”日本一のアイドル”【アポカリプス】
"アイドル"
偶像、崇拝される人・物、憧れの的、熱狂的なファンを持つ人etc
色々な意味があるが、この日本においてはそういった意味で使う人はほぼいないだろう。
何故ならアイドルとは要するに。圧倒的にカッコいいか圧倒的に可愛ければ、それで良い。
”日本一のアイドル”であるこの俺、九頭竜倫人はステージに立ちながらふとそう思っていた。
──12月25日、午後0時ちょうど。
クリスマスというこの日に誰と過ごすのか。
家族、恋人、人によっては1人で過ごす人もいるだろう。
しかしここ”新国立競技場”に集った8万8000人の観客は……──俺達【アポカリプス】と過ごすことを選んでいた。
「きゃああああああああぁああああああああああッ!!!!!!!」
「同じ酸素吸ってるヴぁああああぁああああああああッ!!!!!!!」
「ピギュええあああぁああああああああぁぁあっっ!!!!!!!」
「かっこかっこかっこぉぉぉぉぉぉおおおおぉおッ!!!!!!!」
「たまらん待ってちょもう無理ィィィイィイイイィ!!!!!!!」
新国立競技場は凄まじい熱気と狂気じみた歓声に包まれていた。
満員御礼の会場には耳を劈くような観客の叫び声が轟く。大部分が女性で構成された観客の熱視線は、ステージの中央にいる俺達に注がれていた。
寸分の狂いもなく同じタイミングで踊り、時折バク宙などのアクロバティックな動きも挟む。曲のBGMと共に観客の歓声が背中を後押ししてくれながら……俺達の時間が始まっていた。
【魂震わせ燃え上がれ We are お見逸れ厳禁目ェ開けろ(Wow!) Everybody Somebody Everyday Bad day? 俺達魅了すりゃSpecial day!】
踊りの中から軽やかに抜け出し、メンバーの1人が先陣を切る。
優雅で気品すらも漂う金髪を揺らしながらラップを披露するのが、【アポカリプス】の中でも最も優男な印象を与える甘いフェイスの王子様イケメン──”鬼優”だ。
【悲しみ泣いても立ち上がれ 皆好きな音に乗れ声上げろ!(Wow!) 嵐で 笑って 荒波 逆らい 俺達向かうぜSpecial day!】
低く重厚感のある声が紡ぐラップは''キユラップ''と称される。今日もいつもと変わらぬ、どころかそれ以上の気合の入った見事なラップにファンの歓声が割れんばかりに響き渡った。
鬼優は最高のスタートを切って魅せていた。しかし、ここから更に熱量を上げていくのが【アポカリプス】のライブであり。他のメンバーも負けじと続く。
【Don’t Back! さぁ始まりだ 俺達の旅が(12345 GO!)】
鬼優のラップが終わって少々の間奏を挟み、転調してAパートが始まる。
まるでサビのように激しい曲調の中、踊り続けながら大声を張り上げる男──''イアラ''。
ド派手に逆立った赤髪と見事な褐色肌、輝く六つに割れた腹筋を存分に魅せつけ、力強い歌声を炸裂させる。
【荒いこの道 見たことない未知 夢までの道? 進むぜどのみち! 突き進んで止まらねえ意気(Yo Yo)!】
中性的なイケメンが人気の昨今において、イアラは昔ながらのまさに''漢''というイケメンだった。
獰猛とも言える野性的な猛々しさを全面に溢れさせるイアラには、女性のファンはもちろん男性のファンも多くいる。甲高い声に混じって野太い声が一部から聞こえるのも頷けるものであった。
【Never give up! さぁ戦いだ俺達の番だ(12345 Fight!)】
イアラとバトンタッチをし、歌い出した男にファンの絶叫が響く。
緑と黒の混じった奇抜な髪色に、無邪気な子どものようなあどけない笑みを魅せるのは──”ShinGen”。
【波乱万丈 憤懣焦燥? そんなの上等 気炎万丈! いつだって忘れねえ威風(Do Do)!】
Shingenの歌う姿に観客は狂ったように叫ぶが、はっきり言うと、その歌声はさほど上手くはない。
しかし天真爛漫な所と底なしの明るいキャラそのままの歌声、穢れを知らないまさに純粋無垢と呼べる天然な所はファン達にどうしようもなく庇護欲をかき立たせるものだろう。
イアラとShinGenが担当したAメロが終わり、ここからはBメロだ。
【戻らない 諦めない 口で言うだけなら簡単すぎるさ そんなの誰にだって出来るから】
そんなBメロを落ち着いた口調で歌うのは──”東雲だった”。
優美な鬼優、ド派手なイアラ、元気印のShinGen、個性の光る3人とは異なり、落ち着き払った印象とそれを彷彿とさせる青みのある黒髪が特徴的な男だ。
しっとりとした声色が会場に溶けていき、程良くクールダウンさせる。
【だからこそ俺達は証明するんだ この身体と 心と 魂で】
他の3人と比べると分かりやすいような個性はないものの、穏やかな大人っぽさは弱冠17歳であることを忘れさせるには十分で。
やはり人気という面では3人に優るとも劣らないと言わざるを得なかった。
各ソロパートが終わり、ここからは4人が揃って歌う。
各メンバーのイメージカラーを模した金、赤、緑、青のペンライトが会場を綺麗に彩る中、4人も変わらない輝きで観客を魅了した。
【この世界が終わったと誰か決めた? この世界が終わったと誰か諦めた? だとしたら覆してみせるさ 他の誰でもねぇこの俺達が Now!】
ここも息はぴったりで綺麗なハモリを心地良く奏でながら、パートが終わるや否や同時に4人はしゃがみ込んだ。
それまで流れていたテンポの良い曲も途端に聞こえなくなる。しかし、音響トラブルじゃない。この曲はそういう演出だった。
4人は星の形を描くようなフォーメーションを組んでいる。鬼優、イアラ、ShinGen、東雲の4人は、言うまでもなくファンを熱狂させ、心の底から魅了したと断言出来る。
だがもしも……この4人ですらも霞むような魅力の持ち主がいるとしたら?
【A・p・o・c・a・l・y・p・s・e……】
【アポカリプス】が”日本一のアイドル”と呼ばれるようになった、最大の理由とは?
それは、4人が描く星の頂点に立って、自らのグループ名を冠した歌詞を呟いた──この”俺”だった。
皆のようにはっきりと声を上げて歌った訳じゃない。
だが、その呟きだけで会場中のファンが歓声も忘れて魅せられる。
誰の目にも、その姿はまるで神が降臨したかのように映っていることだろう。そしてそれは、観客のみならず先にパフォーマンスを魅せた4人達にも。
【A・p・o・c・a・l・y・p・s・e……】
完全なる静寂の中で少し声色を強めて再び俺は呟いた。
それと同時に俺は俯いた状態から顔を上げた。観客達からすればまさしく”ご尊顔を拝む”という状態だろう。
会場を見渡すと、ペンライトを握りしめていたはずの手がいつの間にかしっかりと組まれていて、観客はまるで神を目の前にした敬虔な信徒と化していた。
その場にいるだけでありとあらゆる人の目を惹き付ける圧倒的な神々しさと存在感、輝くダイヤモンドのように流麗な銀髪と超絶イケメンの中のイケメンフェイスを持つ──それこそがこの俺”九頭竜倫人”だった。
【We Are The ”Apocalypse”!】
ド派手な火柱が上がる演出に花火も打ち上げられ、俺の歌い出しは最高に格好良く決まった。
遅れて、俺の神々しさにようやく慣れた客席からは今日一番の歓声が上がる。
卒倒するファンも数知れず、これだけでも盛り上がりは最高潮であった。
しかし意識を失ったファンを叩き起こすように。
まだまだこれからだぜと言わんばかりに。
俺達は【アポカリプス】として、1つの光となり輝きを魅せ始める。
【さぁ皆様ご唱和!! 乗り遅れんな!! 54321……Go!! A・p・o・c・a・l・y・p・s・e アポカリプス! A・p・o・c・a・l・y・p・s・e アポカリプス!】
サビに入り、会場のボルテージは最高を突破する。
超満員となった会場の全員が、魂の叫びにしっかりとついてきてくれる。Apocalypseのアルファベットを体全体で表すその一体感は、一種の芸術作品のような完成度を誇った。
【世界は終わっちゃなんかいないさ 破滅なんざ滅亡なんざ絶望なんざ俺らが全部全部ぶっ飛ばしていくぜ! Blow Out ぶっ飛べ! Break Out ぶち破れ! Get Right 希望に Be The Hope なるから だから見ていてくれ 俺達のことを だから魅せてやるぜ 俺達のことを】
会場の熱気は留まる所を知らず、俺達はその中で輝きを増していく。
汗をどれだけかいても。呼吸をどれだけ切らそうと。そのパフォーマンスは衰えることなく、ファンの皆を魅了し続けていく。
これこそが俺……いや、俺達──
【We Are The Apocalypse!!!!!】
──''日本一のアイドル''だ。
俺が自分に言い聞かせた直後、空間中を揺るがすような爆音が響く。曲終わりに演出としての火柱が豪快に上がった後、俺達に送られたファン達からの盛大な歓声だった。
「ハァ……ハァ……」
狂気的な歓声に包まれる輝くステージの中、デビュー曲【Apocalypse】を歌い終えた俺達は既に満身創痍に近いような疲れ具合だ。
この後にさらに10曲も残っている。パフォーマンスを魅せる以外にも様々な企画もあるし。アンコールなども含めるとまだまだライブの終わりは程遠いだろう。吐きそうな衝動に駆られそうだった。
それでも決して手を抜かないのが【アポカリプス】だ。じゃないと、”日本一のアイドル”など到底務まらない。
さらに言えば今日はデビュー2周年記念ライブだ。ファンへの感謝を胸に抱きながら、俺達はいつも通り”日本一のアイドル”としての輝きを……いや、いつも以上の輝きをファンの皆に魅せないとな。
【鬼優、イアラ、Shingen、東雲……もっともっと魅せてやろうぜ”俺達”を】
マイクを通さず、俺はメンバーに対し静かにそう告げた。
それだけで、他の皆も笑顔で頷いてくれていた。俺の言葉に応えようとしてくれている。全く、最高な仲間達だ本当に。
少しだけ息を整えると、俺は再びマイクに口を近づける。雨と汗で輝く顔に笑みを浮かべると、見会場全体に響き渡るほどの声で叫んだ。
【皆、改めて今日は来てくれてありがとう!!!!! 今から皆を世界で一番幸せにするから、最後まで俺達を見ててくれ!!!!! まだまだ魅せてやるからなーーーーっっっ!!!!!】
俺の声に呼応し、会場は爆音のような歓声に再び包まれて。
その後も俺達は”日本一のアイドル”として最高の輝きを放ち、ファン達を魅了し続けたのだった──。
ライブは無事に終了し、時刻は午後6時26分。
【アポカリプス】の皆から打ち上げに誘われたけれども、俺は泣く泣く断った。
何せ──
「おっ待たせーーー倫人ーーーっ‼」
今からが……ラスボス戦。
幼馴染である甘粕清蘭とのクリスマスデートの始まりで。
このデートが俺の運命を大きく変えることを、この時の俺はまだ知らなかった。