【アポカリプス】10thシングル──『C.C.C.』──②
ドォン……──鈍い打撃音のようなSEが会場全体に響く。一瞬聞き間違いかと思ってしまうようなその音こそが、『C.C.C.』の幕開けだった。
1回目のそれが会場を駆け抜け、無音が訪れた所で徐に倫人達は動き出す。拘束衣のような衣装の為か、それとも演出か、動き出すとは言ったが全員時計周りにゆっくり後ろに向いただけだった。
再び無音に包み込まれたかと思えば、そのタイミングで先ほどの打撃音と同じものが響き渡る。しかし倫人達は後ろを向いたまま動かずに、1分間ほどはずっと打撃音が主役だった。
これまでも静かな始まり方をした曲はいくつかあれど、ここまで倫人達が何もせず、言ってしまえばただ突っ立っているだけのものは『C.C.C.』が初めてであった。倫人達に動きはなくだ低い打撃音だけが支配する空間。だが、その最中でも彼らを見守るファンの心は躍っていた。立ち姿をただ晒しているだけの倫人達が、次に何をしてこの世界の中心に居座るのか。
それを心待ちにして、固唾を飲んで観客が見守る中──
「This is a 『C.C.C.』……」
そんな言葉と共に、その時は突然やって来た。
何度目かの打撃音の直後に甘く囁くような声が空間に溶け込んでいく。絞り出したようなその声が耳に届くや否や、観客は押し殺せずに歓声を上げる。
囁きを発したのは隊列の中央にいる倫人だった。"これが『C.C.C.』"そう訳せる英文の歌詞を口から放ち、振り向くと同時に瞬時にライブステージの中心となる。静かに、ひたひたと正面に向かってゆっくりと歩く。ただそれだけの、人間にとっては当然とも言える行為で皆の目を一手に惹きつけていた。
「Oh 気がつきゃこうなっちまってたんだ どこにも行けずに雁字搦めなんだ まとわりつかれる Like a "Chain"」
掠れ声ではなく今度はハッキリとした倫人の歌声が響き渡る。本格的に『C.C.C.』が幕を開ける
彼の声の裏で聞こえてくるのはドラムとワブルベースによる重低音のハーモニー。しかしそれらは最低限と言うべき存在感だけを発揮し、倫人の引き立て役としての任を全うしている。
「そう 悲しみ泣きたがってたんだ 何にも出来ずに行き止まりなんだ うんざり疲れる "Cry" and shout」
倫人が歌ったのは、同じようなメロディーラインの短い歌詞。しかし、これだけでも【アポカリプス】を、彼らの歌を知るファン達からすれば異様さに勘づかない者はいなかった。これまでの【アポカリプス】の歌は前向きなものだったからだ。
しかし『C.C.C.』において、そのセオリーとも言うべき規則性は崩れ去った。メンバーの中でも一番の輝きを放つ存在として【アポカリプス】を牽引する倫人の口から、あのような歌詞が飛び出たことによって。
「絶望の"Crisis"直面して 抗えない "Catastrophe" 訪れて 迷いこんだ先は 光一つすらない Deep in dark "Cave"」
「もう駄目だ ここで終わりだ 果ての果てについちまった Reath the "Climax" 諦めるしかねえな これで納得するしかねえって 運命に閉じ込められた I was "Captured"」
「"Ceililng" 鎖されて "Calling" 誰か助けて でも誰もいないよ 一人ぼっちなんだ どこまで行けば良いんだろう? I "Chase" so far」
「苦しみと悲しみの"Choke" ぶつけられる"Claim"and"Conflict" もう止めてくれ 限界なんだ このままいっそ飛び込もうか Go to a "CliFF"」
倫人に続いた、鬼優、イアラ、ShinGen、東雲、誰もが後ろ向きな歌詞を口にしていく。順番に奏でられていくメッセージはAメロもBメロもなく不規則なメロディーラインとなっていて、そこもまた独特で異様なものとなっていた。
──これが、本当にあの【アポカリプス】なのだろうか。
誰の頭にも、その考えは浮かんだ。
全力で歌い、全力で踊り、全力で見る者を魅了し輝く"日本一のアイドル"【アポカリプス】。そんな彼らが、今見せているのは死んだような顔と暗闇の中にいるようなネガティブの塊のような歌。
確かにそれは彼らにとっての新境地と言えるものだった。一切のマスメディアへの露出も避けて秘密裏に温め続けた曲であって、そのインパクトは絶大なものだった。
しかし……。
「こんなの……が……倫人達……なの……?」
「そんな……こんなの……嫌……です……」
甘粕清蘭、能登鷹音唯瑠の口から漏れた言葉は、その場にいた全員の気持ちを代弁したような呟きだった。
光輝き皆に希望を与える【|アポカリプス《"日本一のアイドル"》】が、漆黒の闇に呑まれ絶望を与えるような存在に成り果ててしまった。その様を目の当たりにしたファン達は言葉を失い、挙句の果てには涙を流す者までいた。
そしてそれは──彼らを見下ろす形となる上階の関係者席の中にも。
「……嘘……」
清蘭達とは異なり、言葉少なに失意の言葉を口にする女性。
大きな胸の前で手をきゅっと結び、今にも泣きそうな顔をしていたのは今日の為にわざわざスケジュールを空けておいた大山田白千代であった。




