現代っ子的大接近大作戦
「よし……」
ラジオの収録も終わり、俺は帰宅した。
いつもは安らぎと寛ぎの為にある自分の部屋。しかし今日は21時を回っても、俺のやるべきことはまだ終わっていない。気合の入った眼差しは、"日本一のアイドル"と変わらないものだった。
「始めるとするか……"現代っ子的大接近大作戦"を……!」
机の上に置かれた携帯を手に取り、俺は早速口にした作戦を実行に移す。"日本一のアイドル"らしくハイセンスな俺のネーミングセンスが爆発したその作戦は、言ってしまえば今日のラジオよりも重要な仕事だ。
それを達成する為にこの日、俺は初めてShinGenにあることをした。日本古来より存在し大和魂を溢れさせる懇願方法……海外では"DO☆GE☆ZA"の名称で通っているご存知、土下座だ。
全ては──シロさんの連絡先を手に入れる為に。頭を地面になすりつけ、気迫すらも感じさせるほどの土下座を俺はした。結果、ShinGenは全く嫌がる様子もなく快諾し、起死回生の一手を提供してくれた。
「本当に……ありがとうな、ShinGen」
今一度感謝の念を口にすると、俺は遂に彼女のアイコンをタッチする。【大山田白千代】と書かれた、ShinGenに見せて貰ったままのそれを。
メッセージ欄は当然空白だ。お互い何も話していないのだし、シロさんは俺をフレンドに登録していないのだから。
ここに、今から刻まれていくのだ。俺とシロさんのやり取りが。さて、どんな風にメッセージを送ろうか? ……今にして思えば年上の、しかも女性と連絡を取り合うなんて経験なかったな。支倉さんとか仕事関係の人ならともかく、完全プライベートでのやり取りなんて本当に初めてだ。
「えっと……どうすりゃ良いんだ? 普段は清蘭とぐらいしかココアしねえし……」
意気揚々と作戦を実行した俺だったが序の口の部分で躓いてしまった。清蘭との普段のやり取り、例えばあいつが寝坊して遅刻しそうな時とかは『起きろ、遅刻すんぞカス女』とか言った感じに何気兼ねなくメッセージを送れるんだが、シロさんとなると全く話が違ってくる。2人の共通点が女ということしかないぞ。ってか清蘭は顔面以外はそもそも女かどうかも怪しいくらいの品のなさだし……まぁそれは置いといて。
「とりあえずは、『初めまして、突然のご連絡すみません』と……」
言葉にしながら、俺はメッセージを打ち込む。全て打ち終えると、ほんの少しの逡巡の後に……送信した。
「はぁあぁ~……送っちまったよもう……!」
送ってからじわじわと何だか言葉に出来ない感情が湧いて来て、俺はベッドの上でゴロゴロしまくった。それはもう"日本一のアイドル"ではなく、ただの思春期真っ盛りの少年としての九頭竜倫人だった。しかし、文面上ではShinGenの仲介を経て連絡をしたので、それは"日本一のアイドル"の方の九頭竜倫人になる。ややこしい!
賽は投げられた。いや、自分から送ったんだから賽を投げたんだ。じたばたしても、もうシロさんは遅かれ早かれあのメッセージには気づくだろう……。既読とつくまでがまさかこんなにも恐ろしいとは……まるで断頭台にかけられているようで──
「あっぎゅっ……!?」
たった今、刃と繋がっているロープの前で処刑人がアップを始めた。俺の送った『初めまして、突然のご連絡すみません』というメッセージの真横に、"既読"の二文字がちょこんとついたことで。
メッセージを送れば、そりゃあ相手の方は見る。にしても、なんという速さだ。送ってから1分ほどしか経っていないのに。
今シロさんはどんな顔をしてオレのメッセージを見ているのだろうか。どんな姿で見ているのだろうか。21過ぎという時間を考慮すれば、もしかしたらお風呂上がりかもしれない。もしくはお風呂中とか……イカンイカンイカン! 鎮まれ俺よ! 変な煩悩抱いてる暇があったらこの後の会話をどうするか考えてろ!!
「いっぴょっ……!?」
またも奇声が漏れ出たのは、既読を超える展開があったからだ。遂に処刑人がロープを叩っ切り、俺は首から下を上半身から切り離された……のではなく。
『こんばんは~初めまして~』
という、如何にもシロさんらしい返信があったからだった。
「いよおおおおおおしっ!!」
とりあえずは第一の関門を突破した喜びで俺は両拳を突き上げた。
如何に知り合いの知り合いとは言え、急に知らない奴から連絡が来たら即ブロも十分にあり得る。ましてやシロさんは大山田グループの御令嬢、そういったことには更に敏感かと不安だったが……良かった、こっちでものほほんとしてて。
俺は胸を撫で下ろすと、誰もいないのに咳払いをした後にシロさんとのやりとりに集中する。
『ShinGenから聞いているとは思いますが、彼と同じグループ【アポカリプス】に所属している九頭竜倫人と申します。改めまして突然のご連絡になったことをお詫び申し上げます』
『いえいえ~どうかお気になさらず~。テレビでよく見る人だ~って思いました』
『ありがとうございます。あなたにもご認知されているようで光栄です。ちなみに今はお時間よろしいでしょうか?』
『はい~。あぁでも子どもの頃から22時くらいには寝ちゃうんですよ~。なのでそれまでならですが~』
なるほど……なんて早寝なんだ。だからこそ、シロさんはあんなに立派な巨峰は育ったって訳だ。……ってまた胸のこと考えてんじゃねえ! 男子高校生らしいなぁもう!!
両の頬を両手で叩き、気合を入れ直す。ライブの直前にもやるそれは、雑念を取り払い己の集中力を最高にまで高めるルーティンワークだ。
「……やるぞ」
声色を変え、携帯の画面をじっと見つめる。
ここから正念場、もとい俺の人生もかかったやり取りだ。上手くやらなければ……全てが終わる。さっきの言葉に込めたのは、そうならない為の本気の気持ちだった。
『大山田白千代さん、あなたにお伝えしたいことがあります』
『なんですか~?』
『実は……俺は3月8日にハワイのビーチであなたの胸を揉んだ、あの九頭竜倫人なんです』
遂に、伝えてしまった。
もう取り消すことは出来ない真実を、確かに目に見える文字にして。
家族と清蘭以外は知らない、俺の生命線とも言える秘密を、初めて他者に明かした。
『どういうことですか~?』
『あの日俺はあなたの胸を揉みました。戸惑い、混乱しきっていた俺にあなたは「というか、あんまり気にしなくて良いよ~。触りたかったら、いくらでも触って~」と言ってくれました』
『さらにその後、3月14日……昨日のことですね。俺は清蘭と能登鷹さんとあなたと昼食をし、あなたのお父様である大山田黒影さんからあなたの胸に関する質問をされ、それに答えたことで背負い投げを喰らって意識を失った……』
『どうですか?これはあなたの知る"九頭竜倫人"しか知り得ない情報のはずです。それを俺が知っているということは、俺と彼は同一人物だということです。……信じて下さい、本当です。シロさん』
連続で送ったメッセージの最後を俺が彼女を呼ぶ時の名で締めくくった。
既読はメッセージを送った直後についた。シロさんはずっと俺との連絡画面を開いてくれている。ただ、既読がついたまま彼女からの返信はまだ来ない。
困惑しているのだろうか。どのみち、俺は催促するような真似はしない。シロさんからの返信を気長に待つしかないのだから──
「おっぎょっほっ!!?」
神妙な面持ちだった俺は、数秒後に間抜け面を晒していた。
その理由は、メッセージをやり取りしていた画面に変化があったからで。
──シロさんから、電話がかかって来ていた。




