突然の対決!? エクスカリス兄妹!!②
『──4傑の皆さんと甘粕清蘭先輩を倒し、この学園の頂点に立つ為です』『──4傑の皆さんと甘粕清蘭先輩を倒し、この学園の頂点に立つ為デス!』
エデン・エクスカリス君と邂逅した僕の頭に入学式の時の出来事が過る。
新入生代表としてスピーチをした2人のこの言葉はかつてない衝撃を与えた。
私立秀麗樹学園の全生徒の羨望を尊敬を集める4傑。その4人よりも人気で誰も疑いようのない頂点に立つ清蘭さん。
その5人を名指しし、さらには打倒宣言までして行うとそれだけでスピーチを締めたこともあり、エデン君とエルミカちゃんのスピーチは瞬く間に新聞部の格好の的となった。まぁ新聞部が号外を発行せずとも、あまりにも大胆不敵過ぎる2人の発言はすぐさま学園中の話題になった。
何故か清蘭さんは『おぉっ! 良いじゃん! あたしは誰の挑戦でも受けて立つーっ!!』とコメントして高評価していたけど……。
って、どうして僕はこんな非常時に2人のスピーチのことを思い出しているんだろうか。今は目の前のエデン君に集中して──
「はあっ!!」
「うひょいっ!?」
と、目の前に意識を向けた途端にエデン君の見事なハイキックが放たれていたので、俺は奇跡的な反射神経を発揮して何とかしゃがんで躱していた。
ま、マジで危なかった……! 恐らくさっきのは走馬灯だったのかもしれない。にしては直近の記憶過ぎるだろ! もっとマシな思い出あったでしょ!
「今のを躱すとは、運が良いな。だが奇跡は二度も続かない。これで終わりだ!」
何か格闘技をかじっていたのか、独特なステップを踏みながら様子を伺っていたエデン君はまたも間合いを詰める。姿勢を低くし、走る勢いに逆らわず両手は脱力したままで。
「っ……!」
繰り出されたのは俺の顎を正確に狙ったアッパースイング気味の手刀。動き出しから技が放たれるまでは1秒にも満たない短い時間で、不意打ち気味に放たれたこともあり、避けるのは至難の業だっただろう。
しかし……。これも俺は顔を反らすことで紙一重で躱していた。
「何っ……?」
バックステップをし距離を取った俺に追撃は来なかった。目を丸くしたエデン君が、驚きのあまりその場に立ち止まっていたからだ。
今がチャンス、たぶん一度冷静になったと思うから説得しよう。
「一旦落ち着こう、エデン君。お……僕は君の妹さんに危害を加える気は一切ないから」
「何を言う下劣な輩め。口先三寸で俺は騙されんぞ。だったら、俺の愛すべき妹を手放したらどうだ」
「いや手放すも何も……妹さんの方が僕に抱きついてて、離れてくれないんだ」
「そのようなでまかせを俺が信じるとでも? その醜悪な顔の通り心根も嘘と妹への劣情に満ちた腐ったもののようだな。世の為に、そして愛する妹の為に……貴様は今ここで俺が成敗する!」
「えぇ……」
おかしいな。外国人にしては日本語ペラペラで話が通じるかと思ったのに全然駄目だった……。これも"ガチ陰キャ"だからなんだろうか?
ともかく、説得は失敗に終わった。さらに言うと今のやり取りでエデン君はますます激情に駆られた挙句、世の中の為に僕を倒すという義憤も抱いてしまったらしい。オイオイオイ、死ぬわ僕。
「これで終わりだ。未来永劫にも、貴様の塵1つすら残さぬ!」
すっかりと正義に燃えたエデン君は物騒な台詞を吐いたかと思うと、瞳を閉じて静止した。
一瞬拍子抜けしそうになったけど……違う。エデン君は今……集中力を高めているんだ。何をする気なのか、僕もしっかりと彼から目と意識を離さずに身構える。何かとてつもないことが、起こる。
そして……その瞬間はあまりにも突然に訪れた。
ずっと注視していたけれども生理現象には……瞬きの時だけは抗えず。僕がほんの僅かな時間、瞳を閉じていたその瞬間に──エデン君は目の前から消えた。
「なっ……!?」
そんな! 目を一切離さなかったのに!?
衝撃に襲われる僕。そうして次に気づいたのは耳に届く何かの音だった。忙しなく叩きつけられ続けるその音は何やら人の足音のようで、瞬時に僕は悟った。
それこそがエデン君の唯一の痕跡、彼の足音であると。
右、左、正面、背後、不規則に刻まれるエデン君の足音に僕は翻弄される。音のした方に向けば、次は別の方向からそれが聞こえてくる。忙しなく向きを変えてはそれを繰り返し続けた。
かろうじて彼の残像が目に映るようになってきたけど、依然としてそのスピードには全く追いつけそうにない。超人的な速さでエデン君は移動し続けていた。
この目にも止まらぬ超速移動、間違いない。これは一流のダンサーの中でもさらに超一流の化け物が使用出来るとされる超高速ステップ──"アルティメットシカゴフットワーク"だ。
80年代にアメリカのシカゴが発祥とされる"シカゴフットワーク"は、元々高速の曲のテンポに合わせるためのステップとして生まれた。BPM160というかなりのアップテンポにもついていくように開発された"シカゴフットワーク"、それにさらに改良を加え何年にも渡り技術を洗練させた末に誕生し、目にも止まらぬ移動を可能としたのがこの"アルティメットシカゴフットワーク"だとされる。世に名を轟かせる名ダンサーは、誰もが"アルティメットシカゴフットワーク"を習得していると言われている。
秀麗樹学園学園においてダンサー志望の生徒も数多く在籍しているけど、これが出来るのは4傑の1人である荒井大我君以外には誰一人としていない。並々ならぬ才能と努力、それでようやく到達出来る超人の領域と言って良いだろう。
エデン・エクスカリス君……あれだけのことを言ってのけるのも、この実力あってこそのものだと僕は納得する。あの発言はただの売名の為のものではなく、本当にこの子は……成し遂げるかもしれない。そんな気さえもした。
「どうだ! 見えないだろう! このまま貴様は何も分からないまま、何も見えないまま、最期の時を迎えるのだ!」
"アルティメットシカゴフットワーク"をしながら僕にそう言い放つエデン君。勝利を確信したからか、随分と余裕を見せつけてきていた。
「……そうだね。確かにこのままじゃ、終わってしまうね……」
「潔く諦めたかっ! だがもう遅いっ!! 死ねえッ、愛する妹エルミカに手を出さんとしたクズがぁあぁあああっ!!」
静かに呟いた僕にそう返すと、ほんの一瞬足音が途切れ。
そして──エデン君の一撃が放たれていた。
「なっ……!?」
次に聞こえたのは、最後の一撃を放ち勝利を掴み取ったエデン君の喜びの言葉……ではなかった。またしても彼の口からは驚きの言葉が漏れ、立ち尽くしてしまっていた。
その理由は……自分の正義の鉄拳がいとも簡単に受け止められていたからで──。
「……教えてやるよ、新入生」
ゆっくりと手をどかした僕は、声色を変えてそう告げる。
驚く顔を真っ直ぐに見据えたまま、自らは真剣な顔を浮かべながら。
「確かにお前は凄いポテンシャルを持っているが……まだまだ甘い。だからレクチャーしてやるよ、この俺がな」
そうして九頭竜倫人は──"ガチ陰キャ"から"日本一のアイドル"へと変わっていた。




