あたしの気持ち、あたしの決意。
あたしは甘粕清蘭、17歳。
絶世の美女、傾国の美女、1万年に1度の超絶美少女。周囲の人間達はあたしの美しさの虜となり、平伏して称賛の言葉ばかりかける。物心ついた時から告白もされ続けてたし、数え切れない数の男から言い寄られた。それがあたしの日常だった。
けどどいつもこいつも不細工だし、あたしに相応しくない奴らばっかりだった。まぁたま~にギリ許容範囲な奴もいたから、お遊びで付き合ってたこともあるけど……。でも、やっぱりあたしに真に相応しい男なんていなかった。ハリウッドスターくらいでようやくって感じ? 少なくとも、この日本にはあたしが満足するような男はいなかった。
まぁ強いて言うなら1人だけ、候補はいる。
そいつは、物心ついた時から一緒にいて。
いわゆる、あたしの幼馴染と呼べる存在。
──九頭竜倫人という男だ。
今や日本一のアイドルと名高い【アポカリプス】の中心で、数多のファンを惹きつけるほどにまで成長した倫人。昔からあいつのことを知ってるあたしからすれば、かなり逞しく成長したなあと思った。
だって倫人ってば、顔は滅茶苦茶イケメンなのに凄く気弱で見ていられなかったんだもん。遊んでて転ぶとすぐに泣くし、喧嘩でほんの少しぽかって叩いただけで大泣きするし。あたしみたいに何があっても動じない強い心は持ち合わせてなかったんだよね。
それがよくもまぁ一念発起してアイドルを目指そうと頑張ったものだ……と、思っていたら見る見るうちに倫人は天性の才能を開花させて日本一に上り詰めた。
どんどんと、倫人は遠く離れた場所に行っちゃった。
あたしを置いて、あたしの知らない場所に行っちゃった。
対照的にあたしは何も変わらず、周りからちやほやされ続けていた。……そう、何も変わらずに。
いつも通りの取り巻きの中で。
いつも通りの褒め言葉の中で。
いつも通りのあたしのままで。
あたしは……狭い世界の中で満足していた。周囲に、自分自身に。
"【アポカリプス】の九頭竜倫人"として輝く倫人を見る度に、あたしは謎の焦燥感を覚えた。
だから、あたしは良い恋人役が見つからなかったという口実を作って、クリスマスデートに初めて倫人を誘った。日本一のアイドルだと知ってたし、倫人が勧めるように4傑の誰とデートに行っても良かったけど……でも、あの時ばかりは倫人以外は嫌だった。
何とかオッケーを貰って迎えたクリスマスデート当日、あたしはいつものように接した。倫人が着てきた服にダメだししたり、高級フレンチも振袖もスカイタワー特別展望台も、何もかもを奢らせた。
それが、あたしにとっての"当たり前"だった。これまで付き合ってきた男達は、喜んであたしに金を貢ぎ続けてきたんだし、倫人にそうして貰うのも"当たり前"だって。
『……チッ、うるせえな。幼馴染のお前と今更デートしたって楽しいことなんかあるかよ! 金だって使わされてよぉ、このカス女がっ!!』
だから、倫人にこう言われた時は驚いた。
いや、ショックだった。
『この際だから言ってやるよ! お前って本当にカスだよな!! お前よりもカスって言葉が似合う女、中々いねえよ!! カス!! 爪先から髪の毛の隅々までカスだよっ!! カスっ、カスカスカスカス女がっっ!! お前なんて顔も見たくねえ!!』
倫人からカスと言われるのは別に珍しくも何ともない。あたしに向かってカスと言うのは倫人くらいだけど、でもそれが本気じゃないってことはいつも知ってたし。でも、この時の"カス"にあたしは傷ついた。倫人がカスって言う度に、抉られるような痛みが胸に走った。
あたしにとっての"当たり前"を否定された。それが辛かった。
……いや、違う、そうじゃない。
あたしは……倫人に本気でカスだって言われたのが嫌だったんだ。苦しかったんだ。
でもこの時はそんなことを考える暇なんてなくて、感情のままにあたしは倫人の頬を引っ叩いて逃げるようにして帰った。クリスマスデートは、たぶん今後きっとないくらい最悪の終わり方をした。涙がボロボロって目から零れ落ちて止まらなくて。家に帰った後もあたしはずっと泣き続けた。
新年の挨拶を初めて倫人としなかったまま、秀麗樹学園の新学期を迎えて……あたしは倫人に勝負を挑んだ。
あの時なんであんなに傷ついたのか、その理由は一切考えなかった。考えたら、また涙が出そうになるから。倫人を許さない、許せない。その一心で"日本一のアイドル"ではなく"ガチ陰キャ"の倫人に、勝負を仕掛けた。
怒りのまま、あたしは倫人に徹底的に勝利する為の策も投じた。秀麗樹学園は最早あたしの庭、あたしの言うことを聞かない奴なんていない。だから4傑の4人……荒井大我、武原太郎、優木尊、雲間東を招集し、しかも4人の得意分野で勝負して倫人を徹底的に嬲り殺しにする作戦を思いついた。
これで勝てる。完膚なきまでに叩きのめして、あたしの気は晴れる……。
そう思ってたのに、倫人は予想外の快進撃を続けた。荒井とのダンス勝負、武原との大食い勝負にも勝利して、崖っぷちに立たされたのはあたしの方だった。
その後何とか優木と雲間が勝利してイーブンに持ち込んだんだけど、まさかあたしが直々に出る羽目になるなんて思ってなかった。
迎えた5戦目のモデル勝負。もちろんあたしはモデルなんてやったことないし、ランウェイを歩くなんて初体験。初めてだらけだったけど……あたしはその状況を心の底から楽しめた。
これまでも手放しで称賛されたあたしだったけど、あの時初めてあたしは本当の意味で誰かを魅了出来たのかもしれない。輝くランウェイから見えた景色は、たぶんステージ以上に輝く皆の瞳。あたしに魅せられて、キラキラと輝いた皆の瞳。
それに気付いた時、あたしは胸が熱くなった。胸だけじゃなく目頭も。これが、本当に誰かを"魅せた"瞬間なんだって。
それだけでもあたしは満足して出番を終えた。……でも。
あたしは……前座に過ぎなかった《・・・・・・・・・》。
その後に控えているのが誰なのか、それはあたし自身も分かっていなかった。
あたしの後にステージに立ったのはガチ陰キャじゃなくて。
日本一のアイドルとしての倫人だった
降り出した雨の冷たさを忘れさせるほど、あたしは倫人の姿に釘付けだった。たぶんあたしだけじゃなくて、他の皆も。
今にして思えば、あたしは倫人が日本一のアイドルとして輝くのを直に見たことはなかった。テレビ越しに見て「へぇ、やるじゃん」くらいには思ってたけど。
でもその考えは、あの日に覆された。倫人の姿に、あたしは確かに魅せられたんだ──。
勝負が決着し、あたしは倫人に大敗した。
どうやって家に帰ったのかも分からない。悔しい。ただそれだけが胸の中で渦巻くせいで学校にも行けず、休み続けた。
寝ても覚めても、頭の中は倫人のことばっかりだ。あの顔を思い出すだけで悔しさが込み上げてくるし、倫人のことを考えないようにした。
なのに……日に日に倫人の存在が、あたしの中で大きくなっていった。それと同時に、胸の中にあった悔しさもなくなっていって、代わりにある音が響き出すようになる。
音はいつも通りなら静かなのに、倫人のことを思い浮かべた途端に大きくなるし速くなる。起きてても眠ってても、ご飯を食べてる時でもお風呂に入ってる時でもお構いなしに。
変な病気になっちゃったのかなぁ……そう思いながら、ちょっと検索をしてみた。確か【胸 変な音】とかで。そしたら……。
ドキドキの音
恋をしてる
って、出て来た。
……え? そう……なの……?
あたしは一瞬頭が真っ白になった。
だって、倫人は幼馴染なだけで……恋愛感情なんて抱いてるはずがない。兄弟くらいにしか思ってないし。
そう、だからこれは気のせい。倫人の顔を思い浮かべる時にたまたま心臓が速くなるだけ! だからこれはそのつまり……!
『あたし…………倫人のことが…………好きなの…………?』
部屋の中で、あたしはそう呟いて。
そして、確信してしまったんだ。
倫人がアイドルになって遠い存在になって焦ってたのも。
クリスマスデートの日、今までにないくらい楽しみだったのも。
倫人に本気でカスと言われて心の底から傷ついたのも
こんなにも、倫人のことを思い浮かべてドキドキするのも。
全部全部、倫人が好きだったからなんだ──。
倫人に勝負を挑んだのも、倫人に勝つ為じゃない。
倫人のかっこ良さを、再確認する為だったのかもしれない……。
な、何なのこれ……あたし……ええっ……!?
自分の気持ちに気づいたあたしは、髪の毛をくしゃくしゃにして頭を抱えた。
顔はぽーっと熱を帯びている。
胸の音は凄くうるさい。
その中で、一番あたしの意識を奪ったのは
──あたしも含めて、あの場で一番の輝きを放って皆を魅了していた倫人だった。
それから、あたしは新たな決意を抱いて倫人の前に立った。
あれだけうるさかった心臓の音も、1週間をかけてようやく静めて。
『これであんたも終わりよ! 九頭竜倫人ォ!!』
気持ちを悟られないように、いつも通りのあたしを振る舞う。強気で自信満々なあたしを。
『"男子、三日会わざれば括目して見よ"という諺があるよね。だけど、それが男子だけに限った話だと思いこんだあんたの負けよ!』
こちとら三日どころか一週間も経ってる。
おかげであたしは物凄い変貌を遂げたんだ。
あんたへの気持ちを自覚して、変わろうと決意出来たんだから。
『あんたの敗因は、あんた自身の慢心……。1週間もあたしを放置したのを後悔しなさい!』
本当は、メッセージとか電話とかしてくれてたのは気づいてた。
出れなくて、ごめんね。
今回の分だけじゃなく、今まで素直に謝れなくてごめんね。
……でも、今は口にして謝らない。
あたしはあんたに勝たないといけないんだから。
あんたにドキドキさせられっぱなしじゃ嫌だから。
……だから。
『覚悟しなさい! あたしはこれから──アイドルになるわ!!』
あんたと同じステージに立って。
あんたを超えるくらいのアイドルになって。
あんたを惚れさせて告白させてやるんだから。
日本一のアイドルで、あたしの大好きな人……九頭竜倫人!!




