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嫉妬の結末


「マジでさー……あり得なくない?」


「今だってまだ信じられないんだけどー……」


「なんで……あたし達が二次落ちで……あのゴミが優勝なんだよッ!」


 ドゴォン、と机を蹴り倒す音が教室に響く。

 驚く者はいない。そこにいるのは2人の少女だけだ。しかし、2人が思い浮かべる人物は同じ。

 あのゴミとまで吐き捨てるほど見下していた存在──能登鷹のとたか音唯瑠ねいるだ。


「なんで……なんでなんでなんでなんだよォォォクソがよォオオォオオッ!!」


「マジでどうなってんの耳バグってんだろうがあいつらーァアアァアアッ!!」


 少女達は激昂を机に思う存分にぶつける。蹴るだけでなく机の脚を掴み、振り回して周囲の机も薙ぎ倒す。仕舞いにはぶん投げるなどもしていた。

 奇声を上げ、誰かに見られることも構わず暴れ続ける2人の少女。その正体は……過去に音唯瑠に"不正をした"というありもしない罪を押しつけ、彼女に消えない傷をつけた工藤くどう園子そのこ下水流しもずる蘆花ろかであった。


「ハァ……ハァ……」


「ゼェ……ゼェ……」


 我を忘れ暴れまくった2人はようやく酸素を取り込むことを思い出す。八つ当たりに使われた椅子や机は無惨に教室の至る所に横たわっていた。

 

「クソッ……ゴミが……ゴミがゴミがあの女ァ……!」


 落ち着いたと思うも、それでも音唯瑠への呪詛は止まらない。

 【第1回UMフラッピングコンテスト】で優勝を果たした音唯瑠は、瞬く間に話題の人となった。それはこの秀麗樹しゅうれいじゅ学園はもちろんのこと、テレビ中継されていたことやSNSもあり、全国的な有名人となった。

 "天使の歌声"、"神に愛された歌声"、"一度聞いたら忘れられない歌声"……プロも素人も関係なく、音唯瑠の歌声は絶賛された。そうなれば当然各大手事務所も黙ってはおらず、音唯瑠には連日学校を通してスカウトが訪れ、熱烈なオファーが舞いこんでいる。

 クラスの中でも地味で目立たず、図書委員でただの"一般人"だった音唯瑠は金の卵そのものだった。それまで誰にも話しかけられなかったのに、優勝した翌日から彼女の周囲に人は絶えなくなった。昼休みには屋上でちょっとしたコンサートを開けばたちまちに満員。その様子がまたSNSで拡散されては話題になり、さらに音唯瑠への注目度が上がる。

 そうして、音唯瑠は秀麗樹しゅうれいじゅ学園の頂点に躍り出た。甘粕(あまかす)清蘭きよら、4傑と同じようにこの学園の生徒の羨望の的となったのである。


「クソがッ……暗くて地味なクソ陰キャの癖によォ…!」


「クソアマがァ……調子に乗りやがってェ……!」


 しかし、音唯瑠の成功を工藤と下水流は喜べなかった。

 彼女達にとって音唯瑠は"あの時"のままだ。弱気で何も言い返せず、自分達の"おもちゃ"であったか弱い少女。……言うなれば、籠の中の鳥だった。

 だったら──もう一度閉じ込めてやれば良い。引きずり降ろしてやれば良い。苛立っていた2人の頭に、またも共通の感情が走る。


「……もう1回(・・・・)……やってやるか……」  


「そうだね……3年前のあの時(・・・・・・・)みたいに……」


 最近全く笑うことのなかった2人は、この時ようやく笑みを浮かべた。

 嫉妬に狂い、他者を蹴落とすべく何でもしてやろうという、醜悪な笑みを。


「じゃあ今回はどうするー? また不正したってことにするー?」


「いや、今回は【ユニバース・ミュージック】が開催元だ。不正したって事実をでっちあげるには分が悪すぎる……」


「あーそれもそっかー。それじゃどうするぅー?」


「そうだね……じゃあ"売春"とか"二股"とか、ゴシップ系で良くない?」


「あっははは! それいーねー! 今度はパパに頼まなくても情報消されるかもねー!」


「いや、あたしらの言葉(タレコミ)よりもネットのニュースサイトに載せる方が確実だ。協力して貰いな」


「りょーかーい! 3年前はあいつが優勝したってことをパパがハッキングして消してくれたけど、ニュースサイトとかでもいけるのかなー?」


「凄腕のハッカーなんでしょ、蘆花のウリ相手(・・・・)。イケるってイケるって。まぁ次会う時はサービス良くしときな」


「はいはーい! そうと決まれば早速実行ーっと!」


 普通の恋バナをする女子高生のように、明るく賑やかに話す2人。が、その内容は闇に満ちていた。

 音唯瑠を蹴落とす、その為の行動に移るべく下水流が携帯を手にした──瞬間、2人しかいなかった教室の扉が開いた。


「「っ……!?」」


 放課後、部活に励む生徒がほとんどの秀麗樹しゅうれいじゅ学園でこんな端の端の教室に来る者はいない。自分達以外には。

 が、その秘密基地とも言える場所に、本日は侵入者が訪れたのである。


「どうも、こんにちはお2人とも」


 それは予想だにもしていない人物だった。

 夕陽を浴びて輝く金髪に紳士的な笑みを浮かべた優雅な佇まいの()に、工藤も下水流も目を奪われる。


 4傑の1人──優木ゆうきみことに。


「ゆっ、ゆゆゆ優木君っ……!?」


「ど、どうしてここが分かっ……いやこんな所に!?」


「いえ、ちょっとした散歩ですよ。ところで、教室が大変荒れていらっしゃいますが……どうしたのですか?」


「あっ、いやっ、これはその……あ、アクション! アクションシーンの練習なんだー!」


「ほう? 確か工藤さんと下水流さんは声楽部の所属だったのでは?」


「え、えっとフラコンに出てみて分かったんだよ! あたし達歌向いてないし、アクションメインの女優目指してみるのもありかなーって! あはははは!」


 下水流のとっさの言い訳に乗り、工藤も状況を釈明する。暴れていただなどと知られたら幻滅されるのは間違いないので、ここはもう嘘を貫くしかなかった。

 「ふむ……なるほど」と顎に手を添えて考え込む尊。2人はその様子を緊張の面持ちで見つめる。次に端正な口から何が飛び出すのか、鬼が出るか蛇が出るか……息を呑んで待った。



「だ、そうですよ──九頭竜君・・・・



 鬼でも蛇でもなく。

 尊の口から飛び出たのは、彼よりも予想だにしていなかった人物の名前だった。


「……あぁ、分かったよ」


 驚きのあまり思考停止する2人の前に、尊の後ろから今呼ばれた名前の男が現れる。

 この学園でのワーストワン、九頭竜くずりゅう倫人りんと──しかしその姿は普段の"ガチ陰キャ"ではなく、清蘭との決戦の時に見せたような4傑にも優るとも劣らない2枚目のものとなっていた。


「九頭竜……っ!?」


「どうしててめえがここに!?」


「途端に口が悪いな……ったく、てめえら本当にカスだよ」


「あぁ!?」「んだと!?」


「まぁまぁ、落ち着きましょう。今回、九頭竜君はお2人にお・・をしに来たのですから」


 間に尊が割って入ることで一触即発のムードを宥められると、先に口を開いたのは倫人の方だった。


「やっぱり、てめえらだったんだな。3年前に能登鷹さんを蹴落としたのは」


「はぁ?」


「何それ。言ってること意味不過ぎるんだけどー?」


「しらばっくれてんじゃねえよ。俺は全部知ってんだよ」


「あんた如きが? 何を?」


「変な言いがかりしないでくれるー? 被害妄想乙ー」


 2人は余裕の表情で倫人を煽る。対し、倫人は抑え切れぬ憤怒を顔に宿し、2人を睨みつけていたままだったが……「そこまで言うなら、証拠を聞かせてやるよ」と言うと懐から携帯を取り出した。


「証拠だァ?」


「なにー? ここであたし達を脅迫して無理やり言わせるつもりー? きゃあああやめてー犯されるぅー!」


 それでも、依然として倫人を挑発する2人。

 倫人の言葉に動じては、それが事実であることを裏付けてしまうようなもの。故に、断固として動じてなるものかと心の中では腹を決めていた……が。



『……もう1回(・・・・)……やってやるか……』


『そうだね……3年前のあの時(・・・・・・・)みたいに……』



 ()()()()()()には、驚きの声を上げずにはいられなかった。


「なん……で……!?」


「ど、どうなってるの……!? なんであんたの携帯からあたし達の声が……!?」


「この教室には超高性能小型マイクが至る所にセットしてある。プロのコンサートでも使われるものだ。それが拾う音の全てを俺の携帯にBluetoothで接続して録音した。てめえらが醜く暴れる様子も、きたねえ話をしてる声も、全部な」


『そうだね……じゃあ"売春"とか"二股"とか、ゴシップ系で良くない?』


『あっははは! それいーねー! 今度はパパに頼まなくても情報消されるかもねー!』


 倫人の言葉を裏付けるように携帯から再生され続ける音声に、2人の顔から血の気が引いていく。

 まだ音唯瑠を蹴落とす話までならマシだった。しかし携帯は実に無情に、()()()()()までも再生してしまう。それを聞いた倫人が「……ホントにカスだな、反吐が出る」と軽蔑の目線を向けるまでに。


「わっ、渡せそれを!!」


「おっと、落ち着いて下さい」


 工藤が倫人から奪取しようとするも、それを再び割って入る形で尊が防ぐ。流石に彼に乱暴な真似は出来ないからか、工藤は歯を食いしばると引き下がる。

 この場に尊がいる限り、暴力的な手段を用いる訳にはいかない。となると、倫人と同じ土俵で……"話"によって解決せざるを得なくなっていた。


「……九頭竜、何が望みなんだてめえ……?」


「そ、そーだよ! あたし達に何かして欲しい訳?」


「決まってんだろ。能登鷹さんに謝ってこい。土下座で。能登鷹さんが許してくれるまで何度も何度も、泣いてでも謝りやがれ。そして、二度と彼女に関わるな。じゃねえと、この音声を学園中に広める」


「学園中にっ……!?」


「あ、あんな奴に……土下座しないといけないっての!?」


「屈辱か? 知るかそんなこと。てめえらは能登鷹さんの未来を消しかけたんだ。それだけじゃねえ。歌うことが大好きだった彼女に、"自分が歌えば誰かを不幸にしてしまう"とまで思わせたんだ。ちっぽけな自尊心とクソみてえな嫉妬に狂ったてめえらのせいで、能登鷹さんは……羽ばたけないまま自分を殺す所だったんだ」


「う……」「うぅ……」


「……分かってんのか? それがどれだけ辛いことか苦しいことか。分からねえよな? 歌うことにも本気になれず、誰かの足を引っ張ることしか考えてねえカスの中のカスみてえなてめえらが、分かる訳ねえよなぁ? ……てめえら、今後一生誰かを感動させることなんざ出来ねえよ。この学園の生徒の風上にも置けねえよ。恥を知れ──カス共が」


 倫人の殺気とも言えるような鬼気迫る顔に圧倒され、2人は腰が抜けてしまう。

 最早言い合う気力すらも失い、ガタガタと震える2人を見下ろしながら、倫人は言い放つ。


「"能ある鷹は爪を隠す"とは言うが……能登鷹音唯瑠という少女はもう隠さなくても良くなったんだ。彼女は……もう羽ばたいたんだからな。それを二度と邪魔するんじゃねえぞ、絶対に」

 

 最後にそう言って釘を刺すと、恐ろしさを覚えるくらい冷たい瞳を変えることなく、倫人は尊を連れて教室を後にしたのだった。



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