耳を塞いだ。
クラス分けが失敗したんじゃないかと思えるくらい、この学園での有名人が集った3年A組。それまでは全員はおろか2人以上同じクラスになったことはないこの6人とついでに僕は、最終学年にして一堂に集っていた。
「甘粕さんおはようございますッ!!」
「甘粕さんおはようございます」
「甘粕ちゃんおはよーっ!」
「甘粕おはよう」
「あ、あんた達も同じクラスだったんだ。おっはよー」
「くっ、俺様達のことすらも歯牙にかけねェその態度ッ、そこにシビれる憧れるゥ!!」
「流石は甘粕さんですね。1年間と短い間ですがよろしくお願いします」
「甘粕ちゃんと同じクラスなんて嬉しーなー! ご飯一緒に食べよーね!」
「たはは……もう少し気にかけて貰えるように頑張らないとな……」
僕の方に目もくれなかったのか、甘粕さんとの会話に入る4傑の4人。……まぁ気づいて欲しい訳じゃないけどね。甘粕さんの横暴を止めて欲しいとか決して思ってないんだからねっ!
──嘘です助けてくれ皆ァ! そろそろ土下座やめたい! 土下座って言うかあのカス女の呪縛から俺を解き放って欲しい! 頼む荒井! 優木! 武原! 雲間!
"ガチ陰キャ"ではなく"素の自分"として心の中で必死に願うも、とっくに清蘭とのトークに入っているのか誰も気づいてはくれなかった。チクショオッ!!
あぁ……本当に憂鬱だ。能登鷹さんはともかく、清蘭に4傑の4人までもが同じクラス。俺の唯一の癒しの場所だった学校でさえ安穏からかけ離れた場所になってしまう。……こりゃ神から見放されてるどころかガッツリ嫌われてんな……。
神への呪詛ではなく今後の憂いで頭がいっぱいになる俺。それでも今は耐えるしかない……。学歴の為に、少しでも安穏とした平和な日々の為に……頑張るんだ……!!
こうして俺はその後誰からもツッコまれずに、1時間目が始まるまでずっと土下座をし続けていたのだった──。




