最終決戦──最強最凶最低・最美最カワ最高のカス女、甘粕清蘭──②
な、何だ……今の爆音は……!?
指で耳の穴を塞ぎながら、俺はゆっくりと控室の小窓から顔を覗かせる。
今日一番と言える観客の熱狂。それを生み出しているのはたった1人の少女だった。
目に焼き付くような深紅のドレスは、生半可な者が切ればたちまちにその存在感は消え失せてしまうだろう。だが……今それを身に纏うのは、この学園始まって以来の美貌を持つ少女だった。
この俺、日本一のアイドルである九頭竜倫人の幼馴染であり類まれな容姿を生まれながらに持った"一般人"──甘粕清蘭
彼女の光は、今この時を以て最大級の輝きを放ち始める。
「よーしっ! あたしの姿をよーく見ててね、皆っ!」
つい先程までゲロを吐きまくっていたとは思えない凛とした顔を見せながら、清蘭はレッドカーペットを歩き始める。
これだけの観衆の目を全て惹きつけつつも、清蘭の歩く様はまるでランウェイに慣れきったスーパーモデルが如く堂々としたものだった。それでいて歩く姿全く不自然ではない。威風堂々にして天衣無縫、そう例える他になかった。
「あはははははっ! こういうの初めてやったけど、楽しいんだねっ!」
見惚れる皆を前に清蘭は無邪気に笑う。普段の薄汚れたカス極まる性格など微塵も感じさせない、まるであどけない子どものように無垢な笑顔。
それを見た瞬間、俺はあの日に覚えた感覚を思い出した。
芸能界で活動するようになってからは飽き飽きするほど"美人"だとか"美少女"を目にしてきた。女性グループのトップアイドル、主演女優賞を受賞した女優、人気ナンバーワンのグラビアアイドル……その他にも、数え切れないくらいそういった類の存在を見て来た。
しかしそんな人達を見ても、俺の心は動かなかった。贅沢とかどれだけ目が肥えてるんだとか言われそうだけど、ときめきを本当に感じたことはなかったんだ。
でも、またも。またしても。
幼馴染に、俺は魅せられた。
"あの日"……クリスマスの時のような泣き顔ではなく。
──これまでに見たことのなかった、とびっきりの笑顔で。
「皆ー! あっりがとぉー!! じゃあねーーーっっっ!!」
キャットウォークを見事に歩き切った清蘭は、見てくれた皆にお礼を言う扉を開けて控え室の元に戻って来た。
そして……俺を見かけるや否や、抱きついて来た。
「ねえねえ、あたしどうだった倫人!?」
「あ、あぁ……綺麗だったよ。本当に」
「そうでしょそうでしょ! いやー楽しかったし、凄くドッキドキしたなー!!」
目を輝かせて忙しなくぴょんぴょんと動き回る清蘭。
……そうか。楽しい、か。
清蘭が発したその言葉を聞いて、俺は嬉しかった。嬉しい、というよりは安心したという方に近いような気がする。
改めて確認することでもないけれど、俺と清蘭は今戦っている。2勝2敗同士で並んでいて、どちらも絶対に負けられないという状況だ。
でも元はと言えば戦わないといけなくなったのは、クリスマスデートの一件があったからだ。あの時、俺は日頃の鬱憤もあって言い過ぎて……結果的に清蘭を傷つけた。それで清蘭は怒って、今回の勝負が始まってしまった。
だからこそだろう。自分の番であるモデル勝負を終えて、最初に出て来た感想が"楽しかった"だったから、俺は安心したんだ。あんな弾けるような笑顔を見れて、嬉しかったんだ。
「……清蘭、ちょっと良いか」
「えっ?」
跳ねて喜んでいた清蘭だったが、俺からの神妙な呼びかけに困惑した様子を見せる。
今言わないで……いつ言うんだよ。
逃げるな。伝えろ。俺は……日本一のアイドル、九頭竜倫人だ──。
「さっきのランウェイでの姿、本当に堂々としてたし、綺麗だったよ。俺ですらも見惚れちまった……。それはそれとして、もう1つ伝えたいことがあるんだ」
「倫人……?」
「本当は、あの時にすぐに言うべきだったんだ。お前を泣かせたあの時に。……遅すぎるかもしれない。だけど、言わせてくれ。あの日カスカスって言い過ぎて……挙句の果てに泣かせて、本当に悪かった。ごめんな清蘭」
改めて謝ると、俺は清蘭に頭を下した。
驚いて声を失ったのか、清蘭はしばらく何も言わなかった。
その後、「倫人……」と静かに声をかけてくれた。顔を上げて良いことを意味しているのだろう。俺は顔を上げた。
「──バァァアァァァァァァカッッッ!! やぁぁぁぁあぁっっっっ~~と謝ったわねこのクーーーーズッッッ!!」
瞬間、目に飛び込んで来たのは思いっきり小馬鹿にしたような顔をして中指を立てているカス女の姿だった。こいつ死ねば良いのに。
「いや~ようやく分かったようね。あたしの美貌が如何に優れてるのかってことと、あんたが一方的に悪いってことが! 全く理解能力ないんだから!」
「お、お前!! あれ俺だけが悪いって思ってんのかよ!?」
「当たり前じゃん! だから言ったでしょ前も! クリスマスデートで男が奢るのは当然!! 日本どころか世界の義務じゃんか!!」
「馬鹿野郎! 日本の義務は労働・教育・納税だ!! ってそうじゃなくて、お前本当に自分に非が無いって思ってんの!? マジで!?」
「何度も言わせないでよだから当たり前だってば! 逆にあたしに何の非があるの?」
「そんなすっとぼけた顔面してんじゃねえ! だから前提条件から間違ってんだよ!! 奢られる気満々でクリスマスデートするなら世のカップル全部破局するわ!!」
「そんな世界間違ってる! 可愛いは正義!! そしてあたしは可愛い!! あんたですら見惚れるんだからあんたの負け is あたしの勝ち!! ハイ、論破ァ!!」
「なんだよそれ!? アリストテレスが聞いたら白目剥いて卒倒するようなカスみたいな三段論法かましてんじゃねえ!!」
「あーまたカスって言った!! 良いもん!! だったらあたしは永遠に倫人をクズ扱いするもん!! クーズ!! クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズーーーーーーッッッッッッ!!!!」
チッ……このカス女ァ……! 文章で見たらゲシュタルト崩壊しそうなくらいクズって連呼しやがって……!
「……あァ分かったよ……清蘭ァ……!」
「ん? 何? 自分がクズがってことが?」
「違う。お前さっき"可愛いは正義"って言ったよな」
「うん。言ったけど?」
……そう。
だったら、教えてやるよ。
「見せてやる……いや、魅せてやる。世の中には"カッコいいは正義"ってモンもあるってことをな」
きょとんとしてる清蘭に、俺は決意の表情で宣言した。
モデル勝負に臨むのは、ガチ陰キャとしての九頭竜倫人ではなく。
──日本一のアイドルとしての、九頭竜倫人だ。