シロさんの告白
シロさんの告白
大山田グループ──日本でその名を知らない者はほぼ皆無と言って良いほど、影響力のありすぎる大企業の名だ。
電化製品、建設業、自動車産業、サービス業、病院経営、流通、各職種に至るまで大山田の名前は通っている。保有資産は国家レベルに匹敵し、第三次世界大戦に備えて核シェルターを含む大規模な地下帝国を首都直下に建設していると噂が出るくらいだ。
そんな一大グループの、しかも社長令嬢である大山田白千代さん──俺がシロさんと呼んでいる彼女から……告白された。
「……本気……なんですか……!?」
清蘭と能登鷹さんの噴き出した水を浴びて雫を顔から垂らしながら、俺は驚きを隠し切れずに彼女に尋ねた。
顔から落ちて行く雫が、果たして水なのか汗なのか。それくらい、今の俺は分かりやすく動揺していた。2人がむせ続ける中、俺はシロさんからの答えを待つ。
「うん~本気だよ~」
しかし、彼女はやはりマイペースな様子で答えを言い放つ。ゆったりとした話し方、ふわふわとしたロングウェーブの髪に身に纏う雰囲気、それらは一切変化することなく。
俺は戸惑いのあまり言葉を詰まらせた。ハワイで出会った時から、シロさんの真意というものがまるで読めない。あの時は俺がシロさんのおっぱ……巨峰を揉んでしまったにも関わらず、全く気にしていなかったし。そして、今回のこれだ。
一体、シロさんは何を考えているんだ? あれほどの大企業の社長令嬢ともなれば、引く手数多に違いない。なのに、俺に告白するなんて……もしかして、俺の素性を知っているのか? 俺が"日本一のアイドル"であるということを。
いや、大山田グループの力を持ってすれば、その情報を掴むくらい訳はない。もしかしたら、いつの間にか俺の日常は監視や盗聴されていたんじゃ……? ひええ怖いよぉ……。
だ、だが待て早まるな。ここで話の展開の仕方を間違えると自爆もあり得る。まだ"ガチ陰キャ"が"日本一のアイドル"だと知らない能登鷹さんにもバレてしまう。ヤバい時こそクールにしなければ。
「……大変嬉しいお言葉なんですが、お断りさせて頂きます」
「どうして~?」
「それは……俺はまだシロさんと知り合って期間が短いですし、それにただの一介の高校生です。シロさんと対等な男ではありませんから」
「ふ~んそっか~。でもボクはそんなの気にしないよ~?」
「では逆にお尋ねしたいんですが、シロさんはどうして俺と付き合いたいんですか?」
そう聞くと、シロさんはふむ……と考え込む。首を傾げるとふわふわの髪が揺れた。
よし、何とかこっちの方向に話を持って来れたぞ。俺の方の理由ばかり述べ続けると、いずれボロが出かねない。その分、あっちの理由を聞くことに徹すれば俺の話になることはまずないだろう。ククク、俺って孔明もびっくりの策士だぜ!
「えっとね~。それは君がボクの胸を揉んだからだよ~」
「……」「……」「……」
「……?」
俺、清蘭、能登鷹さんの呆然とした様子を、シロさんはきょとんとした顔で見つめ首をまた傾げた。今度は角度が深く髪と共に胸も揺れていた。
嵐の前の静けさ、とでも言うべきか。シロさんの斜め上過ぎる理由に、俺達3人は雁首揃えて沈黙していた。そして、油の切れた機械のようにぎこちなく首を動かし、互いに視線を合わせると──
「ああああああああああああああああああ!!」「ぎゃああああああああああああああああ!!」「きゃああああああああああああああああ!!」
同時に、叫んでいた。
「りっ、りりりり倫人ぉぉぉ!!? あ、あ、あんたシロさんのむっ、むむむむ胸を……!?」
「ち、違う! 違わないけど違うんだ! 誤解だ清蘭落ち着け!?」
「く、くくく九頭竜さんがっ、まっまっままままっまさかそ、そそそんな破廉恥なことをっ……!?」
「のっ、能登鷹さんもおちゅちゅけ! それと九頭竜って言わないで倫人で良いから倫人で!!」
「あ、あんたシロさんのおっぱい揉んだくせによくもあたしにカスとか言えたよね!! この女の敵ィッ!! あたしに謝って!!」
「いやだから揉んだのには色々とあって……それにその件とこれは関係ないだろ誰がお前に謝るかこのカス女ァ!!」
「く、九頭竜さんは白千代さんみたいに胸の大きな人が好きなんですね……そうですよね……私なんて……」
「どうしたの能登鷹さん!? 清蘭みたいに怒る所なのになんで落ち込んでるの!? 大丈夫だよ能登鷹さんの最大の魅力は声だから!!」
事態は阿鼻叫喚、大混乱の嵐の中にぶち込まれた。
俺、清蘭、能登鷹さんの3人がパニクる様はまさに地獄絵図。2人は顔を真っ赤にするが、清蘭は烈火の如く怒り、能登鷹さんは何故か落ち込んでいた。片方は弁明しながらも、片方は励ます……そんな器用なこと出来るかァ!!
混乱を極めていき思わず逃げ出したいくらいの状況の中、
「ふふっ……あはははははははっ」
その笑い声が聞こえた瞬間、俺達3人の意識はそちらに奪われた。
「ふふふっ……いや~キミ達面白いね~。楽しそうだよ~」
笑い声を零す張本人、シロさんは俺達に向かってそう言った。
何を考えているのかよく分からないあまり動かない表情が、この時初めて笑みを浮かべていた。彼女の持つ大らかさが存分に表れた柔らかな笑みは、清蘭の元気が爆発した笑顔とも、能登鷹さんの穏やかで優し気な笑顔とも違っていた。
「いや~ごめんね~。まず言っておくと、倫人君は悪くないんだ~」
「そうなんですか!?」
「うん~。倫人君あの時凄く疲れててね~。寝る場所を求めてたら、たまたまそこにボクがいたってだけなんだ~。倫人君がそのまま倒れ込んで~、それでたまたまボクの胸に手が当たっただけなんだ~」
「そ、そうだったんですか……」
「それは分かったんですけど、でもそれがどうして倫人を好きになる理由になるんです?」
「えっとね~。なんか~……倫人君に胸を触られてから……なんかドキドキが止まらなくてね~」
そう言うと、シロさんは左胸の膨らみに自分の手を添える。服の上からだし、ただ手を胸に添えているだけなのに、それだけでそこはかとない艶めかしさが漂い、俺は赤面した。横目で確認すると清蘭と能登鷹さんも同じ顔色だった。
「……うん~早いよ~。太鼓職人が胸の中で凄く頑張り続けてるくらい~」
そういうシロさんの表情は、やはりいつもと同じで何を考えているのか分からない。しかし、胸に手を当てれば彼女が平常心ではない証が分かるのだろうか……ってやめろやめろ!! またそんな邪な考えを浮かべたら理性のブレーキが外れるぞ!!
「え、えっと……俺に胸を揉まれたから、俺のことが好きになったん……ですか?」
「うん~そうだと思う~。だって、今まで男の人に触られたこと自体~なかったから~」
シロさんの答えに俺はハッとする。
さっき、俺はシロさんほどの血筋と財力があれば男に困ることはないと思いこんでいた。だが実際には真逆だったんだ。シロさんのあまりにも巨大なバックボーンは、彼女から人を遠ざけさせていたんだ。
だからこそ男に初めて胸を揉まれたくらいで堕ちるチョロイン、もとい純情な乙女に育ったのかもしれない。……合点が行った。
となれば、俺の答えは1つだ。
「……なるほど、分かりました。では改めて、俺の答えを伝えます」
「うん~」
「……シロさん……俺は……」
「──ここにいたか、白千代」
俺がシロさんに答えを言おうとしたその時。
彼女の傍に近寄って来た初老の男性の低い声が、それを遮った。




