一難去ってまた一難
「清蘭……に……能登鷹さん……」
目の前の2人の超絶美少女の名を口にし、呆然と立ち尽くす俺。
ホワイトデーのお返しに悪戦苦闘している所に、そのお返し相手がしかも2人同時に現れる。これを神の悪戯と言わずして何と言おうか。
頭の中で神への文句が矢継ぎ早に思い浮かびつつある中、そんなことをしている場合ではなくなっていた。
「倫人どしたのー? ひょっとしてお返しどれにするか選んでるなうなのー!?」
「く、九頭竜さんっ。こ、こんな高級な品ばかりが並んでる所で考えていたんですか!?」
あっ、ちょっ……。
「ははーん! よくやったわ倫人、褒めてあげるわ! 年々可愛さに磨きのかかるあたしに相応しいのは、やっぱり高級ブランドのものじゃないと駄目だって気づいたのね!」
「そ、そんな悪いですよ九頭竜さん! 清蘭さんはともかく、私にはこんな高級そうなもの、恐縮過ぎます……!」
ふ、2人ともっ……!
「何言ってんの音唯瑠~あんたも倫人に義理チョコ渡したんでしょ? 3倍返しにはこれぐらいが妥当なんだから、胸を張って受け取りなさいって!」
「で、でも……本当に良いんでしょうか……。私はただの手作りチョコなのに、九頭竜さんのお返しはこんな高級ブランドのものだなんて……九頭竜さんからお返しを貰えるだけで嬉しいのに……」
傲岸不遜で遠慮というものを全く知らない清蘭
温厚篤実で謙虚というものを体現している能登鷹さん
2人の対照っぷりが手に取るように分かる会話に、俺は口をぱくぱくさせていた。この会話に非常にマズい2つのキーワードがあるせいで。
「……おっ、あれって……」
「嘘!? あの子って……能登鷹音唯瑠ちゃん!?」
「その隣にいんのは確か……甘粕清蘭ちゃんだっけ?」
耳に飛び込む2人以外の声。周囲の野次馬達の鳴き声。
大々的に地上波で【第1回UMフラッピングコンテスト】が放送されたこともあり、甘粕清蘭と能登鷹音唯瑠が"一般人"だったというのは既に過去のものとなっていた。
日常生活の中でも"一般人"から認知され、注目されるようにもなる。だからこそ、余計にマズいんだ。あの2つのキーワードは。
「まぁせっかくこうして出くわしたんだし、あたしが選ぶの買ってよ倫人~! たぶん3万円くらいするけど余裕でしょ?」
「わ、私は本当に何でも構いませんから……九頭竜さんが選んで下さったものなら何でも……」
三度、2つのキーワードが俺の耳をピクッとさせる。
"九頭竜"と"倫人"の2つが聞こえる度に、心臓を鷲掴みにされるような心地がする。
俺が先程から危惧していたのはこれらだった。今は"日本一のアイドル"スタイルはOFFで、オーラは完全に消し切っている。とは言え、これだけ名字と名前の両方を連呼されれば、周囲だって否応にも気づく。
……俺が、"|日本一のアイドル"だということに。
早く2人の口を閉じさせなければ──俺の自己防衛本能が脳を高速回転させ、瞬時にしてベストアンサーを引き出す。2人が一番喜ぶであろうお返しの品を目にも止まらぬ速度で手に取ると、その勢いのままレジに直行。金額を暗算で計算しバーコードを読み取るよりも先にピッタリのお金を差し出し、店員さんに代わってラッピングも仕上げる。
店員さんも唖然とする中、俺は足早に2人の元に帰ると買い取ったそれを差し出した。ホワイトデーのお返しはこれにて終了。たぶんこれが一番早いと思います。
「ちょっと話聞いてたのあんた!? あたしが選ぶからそれ買ってって言ったじゃ……あっ、これさっき良いなって思ってたやつだ……」
「こ、これ……私にくれるんですか……!? あ、ありがとうございます……! わぁ……気になってたんですこれ……えへへ。って、欲張っちゃってすみません!」
清蘭も能登鷹さんも喜んでくれて、お返しの品をまじまじと見つめ黙り込んだ。何とか危機は脱したようだ。
しかし本当に危なかった……。振り付けを覚える為に鍛えられた観察眼と瞬間記憶能力がなければ、2人の視線を辿って欲しいものを当てるなんて離れ業は出来なかっただろう。流石は俺だ……。
だが、俺に抜かりはない。危機は脱したと思うかもしれない所でさらにダメ押しだ。
「清蘭、能登鷹さん。俺の為に本当に美味しいチョコを作ってくれてありがとう。でも、俺のお返しはまだまだこんなものじゃないんだ。今から──デートしよう」
「で、デデデデッデートォ!?」「ふえええええええっ!?」
"日本一のアイドル"モードを90%解放し、俺は決め顔で2人をデートに誘った。これには能登鷹さんはもちろん、清蘭も思わず赤面し口をまごつかせる。不意打ちの効果は覿面だ。
「で、デッデッデデデンッデッデッデデデンデートぉぉ!?」
「ほわわわわ……で、デートなんて……わたひ……わたひ……」
……にしては、ちょっと効き過ぎじゃないか? もしかしてアイドルモード90%じゃなくて100%解放しちゃったのか? 今の俺、紛うことなき"日本一のアイドル"しちゃってる?
だとしたらヤバい! さっきの6万2千円パァになるぅ! すぐに0%に戻そ!!
「まぁデートって言っても、ここら辺ブラブラしたりとか、そんな何気ないやつだけど……」
「デッデッデデデンッデッデッデデデン……デッデッデデデンッデッデッデデデン……」
「はわわわわひわわわわふわわわわへわわわわほわわわわわわわわわわわわわわわ……」
えー何でこうなっちゃったのぉー!? 0%、ただの"一般人"モードにしてるのに2人とも全然顔真っ赤だし言動キマっちゃってるよぉー!?
流石に俺も混乱せざるを得なかった。能登鷹さんは元から押しに弱そうなタイプだから仕方ないとして、清蘭までこうなってしまうのは何故だ? 以前のコイツなら「ま、まぁ付き合ってあげてもいいけど? ちゃんとあたしを満足させなさいよね!」くらいのことは言ってのけたはず。
だが、今のこいつはひたすらデンデン言うだけのクルクルパーになってやがる。プレゼントがそんなに良かったのか? にしては顔が赤すぎるし……あ、もしかして風邪か? そう言えば今なんか色々流行ってるみたいだし、もしかすると危険な病の可能性もある。
同じような顔の赤さから能登鷹さんも清蘭と同じものを発症しているのかもしれない。となると、どのみちここに居続けるのはマズい──!
「大丈夫か2人共? 俺について来てくれ!」
「デデンデンデデン……デデンデンデデン……」
「ちゃらら~ちゃ~ちゃ~ちゃらら~」
宇宙人と交信する時みたいな言葉を発し続ける2人の手を引き、俺は移動を開始する。ええい、さっきとは別の意味で注目されてるなクソッ、しかも今のままだと2人のイメージダウンして、これからのデビューが電波系の道しか残されないかもしれない。
そうはさせてたまるか……! 清蘭は清蘭らしい明るさ全開の猪突猛進なアイドルとして、能登鷹さんは王道を往く正当派ボーカリストとしての華々しいデビューが出来るんだ。そんな2人の輝かしい道を、こんな所で終わらせる訳には絶対いかねえ!
待ってろ2人共、俺が必ず病気を治してやる──
「ふんごぉ……」
気合を入れ、2人を助けるべく奔走しようとした俺の足は、同時に口から飛び出た謎の言葉と共に止まった。
何だ……!? 目の前が見えない……真っ暗だ……!?
クソッ……まさか清蘭や能登鷹がかかっている流行り病に俺も感染したか……!? チクショオッ、こんな所で……!
「わぁ~大丈夫~?」
大丈夫じゃねえってこんなの……! 目の前は真っ暗だし、自分の鼓動が大きく聞こえてくる……! あぁ、顔の左右に何か柔かい感触がするような……幻覚までもが発症して来やがった……!
「あれ~? キミこの間の~? ハワイ以来だね~」
な、何言ってやがるんだこの"声"は……!
まるで俺のことを知っているみたいな口振りに、ハワイだと……? ハワイなんてそんなの【アポカリプス】の新曲のPV撮影に行ったくらいだ。
後はシロさんに出会ったくらいで──
「……ん?」
そこで、俺は違和感にようやく気づいた。
真っ暗だと思いこんでいた視界は、よくよく瞬きをすれば肌色が見えて来たこと。
自分のものだと思いこんでいた鼓動は、耳を澄ませば右の方から聞こえてくること。
そして極めつけに……"声"の話し方が、どこかで聞いたような独特なものだったこと。
まさか……と思い、俺は恐る恐る後ずさる。すると、目の前に2つの柔らかい何かが俺の顔が抜けた反動で大きく躍り出す。
それの名前を思わず口にしそうになるも何とか堪え……俺は"声"の主を見つめる
「……シロさん……」
本名ではなく愛称で、だったけど。
彼女の──大山田白千代さんのことを、呼んだ。




