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シロさんの本心


 既に早鐘を打っていた俺の鼓動はますます加速する。

 自分の秘密を明かし、メッセージのやり取りだけでも緊張しまくっていたのに。その相手と……シロさんと、電話で話すかもしれないから。

 ……いや。かもしれない、じゃない。今からは電話で話すんだ。ここで電話に出ないなんて選択肢はない。確実に。

 ココア特有の可愛らしい着信音がしばらく続く中、俺は深呼吸をする。なるべく緊張しているのが声に表れないように気持ちを整えて。


「……はい」


 そうして緑色の応答マークを押して、シロさんからの電話に応えた。


「もしもし~。こんばんは~」


 電話越しに、おおらかな雰囲気の口調と声色が聞こえてくる。これは俺の知る他の誰でもない、他の誰も真似出来ないシロさん特有のものだった。

 不思議なことに、電話に出る前はかなり緊張していたというのに、シロさんの声を聞いた瞬間にそれらが一気にほぐれていったような気がした。俺の心の準備は杞憂に終わり、寧ろ笑みを零すくらい安心し切った心地で、俺はシロさんに返した。


「こんばんは、シロさん」


「急に電話かけてごめんね~。ところで~、本当にキミがあの倫人りんと君なの~?」


「はい、そうです。"【アポカリプス】の九頭竜倫人"は、ハワイであなたの胸を揉んだ九頭竜倫人です」


「ふ~ん、そうなんだぁ~。うん~信じるよ~」


「そんな簡単に信じてくれるんですか……?」


「うん~。だって~キミは嘘をつくような性格じゃないし~」


「あはは……そう思って頂けて嬉しいです。でも、実際には自分がアイドルだってバレないように、隠し事ばっかりですけどね」


「それはそれ~これはこれだよ~。それに~芸能人がプライベートを隠すって珍しいことじゃないしね~」


 電話をしていても、シロさんはまるで目の前にいて話しているかのように何も変わらなかった。シロさんらしい、ゆったりとしたマイペース、どんどんと俺の緊張はなくなっていく。先ほどの覚悟が馬鹿らしくなるくらいだ。

 しかし、緩み過ぎも良くない。俺がシロさんと連絡を取り合ったのは何故なのか、それを忘れてはならない。


「あの、シロさん」


「何~?」


「今日、【アポカリプス】のラジオがあったのはご存知ですか?」


「知ってるよ~。倫人君とShinGen(シンゲン)君がやってたのだよね~?」


「そうです。……もしも勘違いだったのなら申し訳ないのですが……──シロさん、あのラジオのお悩み相談コーナーにお便りを出していなかったですか?」


 核心に触れる。

 その時、シロさんの方からは何も返事はなかった。彼女にしては珍しく無言を貫いている。それに乗じた訳じゃないが、そのまま俺は追加の情報を告げる。


「お便りを出したのは東京都在住の20代前半の女性、ペンネームは【S・O】さん。悩みの内容は『ボクはこれまで恋というものがしたことがありません。ですがつい最近、好きな人が出来たかもしれないんです。その人のことを思うと、胸がドキドキするんです。ただ、その気持ちが恋かどうか分からないんです』」


 淀みなく、俺は【S・O】さんのお便りを記憶から引き出して言葉にしていく。

 

「『もしかしたら、ボクの今の気持ちが恋じゃないかもしれないんです。そもそもこの気持ちが芽生えたのが、その人に自分の胸を揉まれたからなんです。最初は本当に驚きました。びっくりして、表情が固まっちゃって、上手く自分の気持ちを表せられなかったんです。胸を揉まれること自体が、ボクは初めてだったから』」


 聞いているシロさんは一体どんな顔をしているのだろう。

 恥ずかしがっているのかもしれないし、止めて欲しいと思っているかもしれない。それでも、俺は確かめなきゃならないんだ。

 ──あなたの気持ちに、真剣に応える為に。


「『この気持ちがもしも恋だとしたら、ボクはどうすれば良いんでしょうか。それと、もう一つ質問があります。こういうのもなんですが、ボクの家は凄くお金持ちで、もし好きな人と恋がしたいと思っても親が許してくれそうにありません。親を説得するにはどうすればいいでしょうか?』……というものでした」


 遂に全部を言い終え、俺は彼女の反応を伺う。

 耳に当てられたスピーカーからは、まだ何も聞こえて来ない。シロさんはまだ沈黙していた。やはり、恥ずかしさのあまり黙り込んでしまったのだろうか……。デリカシーなさすぎのクズに成り果てたんじゃないか俺は……と、不安に思っている所で。


「……ん?」


 そっと耳を澄ませてみると、あることに気がついた。

 なんだか、微かに吐息のようなものが聞こえてくる。すぅ、すぅ、と穏やかでゆっくりとした……。


「って、シロさん眠ってません!?」

 

「……ん……ふぁぁ……ごめんごめん~……この時間眠くってねえ~……」


「そ、そうでしたか……すみませんこんな時間まで……」


「うぅん……頑張るよ~」


 不安が再び杞憂に終わる。俺がクズクズに成り果てたのではなく、単にシロさんがスヤスヤなだけだった。ホッと胸を撫で下ろすも、そもそも話をどこまで聞いていたのかを尋ねないと。


「ちなみに~、さっきの質問の答えはイエスとウィ、だよ~」


 が、尋ねる前にシロさんが答えてくれた。

 イエスとウィ……? あっ、両方「はい」か、一瞬混乱した。マイペースな受け答えが出来てるってことはちゃんとまだ意識はあるけど、早めに切り上げないとシロさんが眠ってしまいそうだ。


「やっぱり、そうだったんですね。どうして、あのようなことを聞かれたんですか?」


「そりゃあ~、疑問符がい~っぱい頭の上に出来ちゃってたからね~。キミに……倫人君に、胸を揉まれたその日から」


「俺に……ですか」


「レストランの時には、倫人君に胸を揉まれた時からドキドキしてるって言ってたけど~、それが恋かどうかは分からなかったんだ。とりあえず付き合ってみたら何か分かるかなって~。でも……これまでと同じ(・・・・・・・)だったんだ」


 シロさんの声色が、ほんの少し揺れる。

 常に一定で感情の揺らぎなど滅多に感じられないシロさんのそれが、ほんの僅かに変化を見せる。今度は、俺が聞きに徹する番だ。


「ボクは大山田おおやまだ白千代しらちよ。大山田グループの1人娘で、将来は会社の重役になることだって決まってる。その為の勉強も幼い頃からさせて貰ってる。お父さんには、感謝してもしきれないほど愛されて育てて貰ってきたんだ。……でも、お父さんは愛情も深い分、ボクのことを過剰に守ってる。それで、ボクが恋愛するのを一向に許してくれないんだ。ボクが気になる男の人と出会っても、遠ざけていくばっかりなんだ。『こんな奴はお前に相応しくない』『こんな奴はお前を不幸にするだけだ』って」


 どこか納得したような、いや……諦めたような感情が声に籠る。

 我が子を愛するあまり親が過保護になるということは珍しくはない。それこそ今の時代はモンスターペアレントと呼ばれる親の存在も不思議ではないものだ。シロさんの父親、大山田おおやまだ黒影くろかげさんもまたそれに含まれると考えても良い。さらに言えば金に権力があるのだから尚更タチが悪いだろう。一言でまとめてはいるが、一体どんな手段でシロさんの想い人を"遠ざけた"のだろうか。


「……だから、ボクは本当は知らないんだ。どんな気持ちが"恋"なのか自体。一目見てドキドキしたら"恋"なのかな? 髪の毛についてるゴミを取ってもらってドキドキしたら"恋"なのかな? 胸を揉まれてドキドキしたら"恋"なのかな? それが1つ目の相談の理由。そしてもう1つが……どうしたら、お父さんはボクが恋するのを許してくれるんだろう……それが知りたかったから……ボクは聞いたんだよ……」


 俺のよく知る声(・・・・・)が、シロさんから聞こえてくる。

 これを聞く度に、俺は胸を酷く締め付けられる心地に襲われる。眉間に皺が寄り、歯を思わず食いしばる程の。

 でも……違う。自分のことなんて……どうでも良い。

 聞いている俺なんかよりも、今こうして声を震わせているシロさんが。

 ──涙を流しているシロさんの方が、ずっとずっと辛いはずなんだから。


「あの時倫人君とShinGen君が言ってくれたのは、"恋人と一緒に親と話し合う"だったよね……でも無理なんだよ……。だってボクの場合は……好きな人と一緒になる前に……お父さんが遠ざけていくんだから……。ねぇ……教えてよ……倫人君……! ボク……どうしたら良いの……?」


 涙を溢れさせ、訴えかけてくるシロさんの顔が浮かぶ中。

 今度は俺の方が、無言を貫いていた。





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