九頭竜倫人のもう1つの"仕事"
「あ~疲れた~!」
【アポカリプス】専用の控え室に、今の気持ちを正直に表した声が響く。発した張本人のShinGenは椅子にどかっと座ると、疲労っぷりを隠さずぐったりとしていた。
「曲の前半は滅多に動いていないとは言え、ダウナーな雰囲気をずっと演出し続けるのは気疲れしてしまいますね。まぁ慣れればそう大変な曲でもないでしょうね」
と、彼の隣に座った鬼優もまた、額に汗を流しながら理論的に疲れの理由を分析する。
「ちくしょおッ! 確かに精神的に疲れたが、体力的な疲れをもっとだなァ……! やっぱり俺様はもっと踊りたいぜッ!! 」
疲労の色を表しつつも、鬼優の隣の席のイアラは不満を声高に叫ぶ。
「まぁまぁ、たまにはこういうのも良いだろう? 皆の演技もちゃんと出来てたしな。俺が指導した時以上で流石だったよ皆は」
イアラの隣の東雲は対照的に満足げな顔を見せ、達成感を感じさせる感想を言い放っていた。
彼らの様子が表すように、【アポカリプス】10thシングル『C.C.C.』の初披露ライブは──大成功に終わった。
『C.C.C.』の後にアンコールで披露した数曲も含めて、彼らの勇姿を見届けたファン達は早速SNSでライブの感想を発信する者が続出した。前半の【アポカリプス】らしからぬパフォーマンスに戸惑いや疑問を呈する者もいたが、大半は好感触。"【アポカリプス】の新境地"、"新世界に降臨した【アポカリプス】"、"新時代のスターに相応しい曲"など様々なコメントがされ、動画つきの呟きはすぐさまに拡散。瞬く間に日本のトレンドに【アポカリプス】と『C.C.C.』というワードが浮上していたのだった。
「あれ? そう言えば倫人はどこ行ったんだァ?」
「僕は知りませんね」
「トイレじゃないのか? まぁその内戻ってくるだろう」
見事ライブをやり切った彼らだったが、その中にいるはずの1人──九頭竜倫人はいなかった。
イアラ達が倫人がどこに行ったのか、疑問を浮かべる中で、ただShinGenだけはニコニコと笑顔のまま何も言わずにいて。
(リンちゃん、頑張ってね──シロちゃんのこと!)
心の中で、倫人が今日やり遂げなければならないもう1つの"仕事"を応援していたのだった。
「……お待たせしました。大山田白千代さん──大山田黒影さん」
額に汗の粒を光らせながら、まるでライブ中の時のように真剣な表情を俺は浮かべる。
その目で見つめるのはたった今その名を口にした2人、シロさんと黒影さん。俺と同じくらい、2人は真剣な顔をしている。
自分とシロさん達と、VIPルームに3人しかいないことを改めて確認すると1つ息を吐く。
思い浮かべたのはこれからのこと、ではなく今日のライブのことだった。
ステージの上から見えた観客の顔は、最初は不安に染まっていた。それまでの【アポカリプス】とはかけ離れた曲だったから。常に己が輝いて、そして人々を輝かせる為にエールを主軸にした曲ばかりで、『C.C.C.』でショックを受けたファンも少なからずいるだろう。
でも、その"振り幅"こそが今回の狙いだ。ドン詰まりからのスタートで絶望するしかない、そんな状況で。けれど……それは間違いで。自らを縛りつけるのは、自分自身の生み出した鎖そのもの──まずはそれを引き千切って、ぶつかるしかない。可能性なんて鎖も壁も、全部全部ぶつかっていくしかないんだ。
だからこそ俺は──今こうしてここにいる。
シロさんを縛る鎖も、立ち塞がる壁も。
全て、ぶっ壊す為に。
「黒影さん、お忙しい中、お時間を作って俺達のライブにわざわざ足を運んで下さりありがとうございます」
「そうだな。ジョニーちゃんから聞いていたが……なるほど、確かに素晴らしいパフォーマンスだった。見に来た甲斐があるというものだ」
「そう仰って頂けて光栄です」
ひとまず俺は頭を下げた。にしてもウチの社長をちゃん付けで呼ぶとは、やはり親しい間柄なんだと感じさせられる。
今からする俺の告白は、そんな2人の関係にも亀裂を入れかねない危険極まりないもの。……だとしても、俺は言う。言うと、決意している。退所の覚悟も、とっくに出来ている。
申し訳ありません、ジョニーさん。俺は……今日で"九頭竜倫人"が終わるかもしれません。
前もって心の中で恩人への謝罪を述べ、俺は核心に触れることを単刀直入に言い放つ。
「話は変わりますが黒影さん、俺とあなたがお会いするのは初めてではありません」
「と、言うと?」
「実は……3月14日に、あなたのご令嬢である大山田白千代さんと食事をしていた、あの"九頭竜倫人"とこの俺【アポカリプス】の"九頭竜倫人"は……同一人物なんです」
言った。決定的な言葉を。
威厳と皺のあるその顔にまだ変化はない。しかし、数秒後には驚くか怒るかのどちらかに激変するだろう。黒影さんの中での"九頭竜倫人"は、今でも"愛する娘の胸のことしか考えてないド変態クソ野郎"のままだろう。しかしそれが、親しい知り合いの事務所に所属するアイドルともなれば、複雑な気分に陥るに違いない。
だがどちらかと言えば、やはり怒る可能性の方が圧倒的に高い。シロさんを溺愛し、自由な恋愛すら許さない黒影さんであれば──。
「九頭竜君よ……」
「はい」
「そのことならば……既に知っている」
「…………はい…………?」
数秒後、表情を変えていたのは俺の方だった。そしてシロさんの方もまた、俺と同じようにその顔を驚きに変えている。
え? 既に知っている……?
既に……知って……え……?
「お父さん……どういう……ことなの……?」
「どういうも何も、言葉通りの意味だ。今目の前にいる九頭竜君が、お前と一緒に食事をしていたあの男と同一人物であるということなど、とっくに知っている」
俺の代わりにシロさんが質問してくれたが、相変わらずその答えには混乱するしかなかった。
俺が告白する前に、俺の秘密に黒影さんは勘付いていた……!? えっ、マジで? いつから? 事によっちゃかなりマズいんだけど!?
「あ、あの黒影さん……?」
「何だ?」
「その……いつからご存知だったんですか……?」
「お前と会った翌日からだ。"大山田グループ"の財力を持ってすれば、1人の人間程度四六時中監視出来る。今回はウチが上げている人工衛星の内の1つを、お前の監視専用のものにプログラムを書き換えさせた。それを利用し、お前の生活の全てを監視した。朝起きる時から学校に行って、放課後に【アポカリプス】の活動を行い、家に帰って色々して寝るまで、な」
えええええげつない! ブルジョワの力舐めてた! ってか怖いよぉ! 金のあるストーカーじゃねえか最早!
と、俺が身震いしていた所で、黒影さんはさらに衝撃的な一言を放つ。
「もちろん、お前と白千代の一連のやり取りも盗聴している」
「「──!!」」
黒影さんの言葉に俺とシロさんは固まる。
正体がバレていた上に、今回のライブでの狙いまでも把握されてしまっていた。
シロさんの自由な恋愛を許して貰うために、俺が彼女に相応しい男であることを証明する。シロさんにも相応しい男がいるんだということを示す為のものだったのに。それが予め分かってしまっているのなら、そんなの是が非でも認めようとはしないだろう。しかも、娘の胸のことしか考えてない輩なのだから俺は。いよいよ……終わりか……?
──いや、諦めるな。シロさんをこれ以上泣かせたくない。縛らせたくない。バレたんならバレてたで……ぶち当たれ!!
「……そうですか。では、ご存知でしょう。白千代さんの……シロさんの悩みも」
「……」
「確かに、シロさんはあなたの創られた偉大な"大山田グループ"の血筋を引く方です。その生い立ちも将来も、"普通"の女性とは全く違うことも知っています。……でも、だからと言って、彼女に自由な恋愛をさせないのもどうかと思います」
「何を言う。当然のことだ。白千代は将来我がグループを背負っていく大事な1人娘だ。そんな白千代をどこぞの輩とも知れぬ馬の骨に任せられる訳がない。ましてや、胸のことしか考えていないお前のようなクズにはなぁ! これは愛情故にだ! そうして私はずっとずっと白千代を守り続けて来たんだ!! お前に何が分かる、"九頭竜倫人"!!」
黒影さんの声に怒気が籠もる。押し潰されそうな威圧感も放ち、恐怖さえも覚えてしまいそうになる。これが日本を代表する会社のトップの風格、そして娘を愛する親の気迫というものか。
けど……そんなの知るか。
俺は知ってんだよ。シロさんの笑顔も……シロさんの泣いてる顔も。
泣くの自体は電話で聞いただけで、実際に泣き顔は見た訳じゃない。
でも……そんな俺でもハッキリと目に浮かんだんだ。シロさんの泣いてる顔は。
俺でさえも、想像出来たんだ。シロさんと知り合ってまだ間もなくて、彼女の胸を揉んでしまった子の俺でさえも、だ。
なのにてめえは……いつまでそんなこと言ってやがんだ。大山田黒影……!
「あなたのそれは……"愛"なんかじゃない」
俺のその一言に、初老の男の瞳は見開いた。




