秀麗樹学園の女王、甘粕清蘭。
「清蘭様おはようございます!」
「清蘭様今日も日本一お美しいですね!!」
「清蘭様こそ別次元の可愛さを持つ超絶美少女ですわ~!」
「清蘭様 is the most beautiful Goddess!!(清蘭様こそ最も美しい女神です!!)」
学校中の誰もが拍手と歓声と賛辞を送り、崇め称える超絶美少女。
橙色のサイドテールの女子生徒──甘粕清蘭は、まさに暴力的で圧倒的とも呼べる美貌の持ち主だった。
秀麗樹学園にはモデル、女優、アイドル。それぞれ方向性は違えど、”容姿”に自信を持つ女子が全国から集う。
そんな彼女達のプライドを粉微塵になるまで粉砕し、学園で瞬く間に頂点に立った清蘭。その容姿は間違いなく神に愛されていると断言出来る。
芸能関係者がいたとしたら即スカウトするどころか「なんであんな逸材を今まで見つけられなかったんだ!」と事務所の社長に激怒されるほどだろう。
「ガッハッハッハッハッハッ!! もっちろんじゃない! 今日も日本一可愛いスーパーウルトラハイパー可愛い美少女清蘭ちゃんをドンドン敬いなさいモブキャラ共ーーーっ!!」
今日も今日とて周囲から賞賛されている清蘭は上機嫌だ。
笑い方はクソ下品だし持て囃してくれる皆をモブキャラ扱い。許されるのは偏にその美貌故なのだろう。''可愛いは正義''を地で行くにも程がある。
「いやはや今日もお美しいですね清蘭様! そう言えば清蘭様はご覧になられましたか?」
「へ? 何が?」
「もちろん、クリスマスに行われた【アポカリプス】のライブですよ‼」
と、取り巻きの誰かがそう言った時、俺はヤバいと瞬時に思った。
クリスマス、【アポカリプス】……つまりは九頭竜倫人。
それらを聞いてしまった清蘭が取る行動とは──
「その名前を今口に出すんじゃねーーーッ!!!!!」
「がぶおぅふわぁぎぃいいんやーーーっ!!!」
ほら、こうなったよ。
超絶美少女足る顔を憤怒に染め、清蘭は強烈なボディーブローをぶち込み。話しかけてきた取り巻きは廊下までぶっ飛ばされていた。
あいつの一撃は''日本一のアイドル''の俺ですらもしばらく動けないほどの威力だ。吹っ飛ばされた男子生徒は不運だったとしか言いようがない。
「いっ、イカ本ーーーっ!!」
「駄目だ、死んでる……即死だ」
「清蘭様の機嫌を損ねれば死あるのみ……良い奴だったよイカ本……お前のことは忘れない」
あーそう言えばそんな名前だったなあいつ。Rip、イカ本。
それはそうとして……やっぱりまだ怒ってるんだな、クリスマスの時のこと。
清蘭は”カス”と言われることを何よりも嫌っている。
一度そのワードを耳に入れれば清蘭の怒りは瞬時に沸点に達し、ブチギレる。誰が相手であろうと、どんな時であろうとも、どんな場所であろうとも。
だからこそ、清蘭はクリスマスの時のことなど思い出したくはなかったのだろう。デートの最後に、俺がうっかり噛んでしまったことで”カス”と言ってしまったのだから。
あの時清蘭から喰らったビンタはボディーブローよりも強烈で''日本一のアイドル''である俺の顔面は盛大に赤く腫れた。大晦日の紅白歌大合戦と事務所開催のカウントダウンライブの参加が危ぶまれる程だったが、メイクさんのおかげで何とか乗り切れたけども。
もちろん、清蘭には釈明をした。あれは”貸し”を噛んだだけでお前にカスと言った訳じゃない、と。クリスマスの深夜にも、年が明けてあけおめを伝えるついでにも、今日に至るまでも。
忙しいから連絡用アプリの”ココア”でメッセージを送るだけだったが、とにかく誤解を解こうと努力した。
「あたしの前で今ッ‼ ”クリスマス”と”アポカリプス”と”九頭竜倫人”って言葉を出したらどんな奴だろうとブン殴るからッッ!!! 分かったッ!!!??」
しかし、この怒り様を見る限りやはり許してくれていなかったようだ。既読無視してるだけで実は許してくれてるかもという俺の淡い期待は儚くも散った。
かつてない清蘭のブチギレっぷりに、先ほどまで称賛と賑やかさに溢れていた教室は凍り付いている。
疑問も反論も許さない空気が教室を支配する。スクールカーストの頂点に立つ清蘭には誰も逆らえなかった。生まれ持った可愛さだけでこの学園の頂点に上り詰めた暴君、清蘭を制することが出来る者などこの場にはいない。
俺を除いては──だが、それも叶わない。何故なら、この学校における俺と清蘭の関係は”幼馴染”じゃない。ただのクラスメイト程度だ。
清蘭は男のことを自分の格を上げるためのアクセサリー程度にしか思っていない。だがそのくせ、自分と釣り合う男のレベルを限りなく高めに設定している。しかも年々要求するレベルが上がってきてるのだから余計にタチが悪い。
だからこそ、クリスマスデートの相手に”日本一のアイドル”である俺を選んだ。
清蘭のそんなワガママな要求をこの場、秀麗樹学園という場に限れば。スクールカーストの最底辺で学校中の嫌われ者である”ガチ陰キャ”の俺とは、清蘭はそもそも関わらないようにしていた。
そして、俺も安穏無事な学校生活を送る為に清蘭に馴れ馴れしく話す訳にもいかなかった。そんなことをすれば生徒達からさらに憎まれ、最悪の場合はいよいよ実力行使される可能性すらある。
故に、俺が今この場で取る行動はただ一つ。
”ガチ陰キャ”らしく、我関せずと言った具合に狸寝入りを決め込む! 俺はさらに気合を入れて机に突っ伏して寝るふりを続行した──が。
「起きろこのクズ野郎ーーーーーーーっっっ!!!!!」
「えぇえええぇええぇえええええええっっっ!!!??」
清蘭の大声に鼓膜をブチ破られそうになったと同時に無理やり身体を起こされ、さらには胸倉を掴まれた。
驚きすぎて思わず叫んでしまったが、目の前に現れた清蘭の般若面には声を失った。
「今すぐ土下座しろーーーッ!!! あたしに謝れーーーッッッ!!!!!」
「えっ、あのっ」
「うるせぇーーーっっっ!!!! つべこべ言わずに土下座しやがれえええええええッッッ!!!!!」
清蘭は俺の身体を揺さぶりながら、土下座を強要してきた。周りもそれに乗じ、土下座コールで教室が埋め尽くされていく。
その中で俺は考えていた。もちろん、清蘭に土下座をすることもだがそれ以上に。
今の俺の顔をそんな見つめ続けて大丈夫なのか、と。
「……うぶっ」
それまでまさに怒涛の勢いという感じでブチギレていた清蘭。
が、突如両頬を膨らませると、俺から手を放して窓に向かって猛ダッシュ。
「ウォロロロロロロロロロロロロロロロロローーーっ!!!!!」
そして、窓から盛大に吐いた。
皆が見ている前で、清蘭は口から溢れ出るゲロが織りなす滝を見事に作り出していた。
”ガチ陰キャ”の時の俺は逆スーパーメイクによって顔面偏差値マイナス70オーバーの信じられないエリートブサイクと化している。その顔を面食いな清蘭が見続ければゲロを吐くのは必然だった。
「うわぁぁぁぁぁ!! 清蘭様がおゲロなされたぞーーーっ!」
「しまった! クズの下水道で煮込んで作ったみたいな顔面を長く見過ぎたからだ!」
「クズのゴミとゴミを掛け合わせて魔改造したみたいな顔面はやはり目に毒、いや猛毒だったか……!」
「クズのクソとクソをクソを足して2を掛けたみたいな顔面をあんな間近で見続けたら無理もないよ……清蘭様どうか気をしっかりお持ちになって下さい!」
俺の顔面のことを散々disりながら、ゲロを吐き切り、ビクビクと痙攣する清蘭の元に生徒達が駆けつけていく。その献身的な姿には涙を禁じ得なかった。嘘だけど。
ともかく、俺の顔面を見続けたこと(アナフィラキシーブサイクショック)で記憶を一部失ってくれれば助かるんだが。
「……どいて」
と、皆の心配を一身に受けていた清蘭が言葉を発し、起き上がる。
声はとても静かなものだったが、短いそれはとてつもない威圧感があり、溢れかえっていた心配の言葉を一斉に黙らせていた。
「はぁ……はぁ……九頭竜……倫人……」
まだブサイク面によるダメージが残っているのか、ヨロヨロと立ち上がりながら俺の名前を呟く清蘭。
また土下座を強要されるだろうな。その時は素直に従った方が良い。清蘭の怒りを買うのもそうだが、周囲の俺への目も普段以上に憎悪マシマシだし……。
とりあえずは大人しく土下座をするしかないか。これ以上清蘭の機嫌を損ねると、さっきのイカ本みたいにボディーブロー……いやどころかクリスマスのことも含めればデンプシーロールすら有り得る。
俺の落ち度は噛んだくらいなのに、土下座をしなければならないのは本当に癪だが……。背に腹は代えられない、土下座をしようと俺が意を決した時だった。
「あんたには、あたしとの勝負を受けてもらうわ」
「……は?」
素でそんな声が出た。
俺も、周りの取り巻き達も、清蘭の言葉の意味が分からず呆気に取られている。
勝負? えっ? 勝負って……なんの? ってか、なんで?
「日時は今日の放課後、場所は第1アリーナで……拒否権なんかないわ、絶対に勝負に来なさい」
「えっ、あのっ、甘粕さ──」
「ちっ! なっっ! みっっっ! にっっっっ!」
俺の言葉を遮り、勢いと圧を増しながら清蘭が声を張り上げる。
俺の顔を見過ぎてまたゲロを吐かないよう、背中を向けているその様はまるで取り巻き達に宣言するかのようにも見える中……──清蘭は高らかに言い張った。
「あんたが負けたら──あんたはすぐに退学よっ!!!! 問答無用でねっ!!!!!」
清蘭の言葉に、再び静まり返る教室。
だがその直後には、清蘭の言葉に賛同する歓声が一斉に沸いていたのだった。