その名は"大山田白千代"
「えっ……ええっ……!?」
普段は"日本一のアイドル"として堂々足る姿を人々に魅せつける九頭竜倫人も、この時ばかりは年相応の情けない姿を晒していた。
だって、屈強な黒服の男達に囲まれただけでなく。
彼ら、誰も彼もが銃を構えているんですもの。ここがハワイだってことを今更ながらに思い出しましたよ。
「お前白千代お嬢様に何をしていたんだ!?」
「答えろォォォ不届き物がァーッ!!」
「What’you wanaa do now!?」
あわわわわわと困惑するしかない俺に矢継ぎ早に迫る男達。英語が聞こえて来た後によく分からない言語でも怒鳴られたし、わお国際派。
もちろん、今すぐにでも土下座して謝りたい。弁明したい。俺は何もしておりません。本当に……っていや前科もうあるじゃん。眠ってたシロさんの見事な巨峰を揉んでたじゃねーか!
しかもさっきに至っては欲望に負けて俺は超えてはならない一線を超える所だった。それを思うと止めてくれたSP的な皆さんには寧ろありがとうございますと感謝しなければならないかもしれない。
それはそうとして、もうこれは社会的に死ぬ……どころかガチにマジに命の危機だ。銃殺もやむなしみたいな所あるし……どうしよう俺ぇ!? どうすれば良いのぉ!?
そこで問題だ! シロさんのおっぱいを揉んだ現行犯の俺がこの局面をどう切り抜けるか──3択、ひとつだけ選びなさい。
①ハンサムの九頭竜倫人は突如画期的なアイデアが閃く。
②【アポカリプス】の仲間が来て助けてくれる。
③弁明出来ない。現実は非情である。
俺としては②を選びたい……。しかし、【アポカリプス】の皆は絶賛お楽しみ中。
この屈強な男達とすらも1人で戦えそうなイアラはハワイの日差しの下で肌を焼いていそう。
元々精神的に一番子どもっぽいShinGenははしゃぎ倒していそう。
頭脳派でこの場を切り抜ける弁明が思いつきそうな鬼優も、ハメを外す時は外して楽しむし。
圧倒的演技力で騙し果せてくれそうな東雲は砂の城とか作って楽しんでいそうだ。
要するに②は期待出来ない。疲れた俺を気遣って様子を見に来ないだろうし、あぁもう仲間想いなお前ら大好きだチクショー!!
となれば、ここは①しかない。そうだ。俺は出来る。閃くんだ。俺はハンサムどころか超絶ハンサムガイな九頭竜倫人、数々の困難も苦難も乗り越えて"日本一のアイドル"にまで上り詰めたんだ。
確かに俺史上最大の危機ではあるがそれがどうした……常に己の限界を超えてこそ、俺は''日本一のアイドル''だ!
「っ……!?」
俺の放つ雰囲気の変化を感じ取り、男達がたじろぐ。
それまで怯えていたヤワな少年ではなく、"日本一のアイドル"として本気を出した俺の迫力に男達は圧倒され、ゆっくりと立ち上がる俺をただ無言で見つめることしか出来ずにいた。
ククク……良いぞ。俺も自分らしさを発揮したことで落ち着きを取り戻せた。後はじっくりと睨みを利かせながら妙案を考えつけば──
「Charge!!」
「ごぼえっ!!?」
俺は甘かった。
睨みを利かせたのは良いが、自分が囲まれていたことをすっかり失念していた。
そのせいで背後からとてつもない威力のタックルを喰らってしまったのだった。
「確保しマシタ!」
「今だァ!!」
「締め上げろ!!」
「Holly shit fackin’men!!」
「いだだだだだだだだだだだァ!!」
──③
答え③
答 え ③
現実は非情である。
シロさんから引き離されるやすぐに俺は身体を押さえこまれた。
万力のような力の男達がそれぞれ四肢を締め上げ、もげそうなくらいに痛い。我慢出来ずに悲鳴を上げてしまう。
「いだだだだだっごごごめんなさい!! 本っ当にごめんなさいぃぃぃぃ!!」
「黙れ!! 今更謝った所で許されんぞ!!」
「この御方をどなたと心得ての蛮行だ!!」
「このまま締め上げて閻魔様の元に送ったらァァァ!!」
「アナタノバンコーバンシ二アタイシマース!! Go to hell!!」
「ぎゃああぁああぁあああぁああぁあああーーーーっっっっ!!!!」
骨を砕かれるんじゃないかという激痛に俺はさらに悲鳴を上げた。
あぁ……走馬灯が見えて来た……。生まれた時……物心ついた時から隣にいた清蘭……小学校に上がって勝気すぎる余り男子とも喧嘩する清蘭……そんなアイツに振り回されて泣き虫だった俺……懐かしいなぁ……。
子どもの頃の、主に清蘭に振り回されまくっていた思い出が頭を過りながら、俺は17年間の短い生涯を終えた……。
「ハイ~皆そこまで~」
「「「「はっ!」」」」
「……え?」
と思っていたら、急に手足の拘束が解かれた。い、一体何が……?
「もう~駄目だよ皆~一般の人にこんな手荒なことしちゃ~」
「「「「申し訳ございません!!」」」」
涙目の俺が目撃したのは、ちょっとムスッとした表情を見せるシロさんと、そんな彼女にまさに平身低頭といった感じに土下座をする黒服達だった。
た、助かった……。本当にあの世の入り口が見えかけてた所だった。
「ごめんねえ~大丈夫~?」
シロさんは心配の表情をしながら、俺にそう声をかけてくれた。マジで女神様じゃないか……! というか、シロさんが慈悲深すぎて本当に自分のクズっぷりが嫌になってくる……。
金輪際、自分の欲望に負けてたまるか。そんな決意を新たにしながら、俺は彼女に大丈夫だと伝えた。するとシロさんは「良かった~」と胸を撫で下ろしていた。その動きに合わせて彼女の双丘が揺れる。早速決意がグラついた。
「シロさんが謝ることないですって。元はと言えば俺が……」
「やはり白千代お嬢様に何かしたのか!?」
「ひいっ!!」
「ハイ、ちょっと黙っててね~」
「申し訳ございません!」
「ごめんねえ~。ボディガードの皆、ちょっとせっかちな子が多くてねえ~」
す、凄い……。
こんな屈強なガチムチ男達も、シロさんにかかればまるで従順な犬のようだ。
ちょこちょこさっきから気になってはいたけど……。
「あの、シロさん」
「何~?」
「ボディガード……の方達なんですよね?」
「うん、そうだよぉ~」
「ひょっとして……お金持ちなんですか?」
「うん~それなりに~」
シロさんの答えは少し要領を得ないものだったが、やはり予想通りのものだった。ボディガードを雇えるとなると、それなりどころかかなりのお金持ちでなければならない。アイドルとして人気になりすぎた時に、興味本位でボディガードを雇うとどれくらいのお金がかかるかを調べたことがある。その際は1時間につき最低でも3000円であり、さらに今回のように銃も携帯しなければならないほどの警護レベルならば、1時間で2万円は優に超えるだろう。
そんなレベルのボディガードを4人雇うとなると、それなりのお金持ち程度では無理だ。一体、シロさんは何者なんだ……!?
「白千代様、そろそろ……お時間です」
「あれ~? もうそんな時間~? 仕方ないなぁ~」
シロさんは少し残念そうに言うと、おもむろに谷間に手を突っ込んだ。ちょっとさっきから目に毒すぎませんかねシロさんんんんん!?
俺もボディガードも赤面して目を反らす中、「ん~どこだろ~」と何かを探すシロさん。少しして「あ、あったぁ~」と声を弾ませてお目当てのものを見つけたらしい。恐らく胸も弾んでいるだろう。邪な考えしか出来ん俺のクズゥー!!
「はい、これ~」
「えっ……?」
自己嫌悪していた所で、視界に1枚の紙のようなものが飛び込む。色白なシロさんの手が持つそれに、俺は目をぱちぱちとさせた。
「ボクの名刺だよ~。こうして出会えたことだし~受け取って~」
「は、はい……ありがとうございます」
「じゃあ~またね~」
彼女は手を振ると口元を緩ませた。
どこまでもどこまでもマイペースを貫きゆったりとした話し方だったシロさんの、最後の笑顔を見届けながら俺は彼女と別れた。
あまりにも衝撃的な出会い。手に残るシロさんの感触が……離れない。
「って駄目だ駄目だ! この感覚を忘れないと俺はどうにかなっちまうぞ……!」
首をブンブンと振り必死に忘れようとした俺。
それとは別に、シロさんにはちゃんと謝らなければならないだろう。衝撃すぎる一言を放ったにしろ、俺がしたのは男として最低の行為だ。きちんとけじめはつけなければ。
そこで、さっきシロさんが手渡してくれた1枚の紙のことを思い出す。連絡先……なんてことは決してないと思うが、恐らく名刺かもしれない。
「そう言えばボディガードの人から"白千代様"って呼ばれてたな……一体どんな──」
俺の目論見通り、シロさんが渡してくれたのは名刺だった。
しかし、その内容に俺は言葉を失わざるを得なかった。
株式会社 大山田グループ
社長令嬢 大山田白千代
そう書かれてあったのだから。




