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第1回UMフラッピングコンテスト~1次オーディション(能登鷹音唯留の場合)~


 清蘭きよらの勇姿を見届けた俺は、本命である能登鷹のとたかさん探しを再開していた。


「だけど……これだけ広いと能登鷹さんを探すのも一苦労だな……」


 ふと苦労を口から零してしまい、おっと危ないと俺は気を引き締め直す。今の俺は身バレ防止対策を講じているとは言え九頭竜倫人(日本一のアイドル)そのもの。声だけで俺だと分かる人もいるだろう。

 各オーディション会場の第会議室は各階にそれぞれ10室ずつある。それが10階に渡ってあるので、10×10で合計100室に上る。既に2階分、20室を回って見たが彼女の姿はなかった。

 こうなってくると手当たり次第にいくしかない。先ほどから左右は扉、扉、時々大会議室と書かれた部屋名(の下にオーディション〇〇会場という紙が貼られた)ばかりが続いて、同じ景色を見すぎて辟易もしている。

 それに、能登鷹さんのオーディションが既に終わっていないかどうかも願わないとならない。まさに"人事を尽くして天命を待つ"という訳だ。


「あぁ、何だか自分のパフォーマンスの時よりも緊張してきた……なんというか、我が子の受験を応援するお母さんとかってこんな気持ちなんだろうな……」


「きゃっ!?」


「うおっ!?」


 世の受験期のお母さんの心労に共感していたら誰かとぶつかってしまった。いつの間にか早歩きしてしまっていたせいで、俺も相手も尻もちをついてしまう。

くっ、"日本一のアイドル"に尻もちをつかせるなんてやるじゃないか。それはそうとしてごめんなさいを伝えるべく、俺はすぐに相手の様子を伺った──


「えっ……」


 意外や意外、神は粋な人物を寄越したものだ。

 俺がぶつかってしまった相手は……まさかの能登鷹さんその人だった。


「いたた……す、すみません……」


「能登鷹さん……」


「えっ? どうして私の名前……って──」


 瞬間、俺は能登鷹さんの顔が驚きに染まったことで悟った。自分がヘマしてしまったことに。

 ヘマその一、うっかり能登鷹さんの名前を呟いてしまったこと。

 ヘマその二、そもそも前をあまり確認せずに歩いてしまっていたこと。

 ヘマその三、身バレ防止アイテムが全部外れてしまったこと……これに関しては神様酷いんじゃないかと思う。

 要するに──非常にマズい!! そう思った俺はすぐに能登鷹さんの口を手で塞いだ。


「んー!? んんーっ!?」


「し、静かに! 次に君が言おうとしたのは『ぴゃぁああぁあぁぁあああああっっ!!? くっ、くくく九頭竜倫人しゃああああああっぁぁぁあぁあんっ!!?』だろ?」


 コクコクと頷く怯える能登鷹さん、めっちゃ可愛い。

 それはそうとして彼女の叫びをすんでの所で塞いだ俺は、そのまま人気のない所に連れ込もうと思いつくと、人目を気にしつつ移動を開始した。

 ……いや、人聞きは悪いけど別にナニもしないからな!





「ご、ごめん……苦しくなかった?」


「はぁ……は、はいっ。大丈夫ですっ……」


 たまたま空いていた無人の部屋があったので、何とかそこに連れ込んだ。 

 しかし、本当に運が良かった。もしもあの場を誰かに目撃されていたら俺のアイドル生命は終わっていたに違いない。だって1人の女の子の口を塞ぎながらどこかに連れ去ろうとしてるんだもの。ゴシップ狙いの記者大喜びの大スクープだよ。


「く、九頭竜さんはどうしてここに……?」


「それはその……仕事です。今回のコンテストの最終オーディションで俺は審査員を務めますから」


「でも今日は一次審査ですよ?」


「も、もしかしたら金の卵がいるかもしれないので……」


「なるほど……流石は九頭竜さんですね。お仕事に熱心なんですね」


 良かったー! ギリギリごまかせたー! 能登鷹さんが疑う心を一切持たない素直な良い子で助かったーっ!!

 心の中で両手でガッツポーズをしつつ、しかしやはり表情は完璧な平静(スーパークールガイ)を保ったまま彼女に問いかける。


「能登鷹さん。あなたの番は終わったのですか?」


 単刀直入にそう聞くと、能登鷹さんはハッとしたような顔になった。

 まさか……もう終わってしまったのか……? 緊張の時間が流れ、思わず生唾を飲みこみそうになる。駄目だ駄目だ、今の俺は日本一(アルティメット)完璧な平静(スーパークールガイ)を顔面に貼り付けねば。


「あ、あの……」


「はい」


「私の番は……」


「はい」


「…………まだ、です」


 いよっしゃああぁああぁああああああ神様ありがとうーーーーーーっっ!!

 順番ばっかりは如何に"日本一のアイドル"である俺であろうと弄れない、(そっち)の分野の話だからな。本当に能登鷹さんの出番が終わっていたら全ての終わりだったが……。


 ──終わってなきゃこっちのモンだ。気ィ遣ってくれてありがとよ神。


 内心でほくそ笑んだ俺は、改めて意識を能登鷹さんに向ける。

 彼女の顔にはただひたすら"不安"の2文字が貼り付けられていた。過去で何かあって以来、人の前で正式に、しかも競い合いながら歌う……それに怖気づかない訳がない。

 そう。ここからは……神の仕事なんかじゃない。お前は遥か高くから下界の人々を精々見守るくらいだろうが……。

 見てくれた皆を魅了して、笑顔にする。

 こんな風に自分も輝けるんだって、気づかせる。

 それがこの俺、九頭竜倫人(日本一のアイドル)の仕事だ。


「そうですか。まだ、だったんですね。では、ちょうど良かったです」


「え……?」


「あなたに伝えたいことがあったんですよ」


「わ、私に……?」


 すっかりと委縮してしまった彼女に伝えたいことがある。

 言わなければならないことがある。


 能登鷹音唯留が輝く為に……いや──羽ばたく為に。


 

「何の為に自分が歌うのか、それを常に忘れないで欲しい」



 端的に、まず俺は結論を言った。

 これだけで彼女の不安が晴れることはない。だからこそ"実感"に至るまでのか細い糸を……今から繋いでいく。


「君の自信を奪うものが何なのか、それは俺には分からない。ただ……こういうオーディションで不安に思うことがあるのなら、まず最初にすべきは自分の原点を思い出すべきだ」


「私の……原点……」


「そうだ。このコンテストに参加しようと思ったきっかけとか、そういうのじゃない。もっともっと根本的な、君自身が歌いたい(・・・・・・・・)と思った始まりの部分(・・・・・・・・・・)のことだ」


「私が……歌いたいと思った始まり……」


 俺の言葉の一部を選びとって繰り返す能登鷹さん。

 頭の中では目まぐるしく彼女の記憶が呼び起こされていることだろう。それを彼女の探るような表情が物語っている。

 時間にして僅か数秒の出来事、その間俺はじっと彼女の顔の変化を見つめていた。瞳の揺らぎ、顔の僅かな動き、そこから能登鷹さんの心の中でどれだけの"ブレ"が生じていたのかを推し量る。

 もしも。次に能登鷹さんの瞳に、光が宿ったのなら。

 その時はもう、心配はいらない。


「……私……は……」


 能登鷹さんの口が動く。瞳にはまだ光は宿っていない。


「あんまり……覚えていないんですけど……本当に小さい頃から……私は歌を歌っていました……」


「……」


「物心ついた時からお父さんはいなくて……代わりにお母さんが育児も仕事もしてくれてて……家では一人の時間が多かったんです……そんな私の為に……お母さんが退屈しないように、色んな曲が入ったCDを買っていてくれたんです……それを聞いて、私は寂しさを紛らわせていました……」


「……」


「それで、私の日々には"歌"が溢れました……。覚えた歌を歌ったりもしました。歌い過ぎて……時々怒られもしました……。でも……それでも……私は歌うのをやめなかったんです……」


「どうしてですか?」


「……だって……私は……私は……」


 瞳に光が見えた。

 光は彼女の瞳から溢れ、頬を伝って一筋の道を作る。



「私は……歌うのが……好きだったんです……」



 大粒の光──涙と共に零れたのは、とても単純な原点(始まり)だった。

 神に選ばれた歌声を持つ少女、能登鷹のとたか音唯留ねいる

 歌そのものに愛されていたとしか思えなかった彼女は、そもそも彼女自身も歌うのを愛していた。


「歌っている時が幸せでした……寂しさを忘れられて……お母さんが聞いてくれている時も一緒に歌ってくれる時はもっと幸せで……だから好きだったんです……歌うことそのものが……私は大好きなんです……!」


 声色が強くなり、涙の量はますます増える。清蘭きよら並に整った可愛い顔は、くしゃくしゃになってしまっていた。

 でも……これでもう、心配はいらなくなった。

 さっきは"好きだった(・・・・・)"と言っていたけれど、直前の彼女の言葉は"大好きなんです(・・・・・・・)"になっていた。好きだったという気持ちを思い出すだけでなく、その想いはさらにその先へ向かったんだ。


「……それで、良いんだよ、能登鷹さん」


 泣いて彼女を、俺はそっと抱き締めた。

 腕の中で小刻みに震えながら、すすり泣く声がする。

 ここから俺の言葉は届いていないかもしれない。俺が話すことは独りよがりのものになるかもしれない。それでも……構わない。

 今はただ、自分の中に生まれてきた気持ちを、思い出せた原点()を抱いていてくれ。


「このコンテストに応募する以上、色んな想いを持ってる人達がいる。中には日本一の歌手になりたいと思っている人もいるかもしれない……。でも、能登鷹さんの抱くその想いも、決して負けていたりなんかしない。いや、勝ち負けなんて気にしなくても良いんだ。能登鷹さん、改めて伝えるよ。何の為に自分が歌うのか、それを常に忘れないで欲しい──歌うのが、大好きだって想いを」



 その後、能登鷹さんは俺の腕の中で泣き続けた。




 泣いている彼女の声は、まるで歌っているように聞こえた。





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