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私の気持ち、私の決意。


 私は能登鷹のとたか音唯瑠ねいる、17歳。


 少し変わった名前は、お母さんとお父さんが一緒に考えてくれたって聞いた。1人1人がそれぞれ違う"唯"一の"音"を奏でるように、自分だけの人生を堂々と誇らしく生きて欲しい。そんな意味や願いを込めて、とお母さんにいつの日か聞かされたことがあった。最後の"瑠"は2人の好きな瑠璃色から取っていて、そこだけ好きな色で決めてごめんねってお母さんが笑いながら謝っていたけれど、私も瑠璃色が好きだから全く嫌じゃなかった。寧ろ、嬉しかったくらいだった。

 お母さんの笑顔を、私はよく覚えている。でも、お父さんの笑顔は……写真の中でしか見たことがない。お父さんは私の物心がつく前に交通事故で亡くなってしまったから。

 お母さんは、ずっとずっと泣いていたらしい。本当にぼんやりとだけど、お父さんのお墓の前で黒い服を着たお母さんが泣き続けていたのを覚えている。

 お父さんが亡くなって、生きる気力も失いかけたってお母さんに言われたこともあった。だけど、私を守らなきゃ、そうして仕事と育児の両立をお母さんは決意した。

 朝に仕事に出かけて、夕方に帰ってくる。その間私はずっと1人だった。幼い上に、今よりもさらに気弱だった私は、心細くてお母さんのいない時間は泣きじゃくっていた。そんなお母さんがくれたのが……とある1枚のCDだった。

 賑やかな童謡のメドレーが詰まったそのCDが、私と"歌"の出会いだった。もうずっとずっと、私はそのCDを再生して気を紛らせていた。最初は、それだけだったんだけど……。


『おかーさーん、ねいるおうたうたうよー!』 


 毎日毎日、同じものを聞き続けていれば意識せずとも覚えられる。私はある日、仕事から帰って来たお母さんにおかえりではなくそんな一言を発した。

 舌足らずで、まだまだ拙いものだったのだろう。音程も合っておらず、リズム感もバラバラだったのかもしれない。

 でも、私は幼いなりに真剣に、そして……"歌うのが好き"だという想いのままに、歌い切った。聞いていたお母さんは、最初はぽかんとしていたけども……その内瞳から涙が溢れ出していた。


『音唯瑠……ありがとう……ごめんね……!』


 そう言って、優しく抱き締めてくれた。泣きながら、お母さんは笑ってくれていた。幼心にそのことはしっかりと覚えている。私も、本当に嬉しかったから。

 それから、私は色んな歌を聞くようになり、覚えてはお母さんに披露していった。歌うのが好き、お母さんに聞いて貰えることが好き、想いはどんどんと加速していった。幼稚園の歌の時間でも、小学校の音楽の時間でも、私は本当に楽しそうに歌っている写真がたくさん残った。

 

『音唯瑠、ボイストレーニングの教室に通ってみない?』


『ボイストレーニング……?』


『うん。前々から思ってたけど、音唯瑠は歌うのが本当に上手だなって思うの。だから、今の内から本格的に習っておけば将来はプロの歌手にもなれるんじゃないかなーって』


『プロの……歌手……』


 中学生になったある日、母にそう言われたことで私の人生は大きな転機を迎える。

 歌うのは好きだし、聞いて貰えるのも好き。でも、プロの歌手になろうなんて意識は全くなかった私にとって、母の提案は予想だにしないものだった。


『……うん。分かった。私、やってみるね。お母さん』


 ちょっとだけ考えて、私は首を縦に振った。

 今も十分なくらい歌うのが好きだった。でも、教室に通うことでもっともっと歌うのが好きになれるかもしれない。私はそんな期待を抱いて、ボイストレーニング教室に通い始めた。


 ……だけど、待っていたのは真逆(・・)のもの。

 工藤くどう園子そのこさんと下水流しもずる蘆花ろかさんと出会ったことで、私は歌うのが辛くなった。嫌いにもなりかけた。誰かに聞いて欲しいと思うことも、無くなってしまった。

 "あの日"に起きたことはお母さんには言わなかった。ただ、その日以降お母さんの前で歌声を聞かせることも少なくなったので、少し怪しまれたかもしれない。

 やっぱりお母さんには言った方が良かったのかな……そんな後悔を抱きながら、高校は自宅から最寄りの秀麗樹しゅうれいじゅ学園を選んだ。人前で歌うことが出来なくなり、かと言って別の何かで芸能界を目指すこともない私は"一般人"として周囲から見下されていた。特段、何かを言われる訳じゃないけど積極的に話しかけてくれる人もいなくて、孤立化していった。

 そんな私のささやかな趣味は、誰もいない場所で鼻歌を歌うことだった。冬場の屋上は寒いからか特に誰もいない期間が長く、よく利用していた。


 "一般人"として、このまま3年間を終える……そう思っていた2年生のあるの日。



『すっ、すみませんっ! ぼぼっぼぼ僕は決して怪しい者じゃないんです!』



 たった1人、私が歌い私が聞くだけだった世界に、あなたはやって来た。

 私と同じ"一般人"だった、九頭竜くずりゅう倫人りんとさん。

 私しかいないはずの屋上のステージに、うっかりとも言える雰囲気であなたは現れた。

 あの時はテンパってしまったけれど、私の尊敬する人だった九頭竜さん。

 そんな人に、私は初めて(・・・)を奪われてしまった。


 この屋上で。私しかいないこのステージで。

 一番歌いたい歌を、一番聞いて欲しい人に聞いて貰う。

 それを、九頭竜さんは奪った……。決して叶いもしない夢だったかもしれなかったけど、私はショックだった。

 ──でも、今にして思えば。あなたがあの時あの場所で、歌を聞いてくれて本当に良かった。

 あなたに出会えて、本当に良かった。

 あの時私が奏でていた鼻歌だけのメロディは……私が想像も出来ないような場所で、【第1回UMフラッ(輝かしい)ピングコンテスト(ステージ)】で……ちゃんとした"歌"になって歌えたんだ。 

 それだけじゃない。私が失っていた、なくしてしまった歌うのが好きだって気持ちも……思い出させてくれた。

 本当に、九頭竜さんは色んなものをくれた。

 私にとって大事なことを思い出させてくれた。

 

 本当に……ありがとう。


 感謝の想い以外に、あなたに抱く別の想い(・・・・)がある。


 あなたのことを思い浮かべる度に、胸の奥で心臓が高らかに歌うんだ。


 それは……まだ言葉にして伝えることは難しいかな。


 それでも、いつか必ず。


 私はこの想いを──あなたに「好きです」ってちゃんと、伝えるよ。


 あなたの隣に立てるような、凄い歌手になって。






「……あ、もしもし。ちょっと募集要項を見てお話があるのですが……」


 【第1回UMフラッピングコンテスト】で優勝してから1週間、様々な大手事務所から勧誘のお話を貰っていた私だけれども、遂にどこにするかを決めた。

 すぐにメジャーデビュー出来る所もあった。鳴り物入りで活躍間違いなしと言った所もあった。

 ……だけど、私はもう心に決めている。

 誰かの声で自分を決めるんじゃない。

 私は、私の声で、意志で、想いで、決断で……自分のことを決める。

 籠はもうないんだ。

 羽ばたく鳥のように、私も……自分の声で進んで行くんだ。



「はい──881(ヤバイ)プロさん。名前は……能登鷹音唯瑠です」



 力強く。瞳を輝かせて。


 私は電話先の相手に、そう告げた。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] えぇ…。
[一言] うそ?! まだ、やばいが続くんですか!?
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