新年度初日から神のカス野郎め!!
「おはよー」
「また同じクラスだよねーよろしく」
「クッ……お前のことは一生忘れんぞ相棒……」
「いやクラス別々になっただけだし、しかも隣のクラスだろうが」
4月7日火曜日。
そんな話し声が桜の木の下にちょうど良い感じに設置された掲示板の方から聞こえてくる。桜の花よろしく会話を咲かせているのは、この日を待ち遠しく、あるいはハラハラ気分で迎えた2年生や3年生達だ。
芸能界で輝くスターを育成するこの秀麗樹学園でも、普通にクラス替えというイベントはある。"様々な人と触れ合い、相互に刺激し合い高め合う"とかいう理由らしいけど、今ここに集った生徒達はそんなことは微塵も思っていないだろう。友達と一緒にいれるかどうか、苦手な奴と一緒にならないかどうか、クラス替えで気にするのはそこだけで良い。
かくいう俺は、そればかりが気になってるしな。おっといけない、そろそろ気持ちを切り替えて──僕は掲示板を前にいる人達の間から覗こうとする。……が、その必要はなくなった。周りの人達は僕に気づくや否や、腫れ物を見るような目をして道を開けてくれたからだ。
うむうむ良きかな。今年もその調子で僕の安心安寧のガチ陰キャライフを邪魔しないでくれよ皆。今年は高校最終学年……俺にとっては本業に忙殺される日々を送るまでのカウントダウンが、既に始まってしまっているんだ。
だからこそ、この確認はその憂鬱が少しでも減らせるかもしれない大事な時間だ。どうかあの悪魔、いやカス魔と同じクラスではありませんように。
いつしか手を組み必死に念じながら、僕は貼り出されたクラス表の紙を凝視する──
「ほら、音唯瑠ー早く早くってばー!」
「ま、待って下さい清蘭さーん!」
クラス表とのにらめっこが始まった所で、聞き覚えしかない2つの声が聞こえて来て。その直後に
「うおおおぉぉおおっ!! 甘粕さんだーーー!!」
「能登鷹さんまでいらっしゃるぞ!!」
「きゃあぁああああ2人共麗しいですわーーーーっ!!」
「えっ、ちょっ、アイエエエ!!?」
と、周囲にいた生徒達は一斉に2人の元に駆け出したことで、僕はその流れに呑まれてしまった。見る見るうちにクラス表が、今後が希望か絶望かを示す神の啓示が遠ざかっていく。
ま、待ってくれ! 僕は……僕は……見ないといけないんだーーーーっ!!
「うぎゃあぁああぁあああああっぐふっ……!!」
しかしそんな心の叫びも虚しく、人の波に揉まれた上にどういう物理現象なのか上に弾き飛ばされ、そのまま地面に落下して背中を強打した。
高校最終年度だって言うのに、昨日から続いて何たる不幸……。しかも背中は31日に再び喰らうハメになったあの背負い投げのせいでまだ痛いっていうのに……神様酷すぎんだろ!! 俺が"日本一のアイドル"だからって嫉妬に狂ってんじゃねえ!!
バーカバーカ、うんこ!!
「……あんた、何やってんの?」
「何って、僕を陥れようとしてるカス神に悪態ついてたんだよ! あのクソッタレがふざけんじゃねえ!! あのカスっぷりは清蘭にも匹敵するぐらいで……ハッ!?」
その時、神への文句をぶちまけたい余りに僕は周りのことをすっかりと忘れていた。
バッと顔を上げると、まず最初に目に映ったのは呆れ顔の清蘭。
その次に、心配そうな顔でこちらを見る能登鷹さん。
最後に、2人と俺を取り囲むその他大勢のモブキャラの皆さんだった。
……。
…………。
や っ て し ま っ た ! !
表情には表さないが僕は──いや俺は内心で滝のように汗を噴き出していた。
春休みの弊害がここに来て俺に襲いかかってしまった。
というのは、春休みでの俺は、ほぼ毎日"日本一のアイドル"の方の九頭竜倫人として活動していたのが主な理由だ。
今年の春休みは例年に比べ特に気合を入れていた。【アポカリプス】で10枚目となるシングル『C.C.C.』のリリースに初披露ライブ、それに加えてシロさんの一連の件もあって、俺は"日本一のアイドル"としてのモードを意識しまくっていた。
そのせいで今の致命的なミスは生まれてしまったんだ。"日本一のアイドル"の方に引っ張られ過ぎた結果、学校生活では出さないようにしていた"普段の俺"として清蘭と接してしまったんだ。今は"ガチ陰キャ《僕》"の方なのに!!
い、いやまだバレたと確定した訳じゃない。落ち着け俺よ……。とりあえず周りの反応を確認しよう。時間をかけずに、一瞬で──俺は両の目を器用に別々に動かすと、皆の表情や雰囲気を即座に頭にインプット。それらの情報を高速回転する脳が分析を終え、結果を%表示で告げる。
清蘭:苛立ち40%(唐突にカスと言われたことによる)・吐き気60%("ガチ陰キャ"である為に逆スーパーメイクでクソ不細工になった顔を見過ぎたことによる)
能登鷹さん:心配100%(背中を強打したことを気遣ってくれている。マジ天使)
その他大勢:殺意100%(学園のトップに立つ清蘭に対し無礼な口を利いたのみならず、カスと言ったことで)
「ご、ごめんなさいぃいぃいいぃいいいいい~~~!!」
分析を終えた脳はすぐさまそこからの退避を選択していて。
瞬時に土下座をした俺はそれだけ叫ぶと、一目散に逃げ出したのだった。
「ハァ……ハァ……や、やっと逃げ切れた……」
怒号を飛ばしながら目を血走らせたバケモノ達からどれだけ逃げただろう。息も絶え絶えにしながらも、俺はようやく安堵する。普段授業で使う授業棟の正反対、広大な敷地の中にある憩いの自然エリアまで逃げていた。
しかし逃げ切ったは良いものの、これからどうしよう……? ほとぼりがそう簡単に冷めてくれるはずがないから、授業を受けに教室に戻るのは悪手でしかない。というか、
「……結局、クラス分け見れてねえじゃん……」
まずどの教室が俺のホームルームになるのか、それを知ることが出来てなかったんだった。……踏んだり蹴ったりだ。今から掲示板の場所に戻るか? ……いや、下手に動くと奴らに見つかるか……。何とか清蘭の機嫌を取って、俺に襲いかかるのを止めさせないと……。
「ハァ……なんだって初日からこんな目に遭うんだよ……」
俺は深々と溜息を吐き、まるで話し声のような大きさで独り言を漏らしていた。
日々はアイドルの仕事で忙しい。常に人々の視線に晒され、一挙手一投足に注目が集まる。だからこそ、そうじゃない時は……学校での生活くらいは平穏に暮らしたいだけなのに……。
「中々現実ってのは、世知辛いもんだねぇ……」
悟ったオッサンのようなことを呟きながら、俺はふと上を見上げた。
気分が沈んでいるからと言って、空がそれを反映していたりなんかはしなかった。雲一つない空が広がり、今気づいたけど春らしい陽気が心地よい。
「……よし、サボるか」
俺はそう呟くと、そのまま腰を下ろして座り込む。天然芝に身体を預けると中々に気持ち良く、途端に眠気に誘われた。
授業をサボるなんてことは普段ならしない俺だが、今日は別だ。朝っぱらからこんなに疲れさせられるのは全くの不本意、モチベはダダ下がりしてしまった。だからこれは当然のことなんだ。俺の心が弱いんじゃなく、周りが理不尽過ぎるんだ……。ちょっとくらい休んだって……良いだろ……。
「……ん……ふあぁ~……」
春の陽光の下、穏やかな眠りの世界に包まれていた俺。欠伸をしつつも満足感のある目覚めを迎えていた。今にして思えばこんな所滅多に人は来ないだろうし、ちょこちょこ寝に来ようかな?
それはそうとして、怠惰に浸り過ぎるのも良くない。気持ちを切り替えて授業に戻らないと……。
「あれ……?」
と、立ち上がろうとしたが身体動かない。というか、重い《・・》。
一体何故? もしやこれが俗に言う金縛りなのか……?
「うぎぎ……おっ、顔は動かせるな」
それに気づいたは良いが、やはり身体は動かない。まさかサボりの罰が金縛りなんて……まぁ可愛いもんだ。ともかく顔を徐々に起こしていって、そこから身体も起こしていければ──
「……え……」
動かせていたはずの顔は、そんな一言と共に固まった。
顔までも金縛りに遭い、動かせなくなった……のではない。
顔を上げたことで目に映るようになった身体の状態、その尋常ならざる事態に気づいたからだ。
神の下した罰は可愛くなかった。だが、可愛いかった。
「……ふみゅうぅ……」
そんな可愛らしい寝息をたてて──幼女が俺の身体の上に覆い被さる形で、眠っていた。




