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【アポカリプス】10thシングル──『C.C.C.』──③


『お父さん~ちょっとお願いがあるんだけど~』


『おぉどうした私の可愛いシロちゃんや~! シロちゃんのお願いだったら、パパなんでも聞いちゃう!』


『う、うんありがと~。えっとね~とあるライブに一緒に行きたいんだけど良いかな~?』


『ライブかぁ~うんうん分かったぞ! パパ死ぬ気でスケジュール空けちゃう! で、いつなんだ?』


『3月の31日の午後6時からだよ~。招待券貰ってるからね~』


『そうかそうか~! その日は会社で大事な会議があるけど、パパ何が何でもサボって、会社の経営が傾いたとしても構わずにシロちゃんと一緒に行くからねぇ~!』


『うん~ありがと~お父さん』


 【アポカリプス】の『C.C.C.』の初披露ライブを父親の大山田おおやまだ黒影くろかげと一緒に見ていた白千代しらちよの脳裏に、ふとそんなやり取りが浮かんだ。

 倫人りんとに言われるがまま3月31日のスケジュールを黒影に頼んだ白千代だったが、その難易度はさほど高くはなかった。なにせ自分が一番よく知るように黒影は溺愛しているのだから。

 レストランの時に見せたあの威厳のある態度や雰囲気は"外行き"のもの。家で執事やメイドがその場におらず、白千代と2人きりという場合にはあんな風にデレッデレの親バカパパになるのが黒影の本当の姿だった。

 何故黒影を誘った時のやり取りが脳裏を過ったのか、白千代には分からなかった。ただ1つ、確実に分かることは……。


(倫人君……ShinGen(シンゲン)君……皆どうしちゃったの……!?)


 顔に分かりやすく表れるほど、狼狽をしてることだけだった。

 拘束衣のような衣装だけでも異様だったのに、実際の歌の方はそれをさらに上回っていた。煌々と輝き、人々を笑顔にさせてきた【アポカリプス】のパフォーマンスを見て、別の意味で鳥肌が立ってしまうなんて。

 

「っ……」


 案の定、隣で見ている黒影は厳しい表情をしていた。2人きりではなく"外"だということもあるのはもちろんだが、長年一緒にいればその表情の細かな違い、感情の機微も分かるというもの。黒影は間違いなく機嫌を損ねていた。

 元々ライブに誘ったのも、黒影の過剰な愛から来る束縛から自由になるため。その説得を、倫人はライブを通してやろうとしてくれていることは分かっている。だからこそ、このライブでこれ以上倫人に対する悪印象を与えてしまったら──


(倫人君っ……!)


 白千代は、気がつけば祈るような心地で倫人達を見つめた。

 "日本一のアイドル"とされる倫人達でさえも黒影の心を動かせなければ……もう次はない。最後の一縷の希望に縋るような面持ちで、白千代は彼らのパフォーマンスを見守った。


「っ……!?」


 しかし突然の事態に表情は驚愕に満ちた。

 横並びで棒立ちしていた倫人達が、一斉に倒れたのだ。倫人も鬼優きゆうもイアラもShinGenも東雲しののめも、全員魂が抜かれたように足から崩れ落ちたのだ。

 一般人用である下層の客席からも戸惑いの声が明らかに聞こえてくる。BGMも止まり、ざわざわと会場は物々しい雰囲気に包み込まれていた……が。


「This is 『C.C.C.』……?」


 問いかけるような声が、会場を通り抜ける。

 それを発したのは彼らのセンターにいる男、九頭竜くずりゅう倫人りんとだった。


「This is 『C.C.C.』……?」


 同じ質問をしながら、うつ伏せに倒れていた倫人は徐々に立ち上がっていく。

 暗闇の中、自分にだけ当てられたスポットライトを浴びながら、フラフラと立ち上がる倫人。その表情は俯いていたせいでよくは見えなかった。



「──No.This is True 『C.C.C.』!」



 倫人が顔を上げた瞬間、それまで身に纏っていたものは文字通り一変する。

 着ていた拘束衣の肩口を掴むと、倫人はそれを一気に脱ぎ去る。そうして表れたのは、銀の布地の服だった。その中心には十字架が書かれていて、外套ローブのようなタイプの衣装に変わっていた。

 曲調も様変わりし重低音でテンポを刻むだけのシンプルだったものが、慌ただしくEDMを奏で始める。それと同時に、スポットライトが倫人以外の皆にも当てられていて──彼らは一斉に立ち上がると、叫んだ。


「Break the "Chain"! Break the "Curse"! Break the Cloth!」


 気がつけば他のメンバーも衣装が倫人と同じようなデザインのものとなっており、それぞれのイメージカラーの布地に十字架が描かれたものを着ている。鬼優きゆうは金、イアラは赤、ShinGenは緑、東雲しののめは青、といった具合に。

 拘束衣のようだったそれらを脱ぎ去り、彼らは一斉に踊り出す。一糸乱れぬ複雑なステップを披露したかと思えば、今度は端からスピンをすると見事な時間差での連鎖を見せる。早いEDMのテンポにも負けない軽快なダンスはまさに鎖から解き放たれたようだった。

 不安に打って変わり、空間は歓声に埋め尽くされていく。そしてそれに応えるようにパフォーマンスに集中している【アポカリプス】の面々も、「待たせたな」と言わんばかりに真価を発揮していく。

 

「"Cool"に"Clever"?」 


「そんなの求めちゃいねえ」 

  

「目指した先にあるのは」 


「ただ1つだけだ」


「「"Crazy" and "Chaos"!!」」


 まるで格闘技のようにパンチ&キックを主体にしたダンスを披露しながら前に踊り出て来たのはイアラと鬼優きゆうであった。派手なギターも加わったEDMの威圧感に負けず劣らずの力強さを放ちながら交互に歌い、最後は息を揃えてサマーソルトキックで宙を舞った。

 すると跳んでいるその僅かな時間、2人の下を滑り込んで来たShinGenと東雲の時間が始まる。


「壁にぶち当たっても別に良いじゃない」


「視界が"Clear"じゃなくても良い」


「じゃあどうするかって?」


「「"Crash" into ぶっ壊せ!」」


 こちらのペアは立ち上がるや否や壁があるようなパントマイムを披露する。まるで本当に壁があるように観客は錯覚する。東雲の卓越した演技力のおかげだが、ShinGenもまた負けてはいなかった。

 壁をぶち壊すようなタックルをしたところで軸足に体重を乗せ内回りにターン、交差する形ですれ違うと、今度は中央に倫人が立っていた。そこで、曲調が再び変化する。


「それでも もしも迷ったのなら 立ち止まっても良いんだ」


 激しいパフォーマンスの直後に、倫人のパートは再び静かな場面となっていた。騒々しいくらいのBGMもピアノソロの穏やかなものに変貌している。

 その中で倫人は、訴えかけるように歌う。否──叫ぶ。


「頑張ってるキミも 疲れてるキミも どんなキミも俺は好きだよ 悔しくて泣いた時も 嬉しくて笑った時も どんな時も俺はキミの背中押すよ」


 感情の籠もった倫人の声は震えており、それまでの皆のパフォーマンスで盛り上がっていたファン達は一斉に静まり返った。

 聞き入る──その表現がここまでしっくりくる場面もそうはないだろう。元々トップクラスの歌唱力があったが、今の倫人の歌声は真に迫るものがあり、誰もが酔いしれる。清蘭きよらも、音唯瑠ねいるも、そして白千代も。


(凄……い……)


 会場に轟く叫び声。

 まるでこの時の為だけに命を燃やし尽くすかのような勢いと覚悟の感じられる倫人の叫びに、白千代は黒影の顔色を伺うことすら忘れて魅了されていた。

 見つめ続ける中で、自然と胸は高鳴っていた。しかしそれにも気づくことなく、白千代は倫人の姿を目に、耳に焼きつけていた。


「魅せられる準備は良いかーっ! 俺達の輝きを見逃さない準備はいいかーっ!!」


 間奏のピアノソロが続く中、唐突に倫人は観客達にそう尋ねる。漏れなく黄色い歓声が返されてきてニッと倫人が笑った所で再三曲調が変わり──


「This is 『C.C.C.』 and 【APOCALYPSE】」


 ──ラストサビに入り、今日一番の盛り上がりに包まれた。


「Let’s "Change" yeah!! 縛られた日々から抜け出して」


「Don’t "Care" yeah!! 恐れることは何もない」


「Do "Challenge" yeah!! 戦うキミは美しいのさ」


「自分を否定する"Carnage"に負けるな そんなモン吹っ飛ばして 掴み取っちゃえよ」


 先と同じように叫ぶ倫人。それに、イアラ、鬼優きゆう、ShinGen、東雲の4人の声も合わさる。魂の共鳴、そう例えられるほど5人の叫び声は折り重なり合いシンクロし合う。1つの声となった

倫人達の叫びは、ビリビリと空間を揺らし、その場にいる全員の心を震わせた。


「これが──『C.C.C.』 キミに贈りたかった歌なんだ」


 少しもズレることなく、完璧に歌い切った【アポカリプス】の皆。

 蝋燭の炎が噴き消されるようにして突然訪れた曲の終わりだったが……。


「倫人、すごーーーーいっ!!」


 誰が叫んだのやら観客席からそんな声が聞こえると、次の瞬間には両国国技館は割れんばかりの歓声と握手が轟いた。

 

 こうして【アポカリプス】の10thシングル『C.C.C.』の初披露ライブは幕を閉じたのだった。


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