能登鷹音唯瑠再調査大作戦①
授業中の教室の前を通りながら、これからのことを考える。
俺が何をするべきなのか、を。
清蘭が目を覚まさせてくれたおかげで、俺は冷静に今を見据えるようになっていた。事情を何も知らないまま発破をかけて奮起させるなんて恐ろしい奴だ。そしてあの後俺の顔を見すぎたせいで階段に盛大にゲロをぶちまけていた点でも恐ろしい奴だ……。
相変わらず自分本位で、自分が気に食わない俺が嫌だったからあんなことを言ってたんだけど、今回ばかりは感謝せざるを得ない。全ての事が片付いたら、お礼を言おう。ただ、今は──
「……今度こそ、俺は能登鷹さんを輝かせる……!」
目に光が灯り、その奥には彼女の姿が浮かぶ。
もう既に胸に走るのは彼女を傷つけ泣かせてしまった罪悪感じゃない。絶対に能登鷹さんを"本来いるべき場所"に連れて行き、"輝かせる"ことに燃える決意だ。
そうだ。俺は"日本一のアイドル"九頭竜倫人だ。日本中を沸かせ、数々の人を魅了し続けているんだ。
「そんな俺が、たった1人の女の子を感動させられなくてどうすんだ……!」
滲み出した決意が拳を握らせる。
絶対に諦めない。絶対に能登鷹さんを──そう思っていた所で。
「いってぇ……!」
拳に走った痛みに俺は顔を歪めた。
それもそのはず、屋上での自己嫌悪ラッシュのせいで拳には何ヵ所も傷が出来ていたんだから。あーあチクショウこれマイク握れない……しばらくは左手にお世話になりそうだ。
「……だけど、今の俺にはちょうど良いか。これは自らの教訓にするぞ……!」
若干涙目になりながら呟くと、俺は早速行動を開始する。向かった先は──自分の教室だ。
まずは普通の日常生活をちゃんと送らないとな……。
「……ふぅ。終わった……」
普通の日常生活を送り、今日も放課後を迎える。いつもと同じように教室から誰もいなくなったのを確認して、俺の作戦行動はいよいよ本格的に開始される。
このまま能登鷹さんのいる図書室に向かう……といきたい所だが、それはあまりにも愚直な行為だ。距離を置くというのも1つの手段だ。
一見すると逃げになるかもしれないが、それは違う。俺が第一にすべきは、彼女のことを知ることなのだから。
『私が人前で歌わない理由は……──私の歌が人を不幸にするからです』
この言葉の意味を正しく分からなければ、俺は再び同じ過ちを犯すだろう。勢いだけの突貫で会いに行けば、それこそさらに彼女を傷つけることになる。
ただでさえ傷ついている能登鷹さんをこれ以上傷つければ……もう彼女が歌うことはなくなる。人前で、とかそんなレベルじゃなくてもう今後一切、能登鷹音唯留の人生において、だ。
……と、これぐらいのプレッシャーを与えてた方が慎重に行動出来るだろう。失敗は許されないのだからちょうど良いくらいだ。
「さて……じゃあ彼女のことを調べるか」
前と比べて地味な絵面になるが、今回俺が動かすべきは足じゃなく目と指だ。自分の携帯電話を取り出し、ウェブ検索に取りかかる。
最初の検索ワードはもちろん"能登鷹音唯留"彼女の名前そのものだ。この学園では一切取り沙汰されていない"一般人"ではあるが、もしかしたら過去の栄光の記録が残っているかもしれない。テレビの故―名―でも地方のコンテストでもなんでも構わない。彼女に関する情報があれば……。
と、俺の一縷の望みは全く関係ない検索結果により打ち砕かれる。隅から隅まで調べたけど、能登鷹さんに関連したような情報は全くなく、挙句の果てには似たような響きの名前のAV女優が出て来た……。今そういう気分じゃないから止めてくれませんかね、右手死んでるし。
「くそっ……だが俺は諦めねえぞ……!」
出鼻をくじかれつつも、様々な検索ワードで俺は何度も試みる。
"天使の歌声"
"天性の歌声"
"神に選ばれた歌声"
"神に愛された歌声"
"天地乖離す開闢の歌声"
"五臓六腑に染み渡る歌声"
"新たな生命の息吹を感じさせる春風のような歌声"
"混沌と諦観に包まれた三千世界に光明をもたらす菩薩様の導きの如き歌声"
"透き通る伸びやかな空に虹をかけ海は澄み渡り人類に平和をもたらす歌声"
"たとえディストピアでも光輝く未来を決して諦めない勇敢な少女の眼差しのような歌声"
etc……ありとあらゆる検索ワードを打ち込んでみたが……。
「出て来ねえ! 能登鷹さんの影も形もなかったッ……!」
時刻は既に19時を回り部活も終わって生徒も帰っている頃、俺は机にがっくりと突っ伏した。携帯の充電が切れると共に、俺の集中力の方も切れてしまった。
いない。本当にどこにもいない。え? 何? 能登鷹さんの存在はインターネットの世界に残らないようになってるんですか? 神様世界設計ミスりすぎてません?
その日、俺は結局何の収穫も得られないまま帰宅し、次の日に備えたのだった。
「ぐぬぬぬ……」
次の日、その次の日、さらにその次の日と俺は検索の世界に溺れたまま再調査生活4日目を迎えていた。
来る日も来る日をも普通の学校生活を送っては、放課後は携帯電話を熱心に凝視している。その様はまさにガチ陰キャで、直接的に言われることはないけど周囲からはひそひそと話す声があるのも聞こえている。恐らく「キモーい」とか「うわぁ……」とか引いてるんだろう。実際清蘭に関しては「うわーメッチャキモいんだけどー!!」と大声で指をさしてきやがった。ファッキューカス女。
しかし、そんな周囲の声には構っていられない。一刻も早く能登鷹さんに関する情報を見つけ出さないと……。さて、今日はどんなワードで検索しようか……?
「"霧の彼方の真実すら照らし出す絆の力にあふれた歌声"……いや"凍てつく街に灯るランタンのように温もりを感じる歌声"の方が良いか……?」
「何をしていらっしゃるんですか?」
「何って、能登鷹さんのことについて調べてるんだよ。敢えて変化球で"ドリップコーヒーのように日常生活に溶け込んだ声"……待てよ"戦死者のさまよえる魂を浄化させる歌声"とかも良いか……?」
「なるほど。流石は九頭竜君、集中力が凄まじいですね」
「当たり前だ。俺を誰だと思って……思って……」
その時の俺は、まるで油の切れた機械のようにぎこちない動きをしていた。
ギギギギ、そんな効果音を出すようにゆっくりゆっくり首を動かして、恐る恐る背後を確認する。
疲労のあまりの妄想、あるいはイマジナリーフレンドであって欲しかった。
後ろにいたのは、柔和な笑みを浮かべこちらを見つめる金髪の超絶イケメン──優木尊だった。
直後、絶叫してロケットの射出のように椅子から俺が転げ落ちたのは言うまでもなかった。




