能登鷹音唯瑠再調査大作戦②
「では、どうぞ掛けて下さい」
「は、はぃ……」
どうしてこうなった。
能登鷹さんの情報を俺は収集したいだけなのに。何故か今は金髪の超絶イケメン──優木尊の私室に通され、ふっかふかのソファに座らされている。
「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ。お飲み物、何か飲まれますか?」
「ぁ……じゃぁ……ほうじ茶で……」
「かしこまりました」
そう言うと優木は部屋の奥……ダイニングキッチンの方に向かった。
今も目を疑うしかないが、ここは紛うことなき優木尊専用の私室だ。あいつの話によれば、荒井大我、武原太郎、優木尊、雲間東、秀麗樹学園で"4傑"と呼ばれる4人は、それぞれ専用の私室がある。
そんな噂を聞いていたが、まさか本当に実在しているとは……。生徒からワーキャー言われるのみならず、学園側からなんて寵愛を受けていやがるんだ。
優木の私室はタワーマンション最上階のように整然とした造りで、一切の汚れもなく優美だ。家具類はモノクロ調でシックな雰囲気を感じさせ、本棚には心理学やら難しそうな本が詰まっている。最新型っぽいパソコン……あの中身には一体何が入っているのだろうか。
優木らしいと言えば優木らしい部屋だ。他の4人も気になるけど……それはさておき。
「どうするか……」
現状、俺……いやもう僕に切り替えておくか。
ともあく、今の僕はかなりヤバイ状況だ。能登鷹さんのことを調べたいのに、思わぬ邪魔が入ってしまい、その上邪魔者の私室に半ば強引に連れて来られてしまった。
それだけに留まらず、ますますヤバいのは相手が優木君であるということだ。学園どころか全国でもトップクラスの頭脳を持ち、同時に本人の真意は一切読めない……。
さっき、優美な部屋に連れて来られたと思ったけど、その考えは誤りだった。ここは魔王の魔窟だ。何としてでも早めに脱出しないと……!
「はい。ほうじ茶です。どうぞ」
「アッハイ。ぁりがとぅござぃます……」
魔王がほうじ茶を差し出す。一見するとただのほうじ茶だけど、魔王が淹れたものだから油断する訳にはいかない……だけど貰うと言った手前、飲まない訳にはいかない。
とりあえず一口……──って。
「美味いッ!!」
甘く柔らかな香りとは裏腹に、やや強い渋みのある味ッ! ほうじ茶本来の美味さの深淵の。そのさらに奥深くに踏み込んだようなその味に、僕は一口飲んだだけで叫んでしまった。
「美味いッ!! 飲まずにはいられないッ!!」
「お気に召して頂けたようで良かったです。加賀の方でじっくりと作られた高級なものを使用しているので、味の癖が少々強いのですが……」
「いやいや美味しいよこれ! うーん不味い! もう1杯!」
「はい、かしこまりました」
ほうじ茶のあまりの美味しさにテンションが変になった僕に、それでも優木君は柔和な笑みを浮かべたままおかわりを淹れてくれていた。
僕はほうじ茶、彼は紅茶、優雅なティータイムはしばらく続く。お腹が少したっぷたぷになるまでほうじ茶を飲み、僕は満足……してる場合じゃなかった! 何くつろいじゃってるんだ僕は!?
「では、そろそろお話といきましょうか」
カチャン、と空になったカップが小皿に置かれる音がして。
見ると、優木君のにこやかな笑顔が距離を詰めていた。
な、なんてことだ……! まさに魔王の所業……!
これが優木尊という魔王の作戦だったのだ。高級なお茶を飲ませ続けてお腹を満たし、満腹で動けなくなった所を尋問する……。まんまと僕は手のひらの上で転がされていた。
「は、話って……なんですか……?」
「もちろん、君が調べようとしていたことについてですよ。九頭竜倫人君」
金色の瞳の奥が妖しく光った気がした。駄目だ勝てる気がしない。
"しかし回りこまれてしまった!"なんて表示もいらないほど、僕は逃げることも目を反らすことも叶わない。ここで仕留められてしまう気しかしない……。
「な、何のことですか……?」
「能登鷹音唯留さんについて、調べようとしていらっしゃいましたよね?」
「ぅ……」
駄目だ、やはり全部覚えている。もしかしたら忘れているかもという願いは儚く散った。
くそぉ……一体どうすれば……。
……ん? あれ?
ちょっと待てよ。これって逆に考えれば……チャンスなんじゃないか?
何故か分からない。けど、名前を全部言えることを考慮すると、優木君は能登鷹さんのことを知っているんじゃないか。
思いこみかもしれない。勘違いかもしれない。
でも、ネットであれだけ探しても見つからなかった彼女の情報を、もしも優木君が掴んでいるのなら……──覚悟を決めるしかない。
「……そうです」
「はい?」
「ぼ、僕は……能登鷹さんのことについて調べていました……」
決定的な一言を、僕は放つ。
いつの間にか自然に顎クイをしていた優木君の目を真っ直ぐに見つめて、逃れようのない言質を口にした。
「ほぅ、そうでしたか……」と優木君は静かに呟くと、顎クイをやめて机の上のパソコンの元に向かった。それを持ってくると再び座り、おもむろに開いて何かを打ち込み始める。僕はそれを黙って見つめた。
「九頭竜倫人君は……」
「……」
「能登鷹音唯留さんを……」
「……」
「──ストーキングしている、と」
「あ、いや違いますやめてください死んでしまいます社会的に」
猛烈な速度でタイピングをする優木君に僕は机の上で土下座する。
いやまぁ、確かに普通に考えるとそうなるけど違うんです優木君! 事情は説明出来ないけど分かってください!! その頭脳明晰さで!
「なるほどなるほど。まさか九頭竜君が狙っていたのは甘粕清蘭さんではなく、能登鷹音唯留さんだったとは。これは面白いネタですね。新聞部の皆さんに高く売れそうですよ」
さらに衝撃の事実ゥー! 僕が甘粕さん狙いだったと優木君は予想していた。さらには新聞部にネタを売っていたとか、もう色々ありすぎて頭がこんがらがる!
でもとりあえず誤解を解かなきゃ! このままだと僕はただのストーカー野郎としてガチ陰キャ時代を遥かに凌ぐ侮蔑と軽蔑の目線に晒されるぅぅぅぅぅ!!
「ありがとうございます九頭竜君。これでまた僕の小遣い稼ぎが出来ました」
「お願いしますやめてください誤解です誤解本当に優木君いや優木様許して下さい何でもしますから靴の裏だってぺろぺろ舐めますからどうか──!」
「まぁ、冗談なんですけどね」
「ズコォォォォォ!!」
きらきら輝く笑顔を見せる優木君に僕はおもいっきりずっこけた。
頭を強打して痛いけど、良かった……流石は賢いかっこいい優木君チカ!
変に解釈してくれなくて本当に良かった……って思ったけど、ここから交渉パートに入るんじゃないか? 背筋がぞわっとするなぁ……。
「消えた天才、いえ……消された天才……とでも言うべきでしょうか、能登鷹音唯留さんのことは」
直後、確かに僕の背筋にはぞわぞわとした感覚が走った。
優木君が発した、彼女の真実の片鱗によって。
「どう……いう……こと?」
「僕が言えるのは、ここまでです。ただ、九頭竜君がもしもネット上で彼女のことを調べていたのでしたら……こう言うのも失礼ですが、全て無駄です」
パソコンを閉じると、この時初めて優木君の顔から笑みが消えた。
ほんの少し沈黙をした後、再び彼の口は開かれる。
「能登鷹音唯……幼い頃から天性の歌声の持ち主で、将来を嘱望されていた天才児……。しかし、彼女の名前はウェブ上には一切ありません。全て、ある者によって消されたからです」




