今度こそ社会的に死ぬかもしれない。
男というのは、どこまでも愚かな生き物だ。と、齢17歳にしてこの俺九頭竜倫人は悟りを得た。
まず第一に、男はおっぱいが大好きなのである。その証拠に、俺は見ず知らずの女性……シロさんという見目麗しき女性の胸を、現在進行形で両手で触ってしまっている。
常識的、社会通念的に考えて、恋人でもない女性の胸を同意もなく触るという行為は間違いなく痴漢、まっくろくろすけだと言わざるを得ない。この地球上で今俺は、確実に最低な部類の男であるに違いない。
しかし……それだけならまだマシだったのかもしれない。その理由は、今しがたシロさんが口にした何気ない言葉に、俺は雷を直撃で受けたような衝撃に襲われていたからだ。
『というか、あんまり気にしなくて良いよ~。触りたかったら、いくらでも触って~』
そう言われた俺は、頭の中で常識とかモラルとかそういった何かが崩壊していく音がした。
アイドル、しかも"日本一のアイドル"を職業としている俺だからこそ、よく分かるんだ。見ず知らずの人間から向けられる感情に関しては。
もちろんファンが向けてくれる感情の多くは、純粋に応援したいという気持ちなどで真っ直ぐに受け止めることが出来る。……だけど、中には受け止めがたい欲望にまみれたヘドロのような汚い感情もある。知り合いでさえもそういった感情は嫌気が差すのに、全く関わったことのない人間からそんな感情を向けられると吐き気しかしない。
さらに、今俺がしてしまっているのは感情を向けるだけでなく、実際に行動にしてしまっているのだ。気持ちが"やってはいけないライン"を超えてしまい、相手の迷惑も考慮せずに自分の欲望に従う、それは俺はカスだと吐き捨てるに値する愚劣なことだった。
……なのに、シロさんのあの言葉は、俺の固定観念とも言えるその考えを、根底から覆した。
「え……えぇ……!?」
「どうしたの~? そんなにびっくりした顔して~?」
「じ、自分が今何を言ったのか……分かってるんですか……?」
「うん~。触りたいなら触って良いよ、って言ったんだよ~?」
彼女は……シロさんは俺の理解を超えていた。
一体どのように育てられたら、赤の他人の男に胸を揉まれてもこんなことを言えるのだろうか。拒否、拒絶、恐怖、そういった感情を抱くはずなんじゃないのか……!?
彼女への疑問が深まる一方、俺はある異変を即座に感じ取りそちらに意識を向ける。
これが俺が男の愚かさを悟った瞬間だった。シロさんにあのように言って貰えたことで、俺の指はほんの僅かに動いた。許可を貰った瞬間に、欲望が指先に集約していたんだ。
指先に届くシロさんの温もり、柔らかな感触。そのさらに奥深く、深淵を堪能しようと俺の指先は本当に僅かずつ、だが確実に力を込めつつあった。
「──って、いい加減にしろォッ!!」
欲望に身を任せ、獣と化すその直前。俺はすんでの所で踏みとどまった。自分に言い聞かせる言葉は叫びとなって口から飛び出て、身体もようやく言うことを聞いてくれた。射出されるように彼女から飛び退くことに成功する。
やったぜ! 俺は……俺は男の本能に勝ったんだ!! 流石は"日本一のアイドル"、自制心の勝利だ!! 高らかに笑い声をあげる……はずだったが。
「……」
「大丈夫~?」
シロさんから心配の声がかろうじて聞こえて来た。
彼女から離れたは良いものの、俺は頭から砂浜に落ちてしまい、上半身がすっぽりと埋まっていた。な、なんてことだ……こんな醜態を晒すなんて……!
「今~助けるからね~」
あぁ……慈悲深さすらも感じるくらい優しいなシロさんは……。というか、清蘭とは別のベクトルだけどシロさんも中々マイペースな性格をしてるんだな。
「よいしょ~よいしょ~」
語尾が伸びるような話し方もそうだし、この引っ張ってくれてる時の掛け声とかもそうだし、何よりもさっきの発言もそうだし……。ある意味清蘭よりもマイペースかもしれない。いや……あいつもハワイに連れて行かなかったくらいで俺のパスポートを強奪して逃走するくらいだからやっぱりどっこいどっこいかもしれない。しかし人に迷惑をかけるぶん、あいつはやっぱりカスだ。
「よいしょ~……ふぅ、抜けないや~」
と、清蘭への憎悪が再び募っていた所で、シロさんのそんな声が聞こえて来た。どうやらかなり深くまで突き刺さっているらしい。
ついでに言うとこのまま埋まりっぱなしだと息が出来ないので非常にマズい事態ではある。アイドルの仕事で鍛えた肺活量のおかげであと2~3分は持つけど……。
「もっと力入れるね~よいしょお~」
「……っ!?」
しかし俺の計算は甘かった。
気合を入れ直したらしいシロさんの声が聞こえた直後、どうやら彼女は引っ張り上げる為に俺により密着していた。
──なお、遠慮なく彼女の自慢の双丘が、俺の足に押し付けられた状態で。
「よいしょお~よいしょお~」
あばばばばばば!! よいしょお~っぱいが!! シロさんの引っ張る動きに合わせて俺の足にむにゅむにゅと押し付けられるるるる!!
男の本能に買ったはずの俺だったが、再び土俵際に追いこまれる。まるでハワイの海の波のように押し寄せてくるシロさんのビッグウェーブに、俺の理性はゴリゴリと削られていく。
や、やめろ……シロさん……っ! これ以上はもうっ……!!
「よいしょお~、あと少し……よいっしょお~!」
彼女の気合の入った声が聞こえるとその直後に俺の身体は砂からの脱出を果たす。
「げほっ……げほっ……!」
砂塵に咳き込んでしまうが、何とか窒息死は免れた。それに、足に押し寄せていたシロさんの2つの温もりもなくなり、俺の欲棒ゲージも臨界点を超える寸前で止まっていた。
「ありがとうございます」と感謝を伝えるべく。呼吸が整った所で彼女の姿を探す。砂塵が晴れていき、シロさんの姿が見えて来た。
──ムニュッ──
と、同時に、右手に感じる柔らかな何か。
「はあっ……」
一難去ってまた一難、そしてシロさんの甘い声。
勢い良く助け出された俺は、そのままシロさんに覆い被さるようにして倒れ込んでしまい……再び、彼女の胸を揉んでしまっていたのだった。
「──」
もう、我慢出来なかった。
己の内に生まれた衝動のままに、俺は動こうとしていた。シロさんの蒸気した顔、漏れ出る甘い吐息、そして……右手に触れている極上の触感。
若さゆえの過ちを、俺は犯そうとしていた。
「白千代お嬢様!!」
「……えっ?」
が、罪を犯そうとした直前に、謎の声によって俺は引き止められる。
神が遣わした天使か。
あるいは魔王が差し向けた悪魔か。
ハワイの常夏の日差しの中にも関わらず、黒いスーツ姿のグラサンをした男達が俺と、シロさんもとい、白千代さんを囲んでいた。
……第三者から見れば、今の俺と白千代さんの状況は──完全にOUTだった。




