能登鷹音唯瑠再調査大作戦③
「能登鷹さんの情報は……ある者によって消された……!?」
優木の言ってることを要約し、自分の中に落としこんでもなお、俺の顔は驚きに満ちていた。
能登鷹音唯留──彼女のことを調べても調べても、一向に何の情報も出て来なかった真相が……まさか第三者によるものだったなんて。
「どう……いうことなんだ……優木……」
「僕には何も答えられません」
「なんでだよ……! 何か知ってるんだろ優木! 教えてくれよ!」
「……僕自身知っているのは、能登鷹さんの情報がネット上から消されたということだけです。ですから、落ち着いて下さい」
金色の瞳と視線がぶつかり合う。
その瞳に嘘は一切ない。優木の真剣な眼差しとまるで火花を散らすように俺も一切目を離さなかったからこそ分かった。
代わりに離したのは両手。気がつけば、興奮してしまった俺は優木の胸倉を掴んでいたようだ。それを気にする素振りはないまま、服の乱れを直した優木は再びあの柔和な笑みに戻る。
「まぁ、僕の方でも色々と調べておきますよ。あなたの方でも何か成果があることを願っていますよ……倫人君」
「!」
その時、うっかり俺は"ガチ陰キャ"であったことを忘れていた。皮肉にもそれを優木は俺の呼び方を変えることで教えてくれたのだった。
ばつを悪そうにしつつ、俺……いや僕は優木君の部屋からそそくさと飛び出していった。部屋を出るその瞬間まで、優木君の顔はいつもの柔和な笑みのままだった。
「……」
4傑の私室がある特別棟から歩いて自分の教室に向かいつつ、僕は黙って考えていた。
内容はもちろん能登鷹さんのこと。優木君にほぼ自分のことがバレかけているのもその内対策しないといけないだろうけど……今はそんなことよりも、彼女のことで頭がいっぱいだ。
「……一体誰が……やったんだ……」
言葉自体は疑問のそれ。しかし、声色に表れるのは猛火が如く燃え上がる憤怒。
優木君からの情報が正しければ、能登鷹さんはやはり不世出の天才児だったんだ。類まれない歌声を、何らかの形で誰かに聞かせることもあったんだ。
その上で……その事実を何者かによって消された。事実も記録も、無かったことにされたんだ。
「……ふざけやがって……カスがっ……!」
僕──いや俺は、抑えきれない怒りを吐き出した。まだ、どこの誰とも分からない犯人に。
本来であれば、能登鷹さんはこんな放課後に図書委員なんてしてなかったはずだ。静寂と本に包まれたあの図書室ではなく、歓声と喝采に包まれたステージの上にいて。無音ではなく見る者全てを前に、あの歌声で感動と魅了の渦を巻き起こす。
そのはずだった。だけど、今のこの現実は……あるべき現在地からは遠くかけ離れている。真逆と言ってもいい。それだけでなく、歌うことすら億劫になってしまっている。
その一端に、能登鷹さんの情報を消した犯人が絡んでいることは間違いない。能登鷹さんが放つべきだった輝きを奪い、能登鷹さんの光に惹かれ魅了されるべきだった人々の感動を奪った。
「……絶対に許さねえ……ブッ潰す……!」
こんな過激な言葉を言えば、すぐさま大スクープになるだろう。俺は日本一のアイドルだから。
……でも。だからこそ尚更犯人のことは許せなかった。人々を魅了し感動させるのが本業であるアイドル、その立ち位置から見ると余計に犯人が憎らしい。この気持ちも眉の皺も、当分は無くならない……そう思っていたが。
「あははーウケるっしょ?」
「マジ? ウケるー」
正面から女子二人が歩いてきていた。何やら楽しげに会話をしているようだ。
となると、半ば致し方ないと俺は僕に切り替えた。こんなに眉間にシワが寄った顔をしていると、何を言われるか溜まったモンじゃない。下手に目立てば、この後の犯人調査に支障が出るかもしれない。
気持ちを何とか押し殺し、僕は怯えた表情を作ってなるべく壁際をおどおどとした様子で歩くことにした。
「それでさ……あっ……」
「うわぁ……」
なるべく端を歩いていたが、やはり人間一人の存在感はそう簡単に消えてくれなかった。僕に気づいた女子二人は腫れ物を見たような目をすると、すれ違うその瞬間までこちらを凝視していた。
清蘭に勝ったとはいえ、それでも僕は結局は''一般人''。無言の蔑みに見つめられる。
「マジで信じられないよねーあいつが甘粕さんに勝ったのとか」
「ほんそれー。ありえんてぃーよなー」
「あれから遊び道具にしにくくもなったし、つまんなくなっちゃったよねー」
ヒソヒソ話、そんな概念はないと言いたげのように僕とすれ違った直後に2人はそんなことを話し合う。遊び道具を奪ってしまって申し訳ないけど、その分練習に励めば良いんじゃないかな。
当然、今は''ガチ陰キャ''の僕。そう思ったとしても口に出すことは無いし、見た目だっておどおどとした挙動をしている。
このまま何事もなく通り過ぎるはずだった。僕を馬鹿にするような輩とすれ違う、なんてことはない僕の''日常''の一部分に過ぎなかったのだから。
「──まぁ、それでも遊び道具はまだいるけどねー能登鷹がさー」
「だねー!」
2人がそんなことを言いさえしなければ。
何気なく、本当に気軽に口走った一言だったのだろう。
……ただしそれは、僕の──俺の鎮火しつつあった怒りを、再び烈火にしていたのだった。




