第1回UMフラッピングコンテスト~1次オーディション(甘粕清蘭の場合)~
「あれー? 今日倫ちゃんはー?」
【アポカリプス】専用の練習スタジオにて、ふとした疑問をメンバーの1人であるShinGenが呟く。
「あァ~そう言えば確かにまだ来てねえな。東雲なんか知ってっか?」
彼と同じようにストレッチを入念に行いながら、その話題をイアラも繋ぐ。
「いや、俺も特には……」
バトンを受け取った東雲も、しかし答えには至らせることは出来なかった。
【アポカリプス】の練習はいつも朝の10時に始まる。普段は学生として暮らす彼らにとって、土日というのは練習に費やせる貴重な時間となるのだ。
その為、メンバーは9時半頃を境に集まり、ストレッチなどのウォーミングアップを行ってから練習に取り組むのだが……。現在9時55分、この時刻になっても話題の人物──九頭竜倫人が来ていないのは珍しかった。
どうしたのだろうか、ひょっとして事故かもしくはファンに突撃されて逃げ回っているのだろうか……そんな考えが頭を過る。倫人に関しては後者の方が可能性が高いと皆は考えた。【アポカリプス】のメンバー全員に経験があるからこそだ。
「倫人君なら、"大事な用"があるとかで今日の練習は不参加ですよ」
「何ッッ!?」「へぇ~」「そうなのか」
しかし、その場にいた全員の予想を裏切る答えを、ここまで会話に参加していなかった金髪のイケメン──鬼優が口にしていた。
「どォいうことだ鬼優ッッ!! 倫人が休みってよォ! ってか何でてめェが知ってやがんだッ!!?」
「今朝方倫人君から電話を貰ったんですよ。よほど大事な用で加えて性急なものだったらしく、それだけ僕に伝えると電話が切れました」
「チクショオッ!! あいつこんな大事な時期に何やってくれてんだァァァ!! もう来月末には新曲の発表だぞコラァァァァァァ!!」
「まーまーイーちゃん落ち着きなってー」
「そうだぞイアラ。倫人なら1回休んだとしても遅れを取り戻してくれるだろう」
「あ、言い忘れてましたが電話を切る直前に新曲のパートや振りつけ、フォーメーションなどは全部覚えた……とも言っていました」
「何ィッ!!?」
「流石に倫人だな。逆に今日の練習で俺達も追いこみをかけていかないと」
「だねー! 頑張っていこーっ!!」
「ッッッ……倫人ォォォォそれとこれとは別だからなァァァァァァ!!!」
倫人の凄さを改めて認識しつつ、しかしぐぬぬと顔を歪ませたイアラの叫びがスタジオ内に響き渡る。そんな彼の様子を、ShinGen、東雲、鬼優は微笑ましく見つめた。
【アポカリプス】メンバーの誰も知らない九頭竜倫人の行方は──しかし、割と近くにいたのだった。
「……いよいよ、だな」
首が痛くなるような高さのビルを見上げて呟く。
都内で、しかも芸能関係の仕事に就いている者でこれを知らない者はいない。【ユニバース・ミュージック】……日本のレコード会社の中でも3本の指に入る大手の、しかも本社ビルなのだから。悠々と天高く伸びるビルのその高さは、それだけ日本でヒットソングを生み出して来た証でもある。
ここで今日、"第1回UMフラッピングコンテスト"が開催される。UMとは【ユニバース・ミュージック】の頭文字、そしてフラッピングは……どういう意味だったかな。忘れちまった。
ともかく、いよいよ始まるんだ。能登鷹さんの未来が切り拓かれるかもしれない、運命の時が。あ、あとついでに清蘭もか。
「何はともあれ、まずは現場入りだ」
能登鷹さんとついでの清蘭とその他大勢がいるビルの中へと俺も入る。が、もちろん俺が俺だとバレるとコンテストどころではないので、しっかりと黒のニット帽に黒のサングラス、そして黒のマスクと身バレ対策は万全にして。
「こんにちは。中に入らせて頂きたいのですが……」
「うあぁああぁああぁ!! 不審者あぁああぁあああぁ!!」
「違いますって! 俺です、九頭竜倫人です! ほらマスクとサングラス取りますから!」
「うあぁああぁああぁ!! 九頭竜倫人さんだあぁああぁあああぁ!!」
「シーっ! 声が大きいですって! とにかく、これで通って良いですよね!?」
「うあぁああぁああぁ!! どうぞあぁああぁあああぁ!!」
人気者、しかも日本一のアイドルとなると毎回こうだ。やれやれだぜ……。
裏口の警備員さんとひと悶着しつつ、ビルの中に入れた俺はそのまま通路を進みエレベーターに乗る。ここでも身バレ防止アイテムは外せないので、同乗した社員と思わしき人から白い目で見られました、ハイ。
しばらくいたたまれない気持ちを味わいつつ、目的の階である26階に着いたので降りる。コンテストの1週目では本社ビルの20階から30階までを貸し切り、各階にある大会議室を利用して数多の応募者を一斉に絞る形式となっている。
話によると今回の応募者数は約2万6千人とかなりの数だ。となると、1次オーディションと言えども1人あたりにかける時間はさほど長くはない、1分とかその程度だろう。その中で審査員の琴線を震わす歌声を披露しなければならない。
「……頑張れ、能登鷹さん……」
俺は再び能登鷹さんの為に願った。
能登鷹さんが人前で、しかも誰かと競いながら歌うというのは久々のはずだ。昨日はつい舞い上がってしまったけれど、能登鷹さんにとってはかなり分の悪い勝負になる。限られた時間の内にベストパフォーマンスを披露しなければならない、果たして能登鷹さんは心の準備が出来るのだろうか……。
「エントリーナンバー666番、工藤園子です!」
「エントリーナンバー18782番、下水流蘆花です~!」
通りかかるオーディション会場とされる大会議室からは続々と応募者の声が聞こえてくる。若い男女が大半だが、どちらかと言えば女性の方が多い印象だ。
「エントリーナンバー881番、甘粕清蘭だよ~っ!」
しかし、そんなことに構ってはいられない。今俺の頭は能登鷹さんのことでいっぱ──
「ダニィ!?」
などど、そのようなことがあろうはずがございませんでした。突如耳に飛び込んで来た聞き覚えのありすぎる威勢の良い女の声に、俺は即Uターンをする。
声の聞こえて来た大会議室に猛ダッシュすると、逆に扉は静かに開けた。すると目に飛び込んで来たものは……
「あ、はい……よろしくお願いします、甘粕清蘭さん」
「オッケー! よろしくぅ~~~~!!」
清蘭あぁああぁああああぁあああっっ!!
フランク過ぎて審査員の方をドン引きさせる我が幼馴染ィィィィ!!
「では、早速歌の方をお願いします。制限時間は30秒から1分以内です」
「分かった! 任せといてねー!」
オイオイオイオイ。死んだわアイツ。
こういうオーディションなどは第一印象が大事だ。清蘭は元気印がらしさと言えばらしさだが、それが今は裏目に出ている感が審査員の顔が伺える。「あ、記念受験しに来た馬鹿だ」としか思われてないぞあの顔は。審査員だけじゃなく、他の応募者も同じ顔だ。かくいう俺も。
んっんーとかしばらく喉の調子を確認すると、清蘭は自信満々のまま口を開いた。俺も半ば諦めの表情で、あいつの最後の勇姿を見つめる。
「あたし 絶対なるんだっ! 誰にも負けないいっちばんにーっ!」
耳を穿つ、元気で勢いのある声。
それが飛び込んで来た瞬間、俺は目を見開いた。
「このまま終わりなんて そんなの絶対あり得ないし! 負けっぱなしはつまんないじゃん 悔し過ぎるじゃん!」
アカペラで始まったその曲と呼べるかどうかも怪しい言葉の羅列は、間違いなく清蘭本人が考えたと思われるものだった。とは言え歌詞はともかく、清蘭の声は"通る"ものだった。
自己中心的で承認欲求の塊のような性格を表した、清蘭らしさの溢れる声。しかし……昔カラオケに行った時のようなものではなかった。
「何も目指さない 何もならない そんな人生じゃ嫌じゃない? どこまでだっていけるよ! 夢持ってレッツゴー!!」
清蘭は上手くなっている。しかも格段に。
ブレることのない正確な音程、語尾も尻すぼみになることなく気持ち良く伸び、そこにビブラートやこぶしなどの技術も混ぜ合わせている。
そこに、清蘭が本来持っている明るさや元気が加わり、完全に確立することに成功していた。
これが──"甘粕清蘭の歌声"であると。
「あたし 絶対なるんだっ! 誰にも負けないいっちばんにーっ!!」
見事に最後まで歌い切り、その直後にピピーっと1分を告げるアラームが鳴る。
全力を尽くしたのか、はぁはぁと息を切らす清蘭。しばらくの間、水を打ったような静寂に大会議室が包まれる……が。
「ブラボーッ!! おぉ、ブラボーーーーっっっ!!」
審査員がそう叫ぶと、大会議室は拍手と歓声に包まれ、スタンディングオベーションで清蘭は喝采を浴びていた。きょとんとしていたが、清蘭はにひひと笑うとピースサインをし、「ありがとー皆ーーーっ!!」と手を振って歓声に応えていたのだった。
「……全く、あれが初めてオーディション受けた奴かよ……」
気がつけば笑みを浮かべていた俺は、そうとだけ呟くと清蘭のいた大会議室を後にした。




