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能登鷹音唯瑠──【羽ばたく】


 2月28日、日曜日。

 翌月に卒業式など節目を迎えるイベントがあり、人々にとっては過ぎ去るのが早かった2月の最後の日に、ほぼ無人の日本武道館(・・・・・・・・・・)は異様な盛り上がり(・・・・・・・・・)を見せる。


「さぁ、幾人もの素晴らしい歌声が披露されてきた【第1回UMフラッピングコンテスト】もいよいよ佳境、残すはあと1人になりました! 各審査員が厳しく目を光らせる中、栄冠を掴むのは誰になるのでしょうか!」


 六角形のステージの中央で司会者が問いかけるように叫ぶ。その様子は全国放送でしっかりと中継されている。しかも生で。

 しかし主役は可哀想ながら彼ではなく、このコンテストに参加し、勝ち上がり、この最終オーディションの舞台まで残った参加者の皆だ。それはこの司会者も、パフォーマンスを見極める審査員も、テレビで見守る視聴者も分かっている。

 そして……この俺も。


「では、早速最後の1人の歌声を披露して……頂くその前に! 今回のコンテストで特別審査員を務めている【アポカリプス】の九頭竜くずりゅう倫人りんとさんにコメントを頂きましょう!」


 おっと、コメントの時間か。

 とは言え当然何も考えていない訳ではない。さっきCM中にしっかりとコメントをするということは前もって確認済みだからな。


「はい。今回アイドルとしては異例の審査員というお仕事を頂き、全うすることが出来るかどうか不安もありました。しかしながら、この最終オーディションの舞台でも堂々と、そして自分らしく歌う皆さんの姿に俺も勇気づけられました。この舞台に残った皆さん1人1人に敬意を払いつつ、同時に……"日本一のアイドル"として真剣に歌声を評価しようと思います。……たとえ、どれだけ厳しい評価になったとしても、それは今の自分の立ち位置だと皆さんには思って頂ければと思います」


 俺のコメントと、表情を一切崩さない気迫に司会者も他の審査員も圧倒されたような顔となる。

 ククク……【ユニバース・ミュージック】の皆さんよ。俺は単なる客寄せパンダじゃねえぞ。俺は九頭竜倫人だ、仕事は最後までしっかりとやらせてもらうぜ。 

 

「あ、ありがとうございます……。では改めまして、今回のコンテスト、その最後の歌声を披露する方に登場して頂きます!」


 司会者がそう言った直後、照明は落とされ武道館は闇に包まれる。この演出は最終オーディションに残った参加者10人全員に共通するものだが……。

 俺からしてみれば、彼女(・・)の為にあるようなものだとさえ思えた。

 

「エントリーナンバー102番、能登鷹のとたか音唯瑠ねいるさんです! どうぞ!」


 カッとスポットライトがステージの中央を照らす。

 司会者がいなくなり、いつの間にか無人となった中央ステージには"穴"が開いていた。そこに僅かな機械の駆動音がすると、徐々に下から彼女の姿が見えてくる。

 ──能登鷹さんの姿に、俺は息を呑んだ。

 佇む彼女を包むのは、純白の白いワンピースのみ。スポットライトの中にいる能登鷹さんは、周囲を飲みこむ闇に負けない光となっていた。

 服とコントラストになる大和撫子然とした黒髪は真っ直ぐに下ろされ、顔には"いつもの"彼女足る証だった赤縁眼鏡もない。

 ありのままの、本来の能登鷹音唯留。その姿がそこにはあった。


「……エントリーナンバー102番、能登鷹音唯瑠です」


 既に歌を披露した9人同様、能登鷹さんの自己紹介が始まった。


「今回のコンテストに参加して……私は色んな人達の歌声を聞いてきました。そして……"歌う"ということの素晴らしさを改めて知ることが出来ました」


 今回のコンテストに参加して思ったこと、それを述べるのも他の9人と同様のものだった。まぁ……ごく1人の馬鹿(甘粕清蘭)は感想にもならないものだったけど。


「人の数だけ、歌もそれぞれ違った良さが出て来ます。人の数だけ歌にも個性があります。そして……何の為に歌うのか、その理由も人それぞれで違ってきます」


 清蘭のことはともかく忘れて、能登鷹さんの話に集中する。声色が変わったからだ。


「歌う理由、それでも私は他の皆さんが凄いなぁと感じました。自分の歌声で人々を感動させたい、日本レコードタイトルを取りたい、プロになってミリオンセラーを連発したい……"日本一のアイドル"になりたい、最終オーディションに残った皆さんは、誰もが高いモチベーションを持って、それを裏付けるような歌声を披露していました。……そんな皆さんに比べたら、私の理由はちっぽけなものかもしれません」


 マズい。この舞台でも能登鷹さんは後ろ向きに──なんて、今はもう微塵も思わなかった。

 だって、その次に続く言葉を……俺は分かっているから(・・・・・・・・・・)


「でも……それでも良いんです。私が歌い始めたのも、今こうしてここにいるのも……ずっとずっと、変わらないたった1つの理由があるからです。私は……──歌うのが大好きだっていう理由が、あるからです」


 その時、真剣な表情で話していた能登鷹さんの口元が初めて緩んだ。

 歌うのが大好き。それが全面に表れた笑顔を彼女は見せていた。


「誰にどう言われようとも思われようとも、それが私の……能登鷹音唯瑠の原点です。それを忘れずに、この場で歌いたい思います。それでは聞いて下さい……──【羽ばたく】」


 そう言って深々とお辞儀をする能登鷹さん。

 最後に口にしたのは、今から歌う歌の名前だろう。これまでに聞いたことのない曲名だが、オリジナルの曲を歌うのは珍しくはない。清蘭(のアホみたいな歌詞)の歌に加え、先に歌を披露した者はいた。


 しかし……能登鷹音唯瑠は、歌の名前の通りに──ここから【羽ばたく】ことになる。



「あなたを見たのに 何も出来ずにいた」


 お辞儀から顔を上げた彼女は、身に纏っていた雰囲気を一変させていた。

 静寂の暗闇の中に響くその歌声は、他に何も音楽を伴っていない──声のみの歌(アカペラ)だった。


「あなたを見たのに どこにも飛べずにいた」


 能登鷹さんらしい、清々しい綺麗な声が武道館を駆け抜ける。

 

「あなたの姿は光そのもの でも私はずっと鳥籠の中で」


 能登鷹さんらしい、芯があって身体の奥底に響き渡るような声が武道館を満たす。


「ごめんね 変われなくて 何も出来なくて そんな私にあなたは言ってくれた 『思い出してごらん 君にも翼があるから』って」


 歌う彼女の顔は真剣そのもの。

 だが……歌声を聞いて分かる。伝わってくる。

 歌うことが大好きだということと、今この瞬間が凄く幸せだということを。

 そしてそれは……次の瞬間に最大になる。  


「ありがとう あなたのおかげで飛んで行ける ありがとう どこまでも飛んで行ける」


 聞いた瞬間、鳥肌が立たずにはいられなかった。

 ありがとう、単純なその5文字の言葉は能登鷹さんのどこまでも伸びていく歌声で武道館を震わせる。そして、俺の心も。


「ありがとう あなたのおかげで私は変われた ありがとう あなたのおかげで私は……」


 キーが上がり、かなりの高音になるも依然能登鷹さんの声はブレない。ビブラートで意図的に震わせることはあっても、疲労などでブレることはないその歌声は天晴と言う他になかった。

 スポットライトで照らされる彼女以外は、誰もが暗闇に包まれている。だが、そんな中でも皆の顔は容易に想像出来る。

 他の誰も、この俺も……能登鷹音唯瑠の奏でる歌に、瞳を輝かせていた。





「──羽ばたけたよ」





 最後にその言葉で、彼女の歌は締めくくられた。


 

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