表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/193

俺VS大山田会長


 シロさんに呼びかけた男は、白に染まった見事なカイゼル髭をたくわえた顔に、年齢と威厳を思わせる皺がたくさん刻まれている。漆黒のスーツに漆黒のハット、足先から頭まで黒で塗り潰されたその格好はまるで映画に出てくるようなマフィアを彷彿とさせていた。

 ……もしかして、本当にそっち系の人なのか? となると、シロさんを名前で呼んでいたのは……まさか……!? 


「あ~お父さん~」


 色々とヤバい妄想が捗るも、男に振り向いたシロさんが口にした言葉に俺の邪推は打ち砕かれた。一瞬でも変な風に考えてしまってすみませんでした。

 シロさんに"お父さん"と呼ばれた初老の男は肩を竦めると、黒のハットを取る。髭と同じ色の立派な白髪が見え、さらにやれやれといった感じで頭をかいていた。

 

「全く、昼食を取る時は連絡しろといつも連絡しろと言っているだろう」


「ごめんね~ついつい忘れちゃうんだよね~」


「お前という奴は……私の忙しさを少しは考えてくれ」


「ごめんね~お父さん~一緒に食べる~?」


「いや、良い。私はもう済ませてきた」


「そっか~残念~」


 溜息交じりに話す男にシロさんは相変わらずマイペースに接していたが、アホ面の清蘭きよらを除き、俺と能登鷹のとたかさんは衝撃に身を固まらせていた。

 大山田おおやまだ白千代しらちよの父親、それが意味するのは大山田グループの(・・・・・・・・)トップ《・・・》ということで。そこまでの有名人ともなれば、時折テレビで見かけることもある。

 大山田グループ会長、その名は大山田おおやまだ黒影くろかげ。彼一代で大山田グループを大企業にのし上げた実力は敏腕を超え、最早剛腕とも言われるくらいだ。まさか目の前にするとは思ってもいなかった。ちなみにジョニーズ事務所の社長とも友達だとかなんとかで、そう言えば何度か事務所に来てたような気がする。


「……して、白千代。この者達は?」


「あぁ~、みーんなボクのお友達だよ~」


「友達……か……」


 鷹の目のような鋭い眼光を向けられる。

 これはお決まりのパターンと言って良いだろう。次に大山田会長が口にするのは「このような者達、お前の友達に相応しくない」とかだ。鋭く目を光らせているのは、言わば俺達を品定めしているのだろう。


「友達……か……」


 同じ言葉を繰り返し、さらに眼光が強くなる大山田会長……っていうか、最早俺しか見てなくないかこれ。割と最初の頃から視線感じてたけど……。

 清蘭や能登鷹さんと大きく違うのは、俺が男だということだ。財産目当てで近づいた不逞の輩だと思われているのかもしれない。あれ? これ俺殺されるんじゃない?


「……キミ……名前は……?」


「は、はい……九頭竜くずりゅう倫人りんとです……」


「九頭竜……倫人か……」


 あ、ちょっとやらかした。倫人だけで良かっただろ。なんで名字もつけてんの。あの鋭い視線に圧倒されて、ついフルネームを言ってしまった俺アホゥー! 清蘭のアホ面以上にアホだろこれ。

 さらに吟味するような大山田会長の視線に刺されつつ、俺は冷や汗をかきながら次の言葉を待つ。「金輪際、娘に近づくなクズが……」とか言われそう、ぴえん……。心の中で予め泣いておいた所で、大山田会長は沈黙を破った。



「キミは……白千代のおっぱいについてどう思うのかね……?」

 


 ……ん?

 ……あれ?

 えっと……なんですかね、今のは? 幻聴ですよね?

 今、俺の耳が百万歩譲って正しかったのなら、大山田会長はシロさんのおっぱいについて尋ねられたんだけど……。

 いやいや、そんな訳ないだろ。こんな厳格そうな人の口からおっぱいなんて単語飛び出すはずがない。しかも、娘のおっぱいについて尋ねるなんて、百万歩どころか一億歩譲ってもあり得ない。倫人、あなた疲れてるのよ……。

 それはそうとして、失礼を承知で尋ね返そう。もう一度何を言ったのか確認しなきゃ。


「申し訳ございません。もう一度、仰って頂いても構いませんか?」


「うむ。キミは、白千代のおっぱいについて、どう思うのかね?」


 うおおぉん……分かりやすく区切って強調して尋ねて来たぞオイ……。

 そして、やっぱり聞き間違いじゃなかった。大山田会長は俺に、愛娘のおっぱいについてどう思うのかを尋ねてきているッ……! え? どういう状況マジでこれ? 


「し、シロさんの……胸についてですか?」


「うむ……白千代のおっぱいについて、だ……」


 どうしてこの人頑なに胸のことをおっぱいって言うの? まぁ、瞳からそこはかとない拘りを感じるからとりあえずそっちに合わせるとするか。

 シロさんのおっぱいについて、か。その答えはもちろん決まっている。


 ──最高だ! 極上だ!! パーフェクトヘヴンだっ!!!


 俺の手には今もなおシロさんの感触が残っている。まるで今も触れているかのようにハッキリと、鮮明に。

 しっかりと人肌の温度を保つ2つのそれは、全く逆らわずに俺の指を受け入れてくれていた。それでいてしっかりとした弾力に揉み応えもあって癖になる。それは日々のアイドル業で培ってきた俺の自制心や理性を軽く吹っ飛ばしてしまうほどの衝撃だった。全身の細胞が雄叫びを上げて、シロさんのおっぱいを求めるようになる……どうしようもない中毒性があった。

 簡単な感想をまとめるとこうだが、これってそもそも俺が揉んだ前提だよな? となると、俺は実の父親の前で「娘さんのおっぱい揉みました。最高でしたぐへへ(要約)」と自白するただの痴漢クズ野郎になるんじゃ……じゃあ駄目だ!

 俺は完全に頭を抱えた。皆の前では顎に手を添えて如何にも知的に考えてはいるが、心の中ではのたうち回っていた。

 この質問のベストアンサーが全く分からない。そもそも"父親に娘のおっぱいについて尋ねられる"なんてシチュ自体が一生に一度あるかないか、ってかないだろそんなの! 一体どう答えたら……。


「九頭竜、倫人君」


「ひっ……!?」


「そろそろ、答えてくれないかね? 私も、暇な身ではないものでね」


 催促されてしまいますます追いこまれる。暇じゃないんだったらこんな返答に困るような質問してんじゃねー!

 ともかく、何か言わなければならない。清蘭と能登鷹さんも注目してるし、何よりも……シロさんの為に、俺が言うべきことは──。

 覚悟を決め、俺は閉じていた瞼を開ける。決意を宿した目で大山田会長の視線と真っ向にぶつかり合いながら、口を開いた。


「シロさんのおっぱいは……間違いなく素敵なおっぱいだと思います」


「ふむ、どうしてかね?」


「大きさ、形共にシロさんのおっぱいは、俺が今まで見て来た誰よりも綺麗で、黄金比のバランスで形成されています。街を歩けば老若男女誰もが目を惹かれてしまう……それ程までのおっぱいだと、僕は断言します。しかも、シロさんのおっぱいは見ているだけで人を癒す力があると俺は確信しています。見た目から想像出来るその柔らかさは、一度揺れを目撃すれば頭の中でシロさんのおっぱいに包み込まれてしまう感覚を想起させます。降り積もったばかりの新雪のように、柔らかく優しさに満ちた感触のシロさんのおっぱいに包み込まれるイメージをすることで、高級羽毛布団なんて比ではないリラクゼーション効果があると思っています。……シロさんのおっぱいは──神に選ばれたおっぱいと言うべきでしょう」


 約30秒間、息継ぎなしで俺はシロさんのおっぱいについて熱弁した。

 清蘭や能登鷹さんはおぉーと感心した様子で拍手をしてくれて、シロさんも少し微笑んでくれていた。しかし、やはり大山田会長の鉄仮面は少しも変わらず、腕を組んだまま考え込んでいるようだった。

 果たしてどうだろうか? シロさんのおっぱいの素晴らしさを語りつつ揉んだこともバレないよう、俺としては完璧なスピーチだったが……。


「……うむ。分かった」


 しばらくして、大山田会長は真一文字を崩す。

 険しく厳かな表情を一切崩さないまま、ゆっくりと瞳を開けると……言った。



「──そんな頭おっぱいまみれのクズ野郎なんぞにィィィィィ、私の大事な愛娘をやれるかァァァァァァァァァァ!!!」



 ええええぇぇええぇええええええっ!? そうなるのぉぉぉおおぉおおおおお!?


 と、俺は叫ぶ間もなく胸倉を掴まれるとそのまま強烈な一本背負いを決められた──。


 ……どうやら、結局「このような者達、お前の友達に相応しくない」パターンだったようだ。おっぱいの話なんだったの?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ