誰だよ3倍返しとか言った奴は。
3月14日土曜日
1ヶ月前のバレンタインデーも企業戦略に踊らされた人々がチョコを送り合うという日になってしまったせいで、ジョニーズ事務所には俺宛てのチョコが約26万個ほど届いていたらしい。そんな数食ったら果たしてどれくらい糖尿病を宣告されるんだろうか。末代も超えて子孫に呪いのように伝わりそうだ。
それはそうとして、本日は"ホワイトデー"だ。バレンタインデーはバレンタイン司教の名前から取ったからよく分かる。スゲー分かる……その人の名前がつけられてるんだからな。だが、"ホワイトデー"ってのは一体何なんだァァァ!!? バレンタインのどこにもホワイトの一文字もねェじゃねーか! 強いて言うなら"イ"ぐらいで、なんでそれだけでお返しをしなきゃならない日ってことになってんだよォォォ!! 舐めやがってチクショーがッッッ!!
「……さて、どれにすっかな……」
心の中ではそうブチ切れつつも、それを一切顔に出すことなく俺は某大手デパートでお返しの品を選んでいた。
ホワイトデーフェアでそれらしい盛り上がりを見せる店内には、俺と同じようにお返しの品に悩んでうる男達でいっぱいだった。若者もおっさんも関係なく、この日は誰もが頭を抱える呪いにかかるらしい。しかし時々女の子も見かけるのは、恐らく友チョコのお返しだろう。にしては、男達と変わらない真剣な様子なのは何故なんだ……?
「しっかし、一体誰なんだよ『ホワイトデーは3倍返し』とか言ったカスは……」
周りの様子も確認しつつ、俺は人知れず悪態をついた。
バレンタインデーはそれはそれで渡す側は頭を悩ませるだろう。友チョコや義理チョコならまだしも、本命のそれにかける気合や労力、そして想いは並々ならぬものに違いないのだから。
だが……ホワイトデーは別の理由で頭、もとい財布を悩ませてくれる。それが"ホワイトデーは3倍返し"理論だ。誰が言ったか、バレンタインデーで何かしら貰った場合、そのお返しは3倍返しでないといけないのだとか。そして、それは量ではなく純粋に金額的な面での話だとか。
何なんだこの呪われたカスみたいな話は。ひょっとして清蘭の先祖が言い出したんじゃないだろうな。いかんいかん、お返しをする相手なのに歯ぎしりが止まらなくなって来た……。
「とりあえず清蘭にはお決まりのクッキーにでもしとくか。それで……能登鷹さんのはどうしようかな?」
毎年口から出る名前と、今年初めて口から出る名前の2つ。
1つはうんざりするくらい、毎年チョコを寄越しては当然のように3倍返しを要求してくる自己中カス幼馴染の甘粕清蘭で。
もう1つは、俺が清蘭以外で初めてチョコを貰った相手、能登鷹音唯瑠だ。
だからこそ、俺は例年以上にお返しについて悩んでしまっている訳だが。清蘭は俺がどれだけ拒否しようとも3倍返し目当てのチョコを押しつけてくるだけ。で、お返しについてもあいつの気にいるものでないとノーカンという徹頭徹尾カスが極まったようなものだが、流石に長年幼馴染をやっているとあいつの好みも分かってくる。
なので、とりあえずヤマを張って3~4種類ほど買えば1つは当たる。だが……今回は能登鷹さんからも貰ってしまっている。2月14日の放課後、清蘭がウザいくらいのドヤ顔しながらチョコを手渡して。しかしその後に能登鷹さんまでもが顔を真っ赤にしながら手渡してくれたのだ。
何故彼女がチョコをくれたのかは分からない。俺は彼女を勇気づけたに過ぎないのに……っていうかコンテスト期間中なのによく準備してくれたなぁとさえ思う。清蘭のカス手抜きクソ義理チョコに比べ、能登鷹さんのチョコは本当に気持ちが籠もっていて、本当に美味しかった。同じ義理チョコでも誠心誠意作るとあぁも味が異なるんだなと、俺は17回目のバレンタインデーにして知った。
それはそうとして、その能登鷹さんの温情に報いるためにも、俺は気合を入れたお返しを考えている……。しかしそれ故に、今年のハードルが高いんだ。
「だって……清蘭のお返しのクオリティも上げないと絶対アイツ駄々こねまくるだろうし……」
理由が愚痴となって口から漏れた。
能登鷹さんにはかなり質の高いお返しを送りたい。が、能登鷹さんのお返しだけがハイクオリティだと清蘭は絶対に不平不満の嵐を俺に浴びせるはずだ。あいつが癇癪を起こした時というのは"革命の灯火"での時や直近のパスポート強奪からも分かるようにかなり厄介。かと言って、能登鷹さんへのお返しの質を下げる訳にもいかない……まさに"前門の虎、後門の狼"だ。
よって俺が選んだのは苦肉の策、"お返しの質を落とさない"だった。ハァ……なんて散財だ。いつもなら1万円以内で済むのに、今年は余裕で5万円を超えそうだ。
「まぁ、俺はまだマシな方か……4傑の奴らなんて……」
秀麗樹学園のほぼ全女子生徒からチョコを貰っていた4傑──荒井大我、優木尊、武原太郎、雲間東の4人は、一体どんな風にお返しをするのだろうか。1人当たり100円のチョコを貰っていたとしても、ゾッとするような金額に達するぞ……しかも3倍返しなら尚更だ。こういう時に俺は"ガチ陰キャ"の恩恵を感じずにはいられなかった。
それを思うと5万円くらい訳ないのかもしれない。よし、選ぶモチベが上がって来たぞ……!
「お返しさ~何か欲しいものあんの?」
「私は……特にはないです」
「え~ないの!?」
「はい。受け取ってくれただけで……本当に嬉しかったですから」
選んでいると、女子高生2人組と思われる会話が棚を挟んで向こうから聞こえて来た。たぶん共に送り合って、共にお返しをし合う関係性なのだろう。実に微笑ましい。しかも、受け取ってくれただけで良いだなんて、なんて良い子なんだろう……清蘭からは未来永劫そんな言葉は出ないだろうな。
「ふーん。変わってるね~音唯瑠」
「そうですか? ところで、清蘭さんはお返しして欲しいものはあるんですか?」
おっといけない。お返しの品探しに集中しないとな。棚の向こうに清蘭と能登鷹さんの会話に耳を欹ててる場合じゃ……場合じゃ……?
「清蘭に能登鷹さんっ!!?」
思わず声を上ずらせ、しかもその名を叫んでしまった俺は咄嗟に口を塞ぐ。が、周囲の人達全員が注目するくらいの声量だったため、当然それは向こうの2人にも聞こえていて。
「あーーっ!! 倫人じゃん!!」
「九頭竜さん……!?」
女子高生達は──清蘭と能登鷹さんは俺を見つけるや否や、自分らしいリアクションで驚いていたのだった。




