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連れて行かれた先はあの場所


「……」


「おっはよぉ倫人りんとーっ! 今日も突っ伏してるわねー偉い! あたしへの配慮が出来るようになるとは成長したわね!」



『私が人前で歌わない理由は……──私の歌が人を不幸にするからです』


 

 昨日の能登鷹のとたかさんのあの言葉は、一体どういう意味なのか。そのことばかりが頭の中を埋め尽くして離れない。


「いやーやっぱりあたしって天才だったんだねー! 昨日さ、一通り歌とかダンスとかポージングとかテストして貰ったんだけど、社長がもう泣いて喜んでさー! 『きっ、君は1万年に1人の逸材だー!!』って叫ぶくらいだったんだー!」


 あの言葉は、俺には到底理解出来なかった。俺の心を震わせるほどの歌声を持つ彼女の歌が、人を不幸にするだなんて。

 いや、理解出来ないんじゃない。もしかしたら、信じたくないだけかもしれない。俺を感動させてくれた声が、能登鷹のとたか音唯瑠ねいるという少女の奏でる歌が……"人を不幸にする"もしくは"人を不幸にした"という事実を持ってしまっていることが。


「これであんたにも勝てるわねガハハハハハ! あっ、ちなみにもちろんデビューとかは決まったんだけど、社長としてはあたしを……って、ねえ、倫人?」


 俺の耳に狂いはないはずだ……。芸能界に入って数多の一流アーティストの歌声を幾度も生で聞いたことがあるんだから。

 ん? いや違う。そのことがショックなんじゃない。いや、それもショックに違いないんだけど、それ以上に……。


「ちょっと、おーい? 聞いてる? もしもーし?」


 ……そうか。分かった。

 あの時、最後に聞いた能登鷹さんの言葉が、最後に見た能登鷹さんの泣いてる笑顔が、俺はショックだったんだ……。

 

「ちょっと倫人! 倫人ってばーーっ!!」


 どうして表舞台に立っていないのか、その興味と好奇心で俺は彼女に近づいて。

 そして……彼女の心を抉るだけ抉って、終わったんだ。

 勇気づけるはずが、俺がしていたのは彼女にとって悲しい記憶を思い出させ、そして泣くほどにまで傷つけた。


「倫人ーーっ!! 聞こえてんでしょこんなに近いんだからーーーっ!!」


 ……何が"日本一のアイドル"だ。何が九頭竜くずりゅう倫人りんとだ。

 俺がしたのは余計なお世話に他ならない。いや、能登鷹さんの為じゃなく自分の興味本位でしてしまったことなのだから尚更タチが悪い。


「倫人ーーーーーっっっ!!! り・ん・とォォォォォォォォォ!!!!」


 たった1人の女の子すら笑顔に出来ず。

 挙句の果てに泣かせてしまう。自分の勝手な行動で。自分の勝手な思いこみで。

 ……ハハッ。これじゃあ俺は……正真正銘の……ク──


「クズ野郎が聞こえてんだろうがあぁあぁああぁあああああぁ!!!!」


「ぶへぇえええぇぇええぇえぇええぇえええぇえええっっっっ!!!!?」


 決定的な一言の前に俺が浴びせられたのは、全体重の乗った見事なドロップキックだった。

 顔面に容赦無くぶち込まれたそれによって俺は自分の席ごと吹っ飛び、派手な衝撃音がクラス中に響き渡る。


「ちょっと倫人ォ!! さっきからこのあたしの話をガン無視し続けるなんて良い度胸ね!!」


 直後に聞こえて来たのはとある女子生徒の可愛らしい怒鳴り声。

 ぐわんぐわんと未だに揺れる視界を何度か瞬きして安定させてようやく見えて来たその姿は、見慣れた幼馴染──甘粕あまかす清蘭きよらだった。

 「てめえ何しやがっ……」と言いかけた口を瞬時に塞ぐ。危うくが出そうになった。先ほどまで能登鷹さんのことを考えてた時も俺の時だったせいか……。ともかく危なかった。

 気持ちをしっかりとの方に切り替えて話そう。


「い、いきなり何しやがるんですか甘粕さん」


 あ、ヤバいチューニング失敗した。


「だからさっきからずっとあたし話しかけてるでしょ!! それなのにあんたは何も言わないし反応しないし、ちゃんと聞きなさいよ!」


 あ、良かったスルーしてくれた。バカな甘粕さんありがとう!

 って、それよりもずっと話しかけてきてたのか。全く気づかなかったぞ……。あわわ、見るからに甘粕さん怒ってる。これは平身低頭モードに移行して……。


「ちょっと来なさい!」


「えっ?」


「良いから、来なさいっ!!」


「わわっ、わわああぁあぁあぁあぁぁあ!!」


 魂の土下座16連打をしようとした所で、僕は首根っこを掴まれて。

 クラスメイトどころかすれ違う生徒全員の好奇の目に晒されながら、僕は甘粕さんに拉致されてしまった──







「よしっ、ここなら誰も見ていないわね!」


 そう叫ぶ甘粕さんの声は、屋上に響き渡る。

 よりにもよってここか……。能登鷹さんのことを思い出すから絶対に来たくなかった場所なのに。


「さて、じゃあ2人っきりで話といこうじゃない! 倫──うぐぅ!!」


「甘粕さん!?」


 突如、甘粕さんが口を手で押さえて蹲る。心配で僕が駆け寄ろうとすると、片方の手をこちらに向けて青ざめた顔で甘粕さんは「だ、大丈夫だから!」と言った。何故……?


「あんたのゲロ以下の臭いがプンプンする下水道から生まれたみたいな顔見すぎて吐きそうになっただけだから……! お願いだから後ろ向いて後ろ! おええっ……!」


 あ、そう言えばそうだった……。

 僕は弱弱しく返事をすると後ろを向く。吐きそうになっている甘粕さんが視界から消え、今日も今日とて広がる青い空と街の風景が目に映る。

 全く、空というものはお構いなしだ。こっちは気持ちが沈みこんでいるのに、清々しいくらいの青で世界を見下ろしている。僕としては曇り空の方が幾分か良かった。


「はぁ……はぁ……ふぅ。落ち着いたわ。それじゃあ、話といこうじゃない倫人」


「は、はぁ……話ってなんですか?」


「まずそのキモい話し方をやめて」


「えっ?」


「今ここにはあたしとあんたしかいない。まぁ授業中だから当然だけど。2人きりなんだから、いつもの話し方に戻してってば。本当にキモいから」


「……あぁ、分かったよ」


 観念して僕──いや俺は、話し方を戻す。

 話し方をありのままにしただけなので面と向かい合うことはしないが、もう気持ち的には"ガチ陰キャ()"ではなく"日本一のアイドル()"だ。

 そんな俺と清蘭きよらは一体何を話したいんだろうか……そう思っていると。


「まずはそのまま土下座しなさい!! あたしの話を全部全部ぜーーーんぶガン無視したのを謝ってよ!! このクズ野郎っ!!」


 ……あぁ。やっぱり清蘭は清蘭だった。

 クリスマスの時ほどじゃないけれど、これは相当ご立腹だ。どうやら俺が能登鷹さんのことを考えてる間にずっと話しかけてたんだろうか、ともかくこれは俺の落ち度だ……。


「ごめん……なさい……」


「アハハハハハハハ!! 無様ね倫人!! 日本一のアイドルをDO☆GE☆ZAさせるなんて、これはもうあたしの勝ちってことで良いんじゃないかなーっ!! ヒャホホホヒャッホイッ!!」


 高らかに笑う清蘭。

 いつもであれば、それに対して俺は「このカス女!!」と言い返している。たとえ自分の側に落ち度があったとしても、こんなに人を腹立たせる笑い声をあげる清蘭には物言いする。

 だけど……今日はそんな気が起きなかった。

 なんなら、ずっと土下座していたかった。清蘭に対しては悪いことをしたとは思っているけど……それ以上に、俺は彼女に謝りたかった。

 脳裏に浮かぶのは、初めて出会ったこの屋上で歌う姿。

 上手く事が運べば、彼女は近い将来世間を賑わせていたのだろう。輝かしいスターへの道を、間違いなく進んでいたのだろう。


 

 ──能登鷹のとたか音唯瑠ねいるの将来を奪ったのは、俺だ。



 その罪悪感が、俺を冷たい床に貼り付ける。

 ずっとずっと土下座をしていたい。能登鷹さんに向かって、ずっと謝り続けていたい。

 このままずっと……俺は……──



「いい加減顔上げろって言ってんでしょうがあぁあぁああぁああっっっ!!!!!」


「ひぃぃいいぎゃあぁああぁああぁあぁああああああああぁああっっっ!!!!?」


 本日二度目の絶叫。

 その理由は容赦無く俺の股間を襲った激痛だった。

 このカス女、俺の子種を猛烈に蹴り上げやがったのだ。


「あんたちゃんと反省してんの!? あたしの話を無視したから土下座させてんのに、今度は何回も顔上げろって言ってんのにそうしないし!! 芸能活動で耳イカレたんじゃないの!?」


 ぴくぴくと身体を痙攣させる死にかけの俺に、馬乗りの体勢で清蘭が怒鳴ってくる。

 激痛に喘ぎつつも、俺の中からあるものが込み上げてくる。

 抑えなきゃ、そう思いつつもぐんぐんと奥底から上ってくるそれは勢いを弱めることなく喉元に辿り着いて。



「──うるせえな! 悪いってちゃんと思ってんだよ!! 全部俺が悪いんだよ!!」



 そうして、声になって言葉になって。俺の口から飛び出していた。





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