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2020年度私立秀麗樹学園入学式


 4月6日、月曜日。この日都内の高校は一斉に入学式を迎えた。

 新たな日々の始まりに胸を躍らせる者もいれば不安を抱く者もいるだろうが、恐らくウチは──私立秀麗樹(しゅうれいじゅ)学園に関しては、前者の方が多いに違いない。

 その証拠に、こうして入学式が執り行われる第一体育館に集った新入生の顔を見れば、誰もがやる気と自信に満ちた顔をしているからだ。


「……はぁ……なんで俺がこんなことを……」


 と、舞台袖からピッカピカの1年生の様子を見つつ、この俺──九頭竜くずりゅう倫人りんとは大きく溜息を吐いて自らの身を嘆いた。本来なら、俺はこんな場所にいる予定はなかったのだから。

 こうして新入生が入って来るということは必然的に学年は上がり……俺は最高学年である3年生になっていた。しかし、今日の入学式に本当なら来る予定などなかった。ベッドでスヤァ……と夢見心地のはずだったんだ。

 じゃあなんで来ているのかというと、これから入って来る新1年生を一目見るため……なんてことじゃない。そんな物好きは新聞部くらいしかいない。俺が欠伸交じりをしてまでここにいる、否縛られている理由は……もちろん──あのカス女(・・・)のせいだ。


「新入生の皆ーーーっっ! おっはよーーーーーーーっっっ!!!」


 予め耳を塞いでおいたのに、それでも鼓膜を破らんとする威力のある叫び声。

 それを発したのは件のカス女こと──俺の幼馴染である甘粕あまかす清蘭きよらであった。

 清蘭が何故ここにいるのかを端的に説明すると……今でも信じられないのだが、未だに俺以外の全員の正気を疑ってはいるんだが──清蘭は生徒会長(・・・・・・・)になっていた(・・・・・・)。……なってしまったんだ。

 秀麗樹学園の生徒会長は他の高校よろしく選挙によって決まる。しかし立候補していなければ当然被選挙権はなく、本来なら清蘭があの壇上に立って生徒会長の仕事である新入生向けの挨拶をすることもなかった。 

 だが……つい昨日のことらしいが、ひょんな気まぐれから清蘭は現生徒会長に連絡を取り、なんとその職務を丸ごと譲って貰ったのだとか。新聞部の号外(ツブヤイター情報)で知った時、俺は愕然とした。あのカス女は一体どこまで自己顕示欲と承認欲求の塊なのだろうかと。

 こうして、生徒会長になってしまった清蘭に呼び出され、新入生向けのスピーチの練習に付き合わされたという訳だ。マジで許さんあのカス女。

 

「あたしは生徒会長の甘粕清蘭だよーーーっ!! 秀麗樹学園でイッチバン凄くて偉いから、存分に平伏しなさいよねーーーっ!!!」


 今しがた、許せない理由がもう1つ出来た。

 自信満々のドヤ顔でスピーチをぶちかますあのカス女は、俺がわざわざ睡眠時間を削ってまで練習に付き合ったというのに……全く違う内容を話してやがる。忘れたのか変更したのかは分からないけど、あのアホ顔は恐らく忘れた方だ。数字まで覚えられると言われるカラスの方がまだ賢いだろう。

 俺の努力を無にした挙句、あんなイカれたような言葉をさも当然のように口にする清蘭。当然天誅が下り、新入生達からは入学早々イタい奴として白い目を向けられることに──


「す、すげえ……!」


「な、なんて自信満々なの……!?」


「流石はこの学園のトップと言われる甘粕先輩だな……!」


「あの堂々足る言動、尊敬しちゃいます~!」


 ならないのが、俺の幼馴染なんです。神様よ、"可愛いは正義"なんて概念どうして作ったんですか。

 あーもーマジで世界創造の時点で間違ってるだろ最早。なんであんなことを臆面もなく言える清蘭が尊敬の眼差しで見つめられてんだよ。

 ……とは言え、清蘭も【第1回UMフラッピングコンテスト】で入賞してるから、それなりに有名人ではあるか。ぐぬぬ……実績がある分、納得するしかないのが悔しい……。しかも内容はとにかく、さっきの言葉は掴みとしては完璧だ。どんな言葉であれ、まず聞いて貰わないと話にならないのはアイドルに通ずるものがある。

 もしかしたら、あいつは本当に【アポカリプス(俺達)】に並ぶアイドルに……。


「いや、ないない。それはない」


 首を振った上に口にも出して、俺は頭の中に浮かびつつあった映像をかき消す。清蘭が光溢れるステージの上で、自らが輝くスターになっている映像を。

 地力の高さは認める。だが、清蘭にはまだまだ未熟な部分が多い。主に性格とか性格とか性格とか。ってか性格しかねえじゃねえか。アイドルというのは客商売だ。故に、傍若無人な振る舞いばかりしていてはファンが離れ、いくら実力があったとしても人気は出なくなる。媚びろっていう訳でもないが、見てくれる人達へのリスペクトがないようじゃ清蘭はまだまだだ……。


「──ってことで、あたしからの話は以上だよ!」


 おっと、色々と考えてたら清蘭の話は終わりか。集中しすぎると周りの音も何も聞こえなくなるのは俺の悪い癖だが、今回は感謝しないとな。あいつの中身ペラッペラの騒音でしかないカススピーチに苦しむことはなくなったから。


「生徒会長、甘粕清蘭さんの在校生代表スピーチでした。では続きまして新入生代表スピーチです」


 さて、清蘭のスピーチも聞いたことだし帰ろうか……と思った俺だったが、足を止めた。進行を務める先生の声が告げた次のイベントに、少し興味が湧いたからだ。

 秀麗樹学園での新入生代表スピーチを務めるのは、簡潔に言うと"その年の受験者の中での成績トップの者"になる。もちろん受験と言っても単なる学力で判定するのではなく、ウチらしく歌や踊りや演技力といった芸能界入りをする為の技能で優劣をつけている。

 となれば、今からスピーチをするのはその熾烈な争いを勝ち抜き頂点に立った、言わば将来のスター候補筆頭のような生徒だ。ちなみに俺が入学した時にスピーチをしたのは荒井あらい大我たいが雲間くもまあずま武原たけはら太郎たろう優木ゆうきみことといった、後に4傑と呼ばれる4人であったりする。

 その年に比べればインパクトは少ないだろうが、今年はどんな奴がスピーチするんだろうか。まぁ、これだけ聞いて帰れば良いかな……と、俺は再びチラリと顔を覗かせた。


「それでは新入生代表──エデン・エクスカリスさん、エルミカ・エクスカリスさん、よろしくお願いします」


 エデン・エクスカリス

 

 エルミカ・エクスカリス


 おもいっきり横文字の名前が来たな……まぁ秀麗樹学園では珍しくもないが、名字が同じなのは兄弟かあるいは姉妹なのだろうか。

 興味を加速させつつ、俺はカーテンの隙間から覗き見ることに集中する。1000人にも及ぶ新入生達が座る中、中央に伸びるレッドカーペットを模したような赤絨毯の上を悠然と歩く2人の生徒の姿。

 紅蓮の炎を思わせるような真紅の髪が非対称(アシンメトリー)となっていて、4傑にも匹敵し得る整ったその目鼻立ちは女子の目を一身に惹きつけ、背も高く凛とした雰囲気を放つ──男子生徒。

 その隣に並ぶのは水面に映る月のように綺麗な水色のツーサイドアップの髪をした、大きく輝くサファイアのような瞳が可愛らしい、如何にも"妹系"と呼ぶに相応しい小柄な──女子生徒。

 恐らく名前から察するに男子生徒の方が"エデン"で、女子生徒の方が"エルミカ"だろう。そんな予測をしていると、2人は壇上に上り新入生達を見下ろす形となっていた。しかし、エルミカと思われる女子生徒は小柄の中でも特に小さい部類で壇からようやく頭頂部が見えるくらいなほど。とてもマイクなど届きそうになかった……のだが。

 

「……おぉ」


 俺は思わず感嘆を漏らしていた。

 届かないと知るや否や、エデンが流れるような手つきでエルミカを抱き抱え、見事なお姫様抱っこを披露していたのだ。エルミカの方も嬉しそうに微笑みかけている辺り、どうやら2人にとってはあぁいうのは日常茶飯事らしい。……ブラコンとシスコンなのだろうか?

 おっと、邪推はさておき2人のスピーチに意識を向けないと。


「皆さん初めまして。俺はエデン・エクスカリスと言います」


「初めましてデスー! ワタシはエルミカ・エクスカリスと言うデース!」


 ふむ、やはり見た目通りの芯の通ったイケボに甘く蕩けるような可愛い声。そして、名前も合ってたか。エデン・エルミカ兄妹って訳だ。

 はてさて、2人はどんなことを言うんだろうか。まぁ流石に清蘭みたいに高飛車極まりないことは言わないだろう。分別のつく佇まいや雰囲気はあるし……。


「俺とエルミカがこの学園に入った目的はただ1つ」


「この学園で頑張って実力を磨いてデスね~そしてそして!」


「──4傑の皆さんと甘粕清蘭先輩を倒し、この学園の頂点に立つ為です」「──4傑の皆さんと甘粕清蘭先輩を倒し、この学園の頂点に立つ為デス!」



「……あんれま……」


 2人の言葉に体育館が沈黙に包まれる中。

 俺は口をあんぐりと開けて呆然としてしまっていたのだった。

 


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