黒髪清楚系正当派美少女調査大作戦②
「そんなっ……えっ……?」
ふっ……驚いているな。
図書委員の地味子ちゃんに扮しているとは言え、こればかりは彼女のありのままのリアクションだろう。だがこの子に関わらず、今の俺を目の前にすれば誰だってそうなる。
今この子の瞳に映るのは、吐き気を催すようなクソ不細工の九頭竜倫人ではなく、誰もが羨む完璧なルックスの九頭竜倫人だ。目を見開いて口をぱくぱくとさせる様を見るのは、いつになっても爽快だ。
と、浸るのはここにしてそろそろ作戦を始動させなければ。ここからが本番だ……!
「あの……一応言っておきますけど、僕はアイドルの九頭竜倫人ではないですよ?」
「えっ、あっ、はいっ! 分かってますよ、この学校の九頭竜倫人さんですよね!?」
「そうです……」
と、情報を聞き出す前にまずはしっかりと予防線を引いておく。俺が僕であるということはバレてはならない。何が何でもな。しかしこの子も物分かりが良くて助かる。しかも俺を見て正常な判断力を保ったままでいられるということはファンでもなくて、「テレビで見たことある有名人が目の前にいる!」ってくらいの関心度ということだ。一番やりやすいパターンで良かったよ。
「あ、あの……つかぬことをお聞きしても良いですか?」
「はい?」
「どうして、甘粕さんの対決の時と同じように、その顔になって来たんですか……?」
「あ……えっと……まぁ何と言うか、九頭竜さんと同じ顔をしていると自信が湧いて来て……それでこうしてちゃんと人と話せるから、時々この顔になってるんです……」
「あ、なるほど。そういうことだったんですね……」
うん、助かる。伊達に図書委員をやっていないなこの子は。どっかの勢いと顔だけの幼馴染とは違って本当に賢い。
かの有名な心理学者"ジークムント・フロイト"は心の十種類の防衛メカニズムを説いている。抑圧、退行、同一視及び同一化、補償、合理化、反動形成、投影及び投射、昇華、知性化、置き換え……確かそんな感じに。
その中で普段はガチ陰キャとして生きる九頭竜倫人がアイドルに憧れる、つまり同一化したいと望むのが自然なことを彼女は理解してくれていた。賢い可愛い、欠点なしだなこの子は。
「しばらく、図書館を利用してもいいですか?」
「は、はいっ! もちろんですどうぞ!」
「ありがとうございます」
彼女から許可を貰い頭を下げた後、俺は本を探し始める。
しかしそれも当然フリ。本当は借りる本は決まっている。
悩む演技をしつつ、なるべく自然に目当ての本の棚の所まで歩いて行く。
そうして手に取ったのは音楽雑誌だ。今流行のバンドやシンガーアーティストなどの情報が満載のものを。
「……!」
ククク、やはり反応アリ。
横目で一瞬確認した彼女の顔は、明らかに驚いたようなものだった。
片目で内容を読みつつも、もう片方の目で彼女の方を確認する。何度もチラチラとこちらを見て、気になっているようだ。
全ては俺の計算の通りだ。
屋上で出会い、特等席で彼女の歌声を聞いた九頭竜倫人が。
彼女にとって興味のある分野に違いない音楽関係の雑誌を読んでいる。
気にならないはずがないんだ。彼女にとって今の俺そのものが。そして──
「あ、あの……ちょっといいですか?」
勝ったッ!! 黒髪清楚系正当派美少女攻略完了ッッッ!!
堕ちたな……確信が俺の全身を巡る。こうなってしまえばもうこっちのものだ。
俺は本から目を離し、彼女の方に両の目玉を向ける。分かりやすすぎるほど輝かせている彼女の瞳と合った。可愛い。
「なんですか?」
「いや、あの……またつかぬことをお聞きしたいんですが……」
「どうぞ」
「その、九頭竜さんは音楽とかにも興味あるんですか?」
「えーっとまぁ……。この学園に通ってたら自然と……。しかも最近あんなことがあったばっかなので……」
「あ、なるほど。そういうことだったんですね……」
「そういう……えっと……あの……お名前は?」
「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったですね。失礼しました。私は……能登鷹音唯瑠と申します」
「能登鷹、ねいるさん……?」
「はい。音楽の音、唯一の唯、瑠璃の瑠、それで音唯瑠です」
ふぅ……やっとここまで来れたか。
屋上でその歌声と出会ってからようやく、俺は彼女の名前を知ることが出来た。
黒髪清楚系正当派美少女にして天性の歌声の持ち主
その名は──能登鷹音唯瑠──
漢字の雰囲気からして、歌う為に名づけられたような名前だ。名前の響きの綺麗さは完全に清蘭に勝ってる。良いぞ、その調子だ能登鷹さん。
「良いお名前ですね」
「そ、そうですか? ありがとうございます……えへへ」
今のは世辞抜きで言った言葉だったが予期せぬ収穫、照れる能登鷹さんを見れたぞ。やったぜ。
この調子でどんどんと彼女の情報を収集していくとするか。
「先日も能登鷹さんはここにいましたけど……図書委員なんですか?」
「はい。本当は順番に図書委員をやっていくんですけど、他の皆は今が忙しい時期で……それで代わりに私がほぼ毎日入ってる感じです」
「ほぼ毎日ですか?」
「そうですよ。まぁ部活にも入ってませんし、私は全然大丈夫です」
何故ドヤ顔なんだろうか……。
それはともかくとして、今の発言で部活に入っていないことも確定したか。
となると能登鷹さんは"ガチ陰キャ"や少し前の清蘭のように"一般人"だということになる。彼女ほどの歌唱力ならば部活に入ることはもちろん、すぐにでもプロデビューしてもおかしくないのに一体何故……?
「部活には入ってないんですね……じゃあ、この学園では僕と同じく"一般人"ですね」
そう思うも、すぐにその疑問に切り込むのはまだ駄目だ。
もしもその理由が能登鷹さんにとって触れて欲しくない部分だった場合、この会話の時間は終わる。地雷を踏み抜いた先にあるのは地獄の沈黙だけだ。
だからこそ無難に俺は話題を反らす。さらには"一般人"である者同士シンパシーを感じるようなものにして。やっぱり俺ってば天才──
「同じじゃありませんよっ!!」
「ええっ!?」
あ、あれーっ!? 突然机を両手で叩いて顔を至近距離に持ってきたーっ!? 今のどこに地雷要素があったんですかね!?
「あなたは確かに日本一のアイドルの九頭竜倫人さんではありません。ですけど、それでも本当に凄いことに変わりはないじゃないですか!」
「ど、どういうことなんですか?」
「だってあなたは4傑の皆さん、さらに甘粕清蘭さんに勝って、革命の灯火を起こしたじゃないですか! 凄いじゃないですか!」
「そ、そうかもしれないですけど……でも"一般人"であることに変わりはないですし……」
「いいえ! 変わりはありますよっ! もっときちんと自覚を持って下さい! あなたは凄いことを成し遂げたんだっていう自覚を!」
「す、すみません……」
何故だろう。俺は怒られてしまっている。ついさっき名前を知ったばかりの女の子に、正座を自然とさせられてしまうほど怒られてしまっている。
それはそうとして、怒っている時の顔でさえも可愛かったな。怒る勢いが増すたびに顔が近くなるし眼福眼福。あのカス女だと性格の醜さが滲み出るような怒り顔だしな……。
「あなたは……成し遂げたんですよ。本当に凄いって、あの時私は思ったんですから」
清蘭の醜い怒り顔を思い浮かべていた所で、耳に届いていた綺麗な声が消え入りそうになっていた。
見ると、能登鷹さんが何とも言えないような顔をしていた。
俺に対する尊敬の念。
それと共に見え隠れする、別の感情を含んだ顔を。
「あなたのことは……実は前から知っていました。【アポカリプス】のメンバーの1人で"日本一のアイドル"との呼び声高いあの九頭竜倫人さんと全くの同姓同名で、それ故に壮絶ないじめを受けているあなたのことを……」
「能登鷹さん……」
「そんな九頭竜さんが甘粕さんと勝負することになって、私は驚きました。同じく"一般人"として、無謀だ無茶だって……そう思ってたんです。でも……あなたは私の、いえ周囲の全ての人達の予想を裏切りました。あの日ステージの上に立って必死に、真剣に戦うあなたの姿を見て……私は考えを改めたんです。同じ"一般人"じゃないって……」
「……」
予期せぬ方向で、俺は彼女の心に踏み込んで行く。
こちらからは何も言わない。だけど"聞くこと"で能登鷹さんの心の奥底に向かい続けている。
こうなってしまえば、もう避けられない。
能登鷹さんの──触れて欲しくない部分に、俺は必ず辿り着いてしまうだろう。




