【番外編】秀麗樹学園新聞部2年・文野春佳のメモ➂
3月31日……他の学校と同じように我が母校である私立秀麗樹学園もまた春休みの真っ最中だ。常日頃芸能界を目指して努力を続ける皆も、暫しの休養に羽を伸ばしていることだろう。新年度に向けて。
しかしこの私──文野春佳に休みなどない。将来は大スターのスクープを掻っ攫う大パパラッチになる為にも、1日足りとて私は休めないのだ。なので、こうして春休みの真っ只中だろうが日記をつけている。備忘録とスクープは1日にしてならず、毎日コツコツと続けてこそだ。
だから……違う。違うんだ。3月31日、記念すべき【アポカリプス】の10thシングル『C.C.C.』の初披露ライブにも来たのも、スクープを求めてのことだ。そう、そうなんだ。決して一ファンとして「ひ˝ゃ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」とかそういった奇声を張り上げて【アポカリプス】の勇姿に大興奮する為に来たのではない。
私は大パパラッチ王になる為に、彼らの姿をしっかりと記憶と記録に刻み込む。……そのつもりで、ライブに臨んだのだが……。
や っ ぱ 【 ア ポ カ リ プ ス 】 っ って
ほ げ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ あ˝ !˝ !˝
ライブを見終わった私の正直な感想を書くと、このようなものになってしまった。
語彙もなければ知性もない、こんな見出しでスクープ記事を書いたら即ボツを喰らってしまうだろう……。だけど、言い訳させて欲しい。本当に彼らのパフォーマンスが凄かったのだから、あんなのを魅せつけられたら語彙も知性も吹き飛ぶっつーの、と。
まだ頭の中では余韻が大洪水だが、何とか『C.C.C.』がどのような曲だったのかを文にしようと思う。SNSで見かける感想と似たようなものになるが、私なりの解釈を挟みつつ書き記していくとしよう。
まず『C.C.C.』とタイトルにあるように、この曲の歌詞には"C"から始まる英単語が頻出する。それだけなら珍しくも何ともない。【アポカリプス】のみならず他のアイドル、他のアーティストの楽曲でもよく出るワードがそのままタイトルになっているというのは。
しかし『C.C.C.』で面白いのが、この"C"が曲の前半と後半でまるで意味が違ってくるということだろう。【アポカリプス】は、そこに自分達の新境地も同時に演出していた。
大前提として【アポカリプス】というアイドルは、人々に希望を与えるようなパフォーマンスをすることが主軸になっている。だからこそ歌う曲は前向きなメッセージを含んだものが多く、笑みを絶やさずにパフォーマンスをする、それが人々にとっては【アポカリプス】の共通認識であっただろう。
だが、その常識とも呼べる認識を彼らは『C.C.C.』で破壊してしまった。まず目を引くのは身に纏っている衣装、それらが拘束衣のようなものだったことだ。自らを縛りつけ自由を制限するその異様さは、見た目だけでなく実際に彼らのパフォーマンスからあるものを奪っていた。
踊ること……それは、アイドルには欠かせないものだろう。大概のアイドルのパフォーマンスは歌と踊りあってこそ。しかし、拘束衣のようなその衣装は、【アポカリプス】から本当に踊りを封じてしまったのだった。イアラが終始不機嫌そうだったのも無理はない。
踊ることがない、となると見ている側、観客の目線はどこに集まるのか、それは彼らの表情だろう。しかし、その時の彼らの顔からは、またもいつもあるものが奪われていた。
見ているこちらの心を鷲掴みにするハートキャッチ過ぎる笑顔、それらが微塵もなくなっていたのだ。代わりに彼らの顔を占拠していたのは、別人かと見紛うくらいの覇気のなさだった。まるで死人のような生気のなさ、まさに絶望した人間の顔というものを目の当たりにしたような心地に襲われた。
いつもではない彼らの姿を見てしまい、私は目を背けた。しかし、今度は……耳までを塞ぎたくなるような瞬間が訪れる。
・Oh 気がつきゃこうなっちまってたんだ どこにも行けずに雁字搦めなんだ まとわりつかれる Like a "Chain"(九頭竜倫人様)
・そう 悲しみ泣きたがってたんだ 何にも出来ずに行き止まりなんだ うんざり疲れる "Cry" and shout(九頭竜倫人様)
絶望に震えた。
まさかこんな歌詞を倫人様が歌うなんて思ってもいなかったから、私は耳がおかしくなったのかと本気で耳鼻科の受診を考えたくらいだ。
いつも前向きで希望を与えてくれる、輝く光のような言葉を届けてくれる彼らの口が放ったのは、後ろ向きで泣きごとばかりの歌詞だった……。倫人様以外の皆も同じように
・絶望の"Crisis"直面して 抗えない "Catastrophe" 訪れて 迷いこんだ先は 光一つすらない Deep in dark "Cave"(鬼優君)
・もう駄目だ ここで終わりだ 果ての果てについちまった Reath the "Climax" 諦めるしかねえな これで納得するしかねえって 運命に閉じ込められた I was "Captured"(イアラ)
・"Ceililng" 鎖されて "Calling" 誰か助けて でも誰もいないよ 一人ぼっちなんだ どこまで行けば良いんだろう? I "Chase" so far(ShinGenちゃん)
・苦しみと悲しみの"Choke"ぶつけられる"Claim" and "Conflict" もう止めてくれ 限界なんだ このままいっそ飛び込もうか Go to a "CliFF"(東雲さん)
と、耳を疑うしかない言葉の数々を歌っていた。
これらを聞き、観客の間には阿鼻叫喚を通り越して絶望の沈黙が訪れていた。『C.C.C.』がどのような曲なのかを心待ちにしていた分、まさかこんな曲だったとは誰も予想出来なかっただろう。
ここまで聞くと、『C.C.C.』とは"Cry"、"Chain"、"Catastrophe"を表しているように思えた。まぁ聞いているその時はそんな冷静に考えることが出来ないくらい泣きじゃくっていたけれども、今にしてみれば、だ。
【アポカリプス】の新境地……それは人間の"闇"の部分なのか──そう思いかけた時、彼らは芯のベールを脱いだ。
「──No.This is True 『C.C.C.』!」その力強い掛け声と共に、倫人様がまず拘束衣を脱ぎ去る。
再び顔を上げた倫人様の表情は、いつも通りの……否、いつも以上に輝きを放つ神々しさを感じずにはいられない力強い希望の顔をなさっていた……。
様変わりしたのはご尊顔のみならず、脱ぎ去った拘束衣の下から現れたのは大きく十字を模したロゴがかかれた銀に輝く外套風の衣装だった。後で調べて分かったことだが、もちろんこちらも"C"に関連するものだ。
十字と言えば十字軍を想起させる。そして十字軍は英語で"Crusader"である。衣装にしては随分とシンプルなものだったが、そういう意味が込められていたのかと私は驚いたものだ。
と、そこから倫人様を含め【アポカリプス】は生まれ変わったと言っても過言ではない圧巻のパフォーマンスを魅せつけてくれた。絶望と希望のギャップというべきか、そこからは会場である両国国技館は熱狂の大渦になった。その時日本で最も気温が高かったと断言出来るくらい、私も周囲も観客は全員大熱狂してしまった。
・This is 『C.C.C.』 and 【APOCALYPSE】(倫人様)
に続き、今度の【アポカリプス】の皆が発したのは……
・Let’s "Change" yeah!! 縛られた日々から抜け出して(イアラ)
・Don’t "Care" yeah!! 恐れることは何もない(鬼優君)
・Do "Challenge" yeah!! 戦うキミは美しいのさ(ShinGenちゃん)
・自分を否定する"Carnage"に負けるな そんなモン吹っ飛ばして 掴み取っちゃえよ(東雲さん)
と、紛うことない応援の言葉だった。解き放たれ、自由の身となった皆のダンスもまさに一糸乱れぬといった素晴らし過ぎるシンクロ率で、精密機械が如き一致率だった。
曲の後半、ここで『C.C.C.』に込められた本当の意味が分かるのだ。前半だけを聞いてあれが『C.C.C.』に込められた意味だと思いこんだのは浅慮極まりない、自分を殴り飛ばしたくなる。
今回も、【アポカリプス】の皆はやはり【アポカリプス】だった。私達に笑顔を届け、希望を届け、幸せを届け……そして、輝きをくれる。
しかしながら、新境地というのも真実だった。一度後ろ向きな状態から始まる、というのは初めてのパターンではあったし、事実私達がショックを受けすぎるくらい迫真めいたものがあった。……まぁ、そのショックをさらに上回ったのは、また1つ彼らが上のステージに上り詰めたことの証なのだろう。
本当に、彼らは凄い。
同世代にして既にこれだけのパフォーマンスを魅せつける彼らからは今後も絶対に目を離せない。私が大パパラッチ王になるその時も、彼らはアイドル界の頂点でいて欲しいものだ。
さて……、では今回のメモもこれにて終わり……ではなく、1つ思い出したことがあった。今回のライブに、あの"大山田グループ"の社長である大山田黒影と、その娘である大山田白千代が来ていたのだとか。
これはまだ裏が取れていないので確信は持てないが、もしも本当に来ていたとしたら中々のスクープだ。ジョニーズ事務所の社長ジョニーさんと黒影氏は友好な関係があることで知られているが、もしかすると資金援助なども行っているのでは……? スクープの匂いを感じずにはいられない。
黒影氏の愛娘である白千代氏は、個人的にはグラビアアイドルなどモデル業が似合いそうなプロポーションだとつくづく思う。172cmと女性の中では高身長であることもあるが、加えてやはり特筆すべきはあのダイナマイトすぎる胸だろう。
あんな胸を見せつけられて迫られたら、男の理性など容易に吹っ飛ぶ。ましてや触ってしまったりなどしたら、よほど強靭な精神力を持つ者でなければチョメチョメしてしまうに違いない。同じ女である私でさえもあの胸は触ってみたいと思ってしまうのだから、とんでもない魔力をあの胸は持っている……。故に、その胸を存分に生かせば彼女は一躍人気グラビアアイドルになれるだろう。まぁ黒影氏がそれを許すとも思えないが。
つい、長くなってしまったが、これで今日のメモは終わろうと思う。
今後も倫人様、そして【アポカリプス】の皆からは目を離さないでおこう。
そして……今年入学する新入生には果たして期待のニューカマーは現れるのか、そちらも頭に入れつつ新年度を迎えるとしよう。
3月某日
秀麗樹学園新聞部2年 文野春佳




