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二度目の告白、俺の答え。


 静寂に包まれた部屋に先程とは異なる緊張感が漂う。

 目の前にいるのは華美なドレスに身を包んだ綺麗な女性だ。白髪のロングウェーブヘアーは彼女の纏う雰囲気を分かりやすく表していて、しかしその顔はいつもと違って……強張っていた上に、赤く染まっていた。

 ──大山田おおやまだ白千代しらちよさん。シロさん。

 明らかに緊張の面持ちの彼女の後ろには、父親である大山田黒影(くろかげ)さんが厳格な顔つきで見守っている。そんな状況で俺は──彼女からの2度目の告白を今から受けるんだ。


「……初めて会った時のことを、覚えてるかな?」


「はい。もちろんです」


 まだ心の準備が整っていないからか、それとも"そこから"が彼女にとって重要だからか。ともかく、シロさんからの問いに俺は頷く。

 あんな出会いを忘れるはずがない。今だってこの目に、この手に、彼女の胸は深く刻み込まれている。


「忘れられるはずがないですよ。だって俺は……あなたの胸を揉んでしまったんですから」


「ふふっ、そうだよね。あの時は本当にびっくりしたな~。びっくりしすぎて、夢かと思っちゃったもん~」


「俺も夢だったら良かったのにって思いましたよ。痴漢で捕まってアイドル生活終わる! って絶望してたんですから」


「あはははは~」「あははははは」


 ほんの3週間ほど前のことなのに、もう懐かしさが込み上げてくる。それが少しおかしくて、俺とシロさんは同時に笑った。……けど、彼女の背後で黒影さんが阿修羅のような憤怒のオーラを放っていたのも目に入り、俺の笑みは苦いものにもなっていたけれども。


「……前にも言ったと思うけど、ボクはあぁいう経験初めてだったんだよ?」


 と、シロさんが俺に再び話しかける。穏やかな笑みを浮かべるようになっていて、今の会話で程良く緊張がほぐれたようだ。


「男の人に触られるのも、ましてやそれが胸だったから、本当に本当に驚いたんだよ~。でも、不思議と倫人りんと君に触られるのは、嫌じゃなかった。これも、前に言ったよね?」


「はい……。どうしてなのか、俺も不思議でたまらないんですが……」


「ボクね、分かったような気がするんだ」


「そうなんですか?」


 「うん~」と首を縦に振ると、シロさんは手を差し出して小指を立てる。すると、ウインクをしてかお所は言った。


「きっと、倫人君は……──ボクの運命の人なんだ~って、思ったんだ」


 その言葉にウインク。そして頑張って目に入れないようにしていた胸の谷間の艶めかしさ。全てにドキッとさせられる。

 改めて、彼女が"年上の女性"であることを思い知り、俺は耐えられずに赤面した。


「う、運命の人……ですか?」


「そうだよ~。ボクの目には~キミの小指と繋がる赤い糸が見えてるよ~」


「っ……」


 近づいて来たかと思えば俺の手を取り、シロさんは小指同士を絡ませる。シロさんの体温が直に伝わって来て、ますます俺はどぎまぎしそうになる。

 駄目だ……堪えるんだ……しかし……! 女性経験もほぼなく、しかも年上のこんなに綺麗でナイスバデーなシロさんが目の前にいる。控えめに言ってもパンク寸前です。


「今日のライブ、本当に格好良かったよ、倫人君」


「あ、ありがとうございます。そう思って頂けて本当に嬉しいです」


「倫人君達の姿を初めて生で見て、ボクはますますドキドキが止まらなくなっちゃったんだ~」


「そ、そうなんですね。それは申し訳ないと言いますか何と言いますか……」


 よ、よし。何とか平静は保っていられてるぞ。悩ましげな雰囲気さえも放ち話を続けるシロさんに、堤防決壊寸前になってはいるがまだまだ俺は平常心を保っている。そう、俺はどんな時もクールガイ。それが"日本一のアイドル"足る九頭竜くずりゅう倫人りんとなのだから──


「ほら、こんなに~ドキドキしてるんだよ?」


「──ッッッ!!」


 おひょおおあおぁおおあぉあおああぁああぁおあががががぁがあおあぐははぁおおぉあいぎぎぎああがああぁにぐあんいににぎのみことォォォォォォ!!?

 俺の感情をせき止めていたダムは一気に決壊した。何故なら、シロさんがそんな言葉と共に小指を解くと、今度は俺の手をたぐり寄せて自分の胸に押しつけたのだから。

 暴力的、犯罪的、反則的……数々の言葉が頭に浮かぶ。俺の手を包み込んでいるのは間違いなくシロさんの胸だ。胸、つまりはおっぱい……甘美な感触と共にその言葉の響きも頭の中を支配していく。

 そして、シロさんの言葉に嘘はなかった。シロさんの熱と共に、手には速いテンポの彼女の鼓動が遠慮なく伝わってくる。まるであちらからノックするように力強く、俺の手を叩いていた。


「倫人君、前ラジオで言ってくれたよね~? 『どんな始まりでも恋は恋だ』って。……ボク、もう確信したよ。ライブを見て、もっともっと倫人君がボクの中で大きな存在になったんだ~。だから……改めて、伝えさせてください」


 既に速かったシロさんの鼓動は、ますます速くなる。

 それと同時に身体も小刻みに震え出していた。こんな大胆なことをしているのだからもっとドキドキしても仕方がない。

 だがそれ以上に……遂に、シロさんは覚悟を決めたのだろう。

 俺の目を真っ直ぐに見つめて、顔を真っ赤にして。

 そうしてシロさんは──伝えてくれた。



「倫人君。ボクは……倫人君が──好きです」



 まるで"普通"の女の子がするように、シロさんは俺に告白した。

 "大山田白千代"も何も関係なく、ただ1人の女の子として、俺に告白した。

 耳まで真っ赤にした今にも泣き出しそうなその顔に、震わせながらも最後まで言い切ったその声。それは疑うべくもない、彼女の本気、真剣、本音のものだった。

 手には依然としてシロさんの温もりも鼓動も感じながら、既に俺の意識はシロさんの"本気"に奪われていた。不安と緊張、それを嘘などつけようがない胸の鼓動から察しながら……俺は、予め決めていた(・・・・・・・)答え(・・)を彼女に告げた。



「ありがとうございます。……でも、俺はあなたの想いには応えられません」



 シロさんの"本気"に俺も"本気"で返した。

 たとえシロさんを傷つけることに、なったとしても。

 この場で嘘を言うのは、何よりも最大の侮辱だったから。


「……どうして?」


「俺は……"九頭竜倫人"です。"日本一のアイドル"である【アポカリプス】の1人です。人々に希望を与え、俺達の輝きで人々を輝かせる……。それが、九頭竜倫人()という男なんです」


「……そっか。じゃあ、ボクのことはどう思ってるの……?」


「シロさんは……正直言うとなんて言ったら関係かは分からないんですけど……でも、俺にとっては大切な人の1人です」


「……好き、かどうかで言うと?」


「それはその……好き、ですよ。ただ、恋愛的な好きかどうかで言えばまだハッキリとは言えません。すみません優柔不断で……」


「じゃあ、お試しで付き合ってみるのはどうかな? ボクのこと、本当に好きになれるかもしれないよ?」


「……お誘いありがとうございます。ただ、それでも俺は──【アポカリプス】として、皆と人々に希望や笑顔を届けたいんです。悩んでいる人がいるのなら、勇気づけて、自分を変えれるように……。シロさんのように、です」


 シロさんから付け加えられる質問に、俺は答え続けた。

 男として、シロさんほどの女性に好意を抱かれて嬉しくないはずがない。世の男性からは羨ましがられるに違いないだろう。

 だけど……それでも俺は──"日本一のアイドル《九頭竜倫人》"なんだ。だから、想いには応えられない。俺はシロさん1人だけじゃなく、皆を幸せにしたいんだ。


「……そっか、そうだよね~。ごめんね、倫人君」


「シロさん……?」


 諦めのついたような、どこか納得をしたようなシロさんは俺から離れるとそう言った。

 そしてその直後、驚くような言葉を発する。


「実はと言うと、結果は分かってたんだ~。ボクは倫人君に振られる、って~」


「そうだったんですか? だとしたらどうして……」


「ちょっと確かめてみたくなったんだ。ボクが好きになった(・・・・・・・・・)倫人君のままなのか(・・・・・・・・・)どうか(・・・)って~」


「どういうことですか……?」


「ボクが好きになった倫人君は、どんなことでも全力で頑張っちゃう、真っ直ぐで純粋な男の子だったんだ~。出会った時も、食事してた時も、悩みを聞いてくれた時も、今回のライブの時も、お父さんとの話の時も……どんな時も、倫人君は倫人君だったよ。 そして今も~倫人君はボクのことよりも、アイドルのことを頑張りたいって言ってくれた~。倫人君は、やっぱりボクが好きになった倫人君のままだったよ~」


 振られたはずなのに、寧ろ清々しいような顔をしてシロさんは告げてくれた。

 どんなことでも全力で頑張る……か。俺からすればそうしようって特別意識してる訳じゃないけれど……だけど、そこが俺らしさなんだな。

 

「倫人君」


「なんですか?」


「ありがとう。ボクを助けてくれて、好きにさせてくれて、ありがとうね~」


 突然呼んだかと思えば、シロさんは満面の笑みを向けて感謝してくれていた。

 振られたのに感謝する、なんて俺は予想もしていなかった。涙を流すシロさんをどう励まそうか、そればっかり考えていたけれど……。

 どうやら、その必要はなくなったみたいだ。


「俺の方こそ、ありがとうございます、シロさん」


 俺も彼女に笑みを返した。

 こうしてシロさんの二度目の告白は、俺が断るという結果に終わった。

 だけど、後腐れも禍根も何も無く。

 寧ろ、俺とシロさんの絆は深まり合ったような気がした。





「ふむ……なるほど。しかと見届けさせてもらったよ、愛娘の初失恋を──それはそうとして滅びよ」




 その後、ニコニコ笑顔を浮かべながら肩をポンと叩いて来た黒影さんに、俺は再び背負い投げを喰らわされたのだった。





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