ブルジョワジーランチタイム
「わぁぁ凄い……!」
「ふわぁ~……!」
清蘭と能登鷹さんが同じようにして目を輝かせる。俺も分かりやすく顔には出さないが、内心は驚きでいっぱいだった。
見つめる先には、如何にも高級そうな料理の数々が広がっている。完全予約・会員制のVIPしか食べることの出来ない都内でも有数の高級レストランのものだから、美味いに決まってるが……。見た目からもそれが伝わってくるのは、超一流だからこそ成せる業だろう。
既に圧倒されている俺達に、こんな凄いものを振る舞ってくれた張本人がさらに衝撃的な言葉を放つ。
「どれでも好きなもの食べてね~」
テーブルを挟み向こうの席に座る、シロさんこと大山田白千代さんがそう言うと、2人の目はさらに輝いた。
「どれでもだって音唯瑠!」
「はわわわわ……! わ、私には勿体無いものばかりなのに……!」
「ほ、本当に良いんですか?」
「もちろん~既にシェフには言ってあるよ~どんどん食べてね育ち盛りさん~」
なんという太っ腹。いや、ハワイでシロさんの眩しい身体を見た時は全然お腹出てなくて、引き締まった腰周りが何ともエロかったけれども。
そんな煩悩が頭の中を過り、首を振って必死に俺がかき消す間、とっくに清蘭と能登鷹さんは食べ始めていた。
「うんまー!! 何これ!? こんなの食べたことない!!」
「お、美味しいぃ……! ほっぺが蕩けちゃいますぅ……!」
1口目から感激を隠し切れず、その後も見事な料理の数々に舌鼓を打つばかり。……さっきまで謎の病気で顔を真っ赤にして朧げに謎の言葉を放っていたとは思えないはしゃぎっぷりだ。
というか、よくよく考えれば凄い状況だよなこれ? まず、清蘭と能登鷹さんに向けたホワイトデーのお返しを買いにきただろ。次に悩んでいる最中に2人に出くわすだろ。そしたら謎の病を2人が発症しちゃっただろ。……それから、シロさんと再会しただろ、彼女の深い連峰に包まれる形で。そうしてなんかよく分からんままランチタイムに誘われただろ。
うん、よく分からん。どうしてそうなった? まぁ覚えていることと言えば、シロさんに包まれた時のあの柔らかな……うおおおおッ、鎮まれ俺の中の情熱、小宇宙よッ!! シロさんの感触を思い出すんじゃねえ!! 今ここで理性を失ったら、今度こそ本当に終わるぞ? 清蘭にカスカス言えないくらいのクズに成り下がり、さらには純粋無垢な能登鷹さんにも絶対に軽蔑される。そうなったら社会的な死が訪れるよりも先に自分から死のう……。
「ねえ~?」
「あっ、はいっ!?」
「どうしたの~? 食べないの~? お腹痛いの~?」
「あっ、いやっ、そのっ、いえっ、頂きますっ!!」
気がつけばテーブルの上に身を乗り出して、シロさんが俺の目の前にいた。
会った時からだったけど、シロさんはなんというか距離が近い。物理的な距離が。まぁ胸を揉まれても気にしないくらいだし……ドギマギさせられっぱなしだ。でも、その警戒心の薄さは不安にも思うけれど……。
って、考えるのも程々にして食べないと。これだけの料理を奢って貰っているのに食べないのは失礼だ。とにかく食べるとし──
「なッ、何ィィィィィィッ!!?」
あ、ありのまま今起こったことを話すぜッ!!
考えるのをやめて豪華な食事の数々を堪能しようと思ったら、皿の上には何もなかった。な、何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何が起きたのか分からなかった……。超スピードだとか、そんなチャチなものじゃあ断じてねえッ! もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
いや真面目に何が起きたんだよ? 満漢全席くらいはあったのに、どれもこれも忽然と姿を消したぞ? 一体何が……時間が吹き飛んだのか……!?
「あぁ~美味しかった!」
「す、凄い食べっぷりでしたね清蘭さん」
「本当に~凄いよ清蘭ちゃん~」
「えへへへー! あたし凄いでしょ!」
その時、俺は思い出した。
清蘭に食い尽くされていた恐怖を……空腹の中に囚われていた屈辱を……。
そう、俺はすっかりと失念していた。清蘭が信じられないくらいの大食いで早食いだということを。俺の馬鹿ァ! クリスマスデートの時に死ぬほど清蘭が料理も金も食ったのを忘れたのかァ!!
「まだまだ、い~っぱいあるからおかわりしてね~」
「本当ですか!? よーし、じゃあ今のと同じやつをおかわりで!」
「わ、私はデザートで良いですか……?」
「うん良いよ~。じゃあ、それでお願い~」
シロさんがそう告げると、ウェイター干苦笑いをしつつも頷いていた。オーダーは通ったようだが、この後の在庫のことを案じているのだろう。俺も若干不安になった。
が、これで何とかご飯にありつけそうだ。……けど、今度は料理が着くや否やすぐに俺のものを取っておかないと、暴食大魔神に全てを食い尽くされるに違いない。本当にこの幼馴染はどれだけ七つの大罪を背負えば気が済むんだ。無いのは色欲くらいだろうな。こいつにシロさんみたいな色気は皆無だし。
「倫人君~だっけ~?」
「え? あ、はいそうですっ……」
また考え込んでいる所にシロさん……って近い近い近い! 吐息かかってますから!
「そっか~。君は倫人君って言うんだね~良い名前だねえ~」
「あ、ありがとうございます……?」
なんか妙に納得した様子で頷いてるけど、どうしたんだシロさん? 清蘭も能登鷹さんもそうだけど、女心というのは分からんな……アイドルやってる身だけど。
と、疑問符が頭の上に湧き出て来る中で、シロさんは再び俺の顔をじっと見つめるとまた尋ねて来た。
「倫人君って~恋人はいるの~?」
「え? 恋人ですか? いないですよ」
真っ直ぐ見つめてくる瞳に妙に緊張するが、この質問には迷わず答える。何故かシロさんが尋ねた際に清蘭も能登鷹さんも同時に水を噴き出していた。
そりゃあこの俺、"日本一のアイドル"に恋人なんていたら大スクープなんてもんじゃない。各地で女性ファンによる暴動が起き、日本の終焉が訪れるに違いない。俺は恋人と一緒にゴルゴダの丘を歩かされ、磔刑に処されて死ぬだろう……だから、恋人なんて作れるはずもない。
俺の答えを聞いて、またふむ……と考え込むシロさん。2人はむせながら息を整えていた。
「恋人はいない〜……んだよね?」
「はい、そうですよ」
念入りに俺の答えを確認するシロさん。一体どうしたんだろうか。「じゃあ、ボクと付き合わない〜?」とか言い出すんじゃないだろうな。
いやいやまさか。そのようなことがあろうはずがございません。シロさんよりも遥かに経済力の劣る俺が付き合うだなどと……さっ、正気にお戻りを!
儚い妄想に別れを告げ、清蘭と能登鷹さんが再び水を飲んで落ちついている所で、長考していたシロさんが口を開いた。
「──じゃあ、ボクと付き合わない?」
シロさんがそう言うと、俺は口をあんぐりと開け、2人は再び水を噴き出していたのだった。




