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黒髪清楚系正当派美少女調査大作戦③


「あの時のあなたは、本当に輝いていました……勝ったダンス勝負や大食い勝負はもちろん、負けてしまったラップ勝負や演技勝負でも……」


 能登鷹のとたかさんの話は止まらない。

 せき止められていた何かが外れ、溢れ出したかのように。


「本当にあのっ……なんて言ったら良いか分からないんですけど……とにかく凄かったんですっ! あの時の九頭竜くずりゅうさんは……! 同じ"一般人"だなんて思ってた自分のことを恥じるくらいに……」


 彼女の顔から感じられた俺への尊敬の裏に隠れていた感情。

 それは自責の念だった。言葉の後に付け加えられた「ごめんなさい」も、それを分かりやすくしている。

 だったらなんで君は──。

 俺はもうその気持ちを抑えられなかった。



「だったらなんで君は……その歌唱力を披露しないんだ」


 

 遂に触れる。

 彼女がひた隠しにしてきたもの、ブラックボックス、パンドラの箱に。

 それを裏付けるように、一瞬ハッとしたような顔をして彼女は言葉に詰まった。


「なんの……ことですか……」


「先週、お昼休みの屋上で歌ってたよね能登鷹さん」


「そんなっ……人違いじゃないですか……?」


 否定しつつも、説得力の全くない震え声の能登鷹さん。

 残念だけど俺はもう確信を得ている。それに、知りたいんだ。君ほどの歌声の持ち主が、どうして人前で歌うこともなければそもそも歌っていないと否定するのかを。


「人違いなんかじゃないよ。あの時歌ってたのは君だ能登鷹さん」


「ど、どうしてそんなにはっきりと言い切れるんですかっ?」


「本当に鮮烈で、本当に綺麗で、本当に衝撃的で、今まで聞いたこともない歌声だった。僕の耳にまだハッキリと残ってるよ、あの時のメロディが」


 そう言うと、僕は不安そうな眼差しを向ける能登鷹さんに、さらに"証拠"を突きつける。俺にしか出来ない、俺だからこそ出来る照明を。


「……!」


 能登鷹さんの顔が驚愕で染まる。見せられた、いや聞かされた(・・・・・)証拠によって。

 俺の出した証拠とは、あの時彼女が奏でていた鼻歌そのもののだった。俺は絶対音感を持っている上に覚えるのもとてつもなく早い。なのでこの程度造作も無く、あの時の能登鷹さんが奏でていたそれを俺は完全に再現していた。

 図書室に静かに流れる俺の鼻歌。もちろん九頭竜倫人(日本一のアイドル)足る俺だから、そこはかとなく綺麗なメロディーが流れてゆく。これをファンが聞こうものなら涙するに違いない。

 そして……今もこの場で。


「……本当に……私の……」


 能登鷹のとたか音唯瑠ねいる

 長い黒髪を後ろで束ね、赤縁眼鏡をかけた地味な見た目の少女の瞳からは、一筋の涙が流れていた。

 涙の意味は分からない。それでも、俺は彼女の歌を奏で続ける。

 ……分からないとは言ったが、それが感激や感動の涙ではないことだけは知っていて。鼻歌が終わるその時まで俺の心は複雑だった。

 

「……これで間違いないよね。あの時、屋上で歌っていたのは能登鷹さんだ」


 改めて能登鷹さんにそう迫る。ここまで来てまだシラを切るようなら厄介だったのだけれど。


「……はい。そうです」


 能登鷹さんはようやく白状してくれた。元々好き好んで嘘をつくような性格でもないのだろう。純粋で生真面目で優しい、それが雰囲気から感じ取れてたし。


「やっぱりそうだったんだね」


「ごめんなさい……」


「謝らなくても良いよ。それにその……謝るのはこっちの方だし」


「えっ……?」


「だって……能登鷹さん……泣いてるから……」


「あっ……」


 泣いていたことには今気がついたらしい能登鷹さんは指で涙をなぞる。

 指の先で輝く光の粒を少しの間見つめた後、気持ちを入れ替えたのか僕の顔を直視する。その表情には、ある種の覚悟(・・・・・・)が宿っていた。


「泣いちゃってたなんて、気づきませんでした……」


「僕が傷つけちゃったんだよね……ごめん」


「い、いえ違うんです! これはその……悲しかったからじゃなくて……」


「じゃなくて?」


「……たぶん、嬉しかったんじゃないのかなって思います」


 思っていたのと真逆の答えが返って来て俺は困惑する。

 悲痛な面持ちだったのに、彼女はなぜ嬉しかったのだろうか。疑問は増える一方だ。


「なんで嬉しかったの……?」

 

「さっきの鼻歌、私が考えたんです。私以外の誰も知らない、私だけが知ってる曲。それを、他の誰かが歌ってくれている……しかもそれが、あなただったからです」


「僕だったから?」


「この学園に革命を起こしたあなた、というのもあるんですけど……実際に私の歌を聞いてくれて褒めてくれた……さらには覚えててくれた……。それが……何よりも私は嬉しかったんです」


 不意に彼女は笑った。

 本来なら、その笑顔は本当に綺麗なものだっただろう。初めて見る彼女の笑顔に俺は言葉を失い、魅了されていたのだろう。

 その時確かに俺は彼女の笑顔に魅せられた。


 ──止まったはずの涙が再び溢れ出した、酷く悲しい笑顔に。


「……能登鷹さん」


「分かってます……また……泣いちゃってるんですよね……。ごめんなさい……」


「君が悪い訳じゃ……」


「いえ、いいんです。全部(・・)私が悪いんです(・・・・・・・)……」


「能登鷹さん?」


 雰囲気が徐々に変わっていく。

 悲しみ、自己嫌悪、そういった負の感情が彼女を包み込んでいくような気がして。俺はそうなる前に別の話題を持ち出そうと頭の中で必死にあれこれ考えたが。




「私が人前で歌わない理由は……──私の歌が人を不幸にするからです」

 



 僕が聞きたかった質問の答えを簡潔に述べると、彼女は図書室を後にする。


 一人になった僕の耳に届いていたのは、暴力的なほどの静けさだった。



 


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