意外な繋がり
「いてて……」
「ん? リンちゃんどうしたのー?」
「あ、あぁ……筋肉系のトラブルでな、背中に激痛が……うっ!」
「だいじょーぶ? 今日のお仕事休む?」
「いや、問題ない。ファンの皆の為にも、この程度で休む訳にはいかない」
向かいの席に座るShinGenにそう告げると、無事な様を俺はアピールしていた。が、背中には未だに昨日の背負い投げの痛みがじんじんと残っていた。
3月15日の日曜日。この日は2週間に1度のスパンで放送される【アポカリプス】のラジオ番組の収録日だ。5人の中から2人が担当となり放送されるこの番組はほんの1時間ほどの短いものだが、聴取率もかなり良くファン達も必聴のものとなっているらしい。
それを背中の痛みなんかで休むなんて出来るはずがない。歌ったり踊ったりする訳じゃないんだから、このぐらいへのへのかっぱ──
「いててててっ!!」
……と、思いたい所だったが口と身体は素直だった。再度心配してくれるShinGenに大丈夫だと返しつつ、頭の中ではあることを思い返す。
先日、ホワイトデーでは色んなことがありすぎた。お返し選びを清蘭と能登鷹さんに見られたと思ったら、さらにそこをシロさんに目撃され、シロさんの豪華なランチタイムに誘われたら、さらにさらにそこにシロさんのお父さんの大山田会長が出現して、愛娘のおっぱいについてどう思うとかいう生涯二度と聞かないであろう無理難題な質問をされて──そして、答えたら1本と言うしかない見事な1本背負いでその日の記憶は途絶えていた。
愛する娘に近づく不逞の輩をよほど許せなかったらしい……あの大山田会長は。じゃないとこんな風に後日まで痛みが残るような強烈な背負い投げを喰らわすか普通? それとも、これがブルジョワのやり方か! 許せん、あのカスジジイが!! 権力と金さえあれば何でもしていいと思って──
「「【アポカリプス】の、大暴露ラジオー!!」」
と、心の中では怒り心頭だったがラジオ収録の時間が始まったので、俺はShinGenと共に息のぴったりと合った開始の言葉を口にしていた。理不尽過ぎる昨日の結末にはまだまだ文句は言い足りないけど、それはそうとして仕事をきっちりこなす、切り替えを怠らないのが俺だ。
「本日のパーソナリティーはオレだよー!」
「それだけじゃ分からないだろ、ちゃんと言いなさい」
「それもそっかー! じゃあこのオレShinGenとー!」
「この俺、九頭竜倫人がお送りします」
「ねーねーリンちゃん最近どう? パスタ巻いてる!?」
「いや最初に言うのがそれ? もっと他になんかあるだろ。ついでに言うとパスタは巻いてないぞ」
「オレはねー、最近カルボナーラにハマってるんだー! 1日3食全部カルボナーラにしてて、いろーーーんなお店のカルボナーラ食べてるんだよー!」
「あ、そっち路線の話になるのか。しかもガチなパスタの話題だったなんてな……」
「そうなんだー! だから巻きまくってんの! パスタトルネードが起きそうなくらい!」
「美味しそうだなそれ。そんな竜巻なら巻きこまれてみたい……いや、やっぱキツいか」
元気いっぱいにはしゃぐ子どもっぽいShinGenと、テンションの乱高下も少なくクールに進めていく俺。全くタイプは異なるが、意外に相性はバッチリだ。というかメンバーで相性が良くない奴はいない。【アポカリプス】は全員が仲良しなのも1つの売りなのだから。
「よし、それじゃそろそろ1つ目のコーナーいくか。ShinGenよろしく」
「オッケー! じゃあ【曝け出せ! Youのお悩み言っちゃOh!】をはーーじめーーるよーーーっ!!」
オープニングトークを5分程続けた所で、1つ目のコーナーを始めた。【曝け出せ! Youのお悩み言っちゃOh!】は聴取者から届く悩みに【アポカリプス】メンバーなりの感想や解決案を思うままに言う、ラジオ番組のド定番のコーナーだ。
様々な年代の聴取者から届く悩みは本当に様々なものがあり、10代の甘酸っぱい恋の話から20代の就活相談や30代のリアルな婚活相談、40代以降の子育てやら孫やら終活やら……俺達も回答に困るものがあるが、それはそれで楽しめる良いコーナーだ。しかし、失言はしないように最大限の注意は払っている……特に、身バレに繋がるようなことは。今回も気をつけよう。
改めて心がけている所で、スタッフが机の上に手紙が山積みになった箱を持ってくる。恐らく1000枚以上は優にあるけれども、読まれるのはこの中で10枚と決まっている。今回選ばれるラッキーリスナーは果たして。
「まず最初のお便りは~これだっ! 東京都在住、ペンネーム【S・O】さん20代女性からのお便りでーす! 『【アポカリプス】の皆さん、こんにちは』」
「こんにちは!」「こんにちは」
「『ボクはこれまで恋というものがしたことがありません。ですがつい最近、好きな人が出来たかもしれないんです』」
ふむふむ……恋のお悩み相談か。1発目として良いお便りだ。よほどそのリスナーのメンタルがヘルモードじゃなければ答えやすいし、後のお便り相談に答える時も良い流れが生まれるしな。
「『その人のことを思うと、胸がドキドキするんです。ただ、その気持ちが恋かどうか分からないんです』」
うんうん、分かる分かる。この手のパターンの恋愛相談系のお便りは何度もあった。そしてその度に、俺はパーフェクトな回答を導き出して来た。俺の回答を信じて行動して見た結果、告白が上手くいったりして結ばれたカップルも大勢いるらしく、感謝の手紙が番組宛てに届くくらいだ。
そろそろ"恋の伝道師"も肩書きに入れても良いかもしれない。なお……当の俺が恋愛経験皆無なのは気にしてはならないが。
「『もしかしたら、ボクの今の気持ちが恋じゃないかもしれないんです。そもそもこの気持ちが芽生えたのが、その人に自分の胸を揉まれたからなんです』」
うお……とんでもない恋の始まり方もあったもんだ。胸を揉まれて恋心が芽生えるなんて、そんな破廉恥な……破廉恥な……?
俺は徐々に胸騒ぎがしつつあった。。何だか、凄く覚えのある相談|気がして。
「『最初は本当に驚きました。びっくりして、表情が固まっちゃって、上手く自分の気持ちを表せられなかったんです。胸を揉まれること自体が、ボクは初めてだったから』」
"ボク"という一人称
ペンネームは【S・O】
胸を揉まれたことから始まった恋心
もう、俺の中では今回の相談をして来た視聴者の顔が思い浮かんでいた。
「『この気持ちがもしも恋だとしたら、ボクはどうすれば良いんでしょうか。それと、もう一つ質問があります。こういうのもなんですが、ボクの家は凄くお金持ちで、もし好きな人と恋がしたいと思っても親が許してくれそうにありません。親を説得するにはどうすればいいでしょうか?』以上でーす!」
読み切ったShinGenの朗らかな笑みと共に、俺の中で結論が出た。
この相談をしているのが他の誰でもない……大山田白千代──シロさんだということに。
「凄いねー! 胸揉んで始まる恋って、まるで漫画みたいだね!」
「あ、あぁ……そうだな」
「でも恋かどうか分かんないかー。本人にも分かってなかったら、オレ達も難しいよねー?」
「……」
「リンちゃん?」
「あ、あぁ悪い。確かに、難しいな、うん」
ヤバい、身が入らんぞこんなの。
あんな出来事があった直後に、シロさんからの相談が来るなんて。しかもラジオとは言え全国放送に乗る形で。
……とりあえず解決出来そうな所から攻めるしかないか。
「まぁ、答えられそうな所からいこうか。親がお金持ちで、恋を認めてくれるかどうか……現代日本でも身分差恋愛なんてあるんだな。まぁ、ここはとにかく親に説明して納得してもらうしかないな」
「そーだよねー。でも、親が凄くお金持ちだったら難しいよねー。オレもそういう人知り合いにいるけど、すっごく大事にされてるみたいだったし! お父さんすっごくおっかなかったよ、『娘は誰にもやらん!!』って感じで」
「へえ、そんな人知り合いにいたのか、初耳だぞ」
「えっへへーごめんごめん! 今度からオレがやる大食い企画のスポンサーやってくれてる会社の娘さんなんだー! 何を隠そう、あの大山田グループの娘さんなんだよ!」
「へえ~大山田グループの……えっ?」
ShinGenの口から飛び出た言葉に、俺は背中の鈍痛も忘れて固まっていた。




