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黒髪清楚系正当派美少女を探して。


「……はい。以上でHRは終了となります。では皆さん今日もお気をつけてお帰りください」


 1日の終わりを告げるチャイムと共にHRも締めくくられ、秀麗樹しゅうれいじゅ学園に放課後がやって来る。

 一般的な学校の生徒では放課後は部活動に励んだり、帰宅してバイトをしたりするのだろう。とは言え、未来の芸能界のスターを育成するこの秀麗樹しゅうれいじゅ学園でもそれは同じだ。強いて違う点を挙げるなら、それに偏りがあることだ。軽音楽部、演劇部、声楽部などにウチの生徒の大半は所属している。バンド、俳優、ソロアーティスト、それらを目指す者が日々練習に励んでいる。独学で学ぶ環境も整っているが、大多数は優秀な顧問の下で経験を積んでいるのが日常だ。


「……あ、放課後か」


 僕は1人取り残された教室でその事実にようやく気づく。

 "一般人"のガチ陰キャを演じる僕は当然どの部活にも入っていない。教室から流れゆく人の流れには乗らずクラスメイトがいなくなった後でひっそりと帰る、それが僕の日常だ。

 だけど今日は日常(いつも)とは少し違う。時刻を見れば16時ぴったり、チャイムが鳴ってから既に30分も経過していた。普段なら5分もすれば教室から誰もいなくなるので、そそくさと帰るんだが……。頭の中で流れ続けるメロディを味わい過ぎたか。

 その歌声・・・・が流れると、それを奏でる人物もはっきりと浮かんでくる。あの黒髪清楚系正当派美少女の姿だ。今こうして思い返せば、授業は何も手つかずだったなぁ……。甘粕あまかすさんのアイドル宣言の衝撃がようやく抜けきって集中出来るようになった矢先にこれだ。


「……けど、マジで凄かったなぁ……」


 誰もいなくなった教室で、僕ではなくとしての感想を述べる。

 容姿もそうだが、やはり一番はあの歌声。あれだけ可愛らしい見た目をさらに上回ってくる鮮烈なインパクトは頭から離れることはないだろう。

 改めて彼女のポテンシャルの凄さに舌を巻きつつ、同時にあることに俺は気づく。


「あれだけの歌唱力を持っているのに、どうしてあの子はこの学園では話題にならないんだろう……?」


 頭の中で流れている彼女の歌声をBGMに、俺はその疑問に集中する。

 秀麗樹しゅうれいじゅ学園には学園内において様々な有名人がいる。顕著な例を挙げれば、まずは数多の美少女(猛者)を嘲笑う程の神に愛されたルックスを持つカス女、もとい甘粕あまかす清蘭きよら。それから学園屈指のイケメンである4傑の4人か。……あとは不名誉ながら、僕の方の九頭竜くずりゅう倫人りんとも。

 いずれにしろ学園で誰も知らない者はいない有名人だが、あの黒髪清楚系正当派美少女も必ずその枠に入るだろう。それほどまでの歌唱力を持っていると俺は確信している。なのに現実には、彼女の名前を聞いたことがこれまで一度もない。ガチ陰キャ生活を送っていると寝たふりをして盗み聞きなどは当然なので、割と情報は入ってくるんだけども……それでも聞かないってことは、本当に話題になっていないんだ。


「……まぁ、ちょっとくらいなら良いかもな」


 溜息交じりに俺はそう呟くと席を立つ。手には鞄を持たずに。

 今から俺は帰るのではなく、探すことにした。

 脳裏に直接刻まれたような衝撃的な歌声を披露してくれた黒髪清楚系正当派美少女のことを──。








「まずは……声楽部だよね」


 という訳では声楽部の部室前に来ていた。

 部室と言ってもそれは授業で使用されるものを利用したのではなく、専用の特別教室だ。見るからに壮大な出入り口の扉から、おどおどとした様子で顔を覗かせる。ガチ陰キャムーブは抜かりなく、だ。

 見えて来たのはホール型の内装に、ステージ中央に並ぶ生徒の数々。男子も女子もちょうど半々と言ったくらいか。練習真っ只中なので双方は美しいハーモニーを奏でており、僕も耳をそばだてる。

 ……うーん、いない《・・・》。全員それなりに上手いと思うけど、一般的な学生レべルを超えている程度。彼女のように飛び抜けて上手いという訳ではなかった。顔は入り口からは見えないけれどもその必要もない。彼女がいるかどうかは耳さえあれば十分だ。

 声楽部は終了。次の候補地に向かうとしよう。



「うぐぐ……耳が死ぬ」


 次に訪れたのは軽音楽部、要するにバンドグループを組んでいる生徒達だ。とは言うものの声楽部とは異なり、顧問はいるものの部内で自由にメンバーを組めるというシステム上、多くのグループが存在する。グループの数だけ散らばって各教室を利用して練習しているので、探すのに骨が折れそうだ。

 そして結果としては骨折り損のくたびれ儲けだった。聞こえてくるのはまだまだ未熟でな演奏に歌声ばかり、ただ叫べば良いってもんじゃねえぞ下手糞(カス)共が……。まぁ中には光るものを感じさせるようなグループもいたけど、結局お目当ての黒髪清楚系正当派美少女には会えず仕舞いだ。

 そんなことを繰り返したせいで、耳には未だにキーンと痺れが残り頭痛までもする始末。この広大な学園の教室を端から端まで巡ったせいで、無駄に疲れたし……。


 という訳で僕は探索を一時取り止め、静寂を求めて図書室を訪れていた。

 一般的な学校同様、秀麗樹学園にも図書室はある。異なるのはその広さと置いてある本の種類などだろう。図書"室"というよりは図書"館"と呼ぶべき広さは、先日僕と甘粕さんが勝負をしたアリーナに引けを取らない。本は和書や洋書などの小説、図鑑、絵本、郷土資料、絵本にさらにはラノべを取り揃えあらゆるニーズに対応するだけでなく、秀麗樹学園(ウチ)らしくモデル雑誌やアイドル雑誌週刊誌なども充実している。

 まぁかと言って何かを手に取るということはない。僕は奥のスペースにある柔かなクッション製の椅子に腰かけた。あぁ極楽……カスみたいなクオリティのバンドで傷つけられた心身が蘇っていく……。このまま眠ってしまいそうだ……。


「あ、あの……」


 何だ……?

 もう少しだったのに、誰かの呼びかけで僕は眠りの世界から呼び戻される。空気読んでくれよ……普通うとうとして眠りそうな人に声をかけるか? そんな空気読めないのあのカス女くらい……って危ない危ない、今はだった。

 ともかく、誰に声をかけられたのか。僕は目をうっすらと開けて確認する。黒髪が見えて来て……そして次に見えて来たのは眼鏡……か。とりあえずしっかりと瞳を開けると、声をかけた主の全貌が明らかになる。

 黒色の髪を後ろで束ね、赤縁眼鏡をかけた地味めな雰囲気の如何にも図書委員そうな女子生徒だった。こいつか、僕の安眠を妨げたのは……。


「な、なんデスカ……?」


 とは言え怒りは胸の内に秘め、ガチ陰キャ()を演じる。雲間くもまとの演技勝負のおかげか、以前に比べより一層()の演技が上手くなった。感覚的には入りやすくなった、という感じか。

 それはそうとして、わざわざ話しかけて来たこの女子生徒は何なんだろう。


「えっと……来てくれた所でありがたいんですけど……もう閉める時間なんです」


「えっ?」


 ふと携帯電話を取り出して時間を確認するともう17時を回っていた。黒髪清楚系正当派美少女を探すのに(主にバンドグループ巡りで)時間を費やしていたが、もう閉館時間なんて。


「アッハイ。す、すみませんでした……」


「いえいえ。せっかく来てくれたのに申し訳ないです……」


「はい……」


「……」


「……」


 おぅ……ガチ陰キャ特有の会話出来ないムードだ。周囲から罵詈雑言の雨を浴びせられるのが毎日のようにあったけど、こうして誰かと1対1で話すのは久々……っていうか初めてじゃないこれ? 秀麗樹学園に入ってからずっとガチ陰キャライフ送って来たけど、話し相手しかいない状況は初かもしれない。


「えっと……」


「あのっ……九頭竜……倫人さん……ですよね?」


「アッハイ」


()ごめんなさい(・・・・・・)!」


「えっ?」


 えっ、ドユコトデスカ? ナンデキュウニアヤマラレテルノ?


「あっ、じゃなくて! えっとその……凄かったです、甘粕さんとの対決……」


「あ、あぁ……ありがとうございます……?」


 およよ? 意味が分からん……というか掴めない。甘粕さんとの勝負が凄かったという感想を伝えるのに、何故最初に謝ったんだろう?


「あ、あのっ、本当に凄かったですっ」


「そうですか……?」


「はいっ! だってあんなに、応援されていないのに、誰もが負けだと思ってたのに、それを九頭竜さんは覆して……特に最後の甘粕さんとの勝負では、見違えるような変身をして会場の皆を魅了して……凄かったんですよ本当にっ!」


「アッハイ。ありがとうございます……?」


 何だか熱弁をされるが、実感のない雰囲気を僕は醸し出す。

 ──が、内心の俺は大喜びだ。フハハハッ!! 分かる奴は分かるなやっぱり!! 図書委員ちゃん、君は他の有象無象のカス共とは違うようだ。さっきの無礼は許してあげよう。


「あ、あのっ、それだけですっ! ではっ!」


「あぁ……はい……って、鍵! あなた図書委員では!?」


「あぁそうでしたっ! すみませ──きゃあっ!」


 立ち去ろうとした所を呼び止めて急に振り返ったからか、図書委員の子は滑ってこけてしまう。

 可愛らしい悲鳴が図書室に響き、もちろん俺の耳にもそれは届いた。

 その時、俺の細胞はざわめき立った。



 探していた黒髪清楚系正当派美少女は……まさかまさかの図書委員だったのだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 正統派ドジっ子ヒロインの登場ですね。外見のみのカス清蘭より、倫人を魅せる声を持つ真ヒロイン、これからが本番ですね!
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