最終決戦──最強最凶最低・最美最カワ最高のカス女、甘粕清蘭──①
「レディース&ジェントルメーン……」
「たった一枚の果たし状から始まった本日の戦いも……いよいよ次の勝負で決着となります」
厳かな暗闇と静寂の中、声優志望の男女生徒コンビの揺るぎない声が駆け抜けていく。これまで司会を務めていた2人もまた、最後の大仕事を前に十二分に気合を入れていた。
「これまで数々の熱気と歓声、予想外と波乱を生み出して来たこの戦い……そのピリオドを打つのは、その発端となった2人です……」
「かたや秀麗樹学園始まって以来の超絶美少女。芸能界を目指さないただの"一般人"でありながら、その超然とした美貌はあらゆる美少女のプライドをへし折り、今や誰もが認めざるを得ない学園一の美少女として君臨する女子……甘粕清蘭」
「かたや秀麗樹学園始まって以来の超絶クズ野郎。その名は世間を騒がせ魅了する日本一のアイドルと同じでありながら、学園最底辺で皆から侮蔑され、見下され、虐げられる日々を送って……しかし、その運命に抗うべく立ち上がり奇跡を起こし続ける男子……九頭竜倫人」
「「運命の女神は、果たしてどちらに微笑むのでしょうか! 最終戦、"モデル勝負"開幕です!!」」
息ぴったりな2人が同時に叫ぶと闇の世界が光に照らされ、生まれ変わったステージが派手な火柱と共に登場する。
中央ステージまで続く一本道にはレッドカーペットが敷かれており、既にそこは立派なランウェイとなっている。両端にはこれでもかと押し寄せた観客達が今か今かと主役の登場を待ち侘びていた。
「皆様、笑っても泣いてこれで最後です!」
「革命の灯火が留まる所を知らず天を焦がすか、それともやはり天が絶対的であると灯火を吹き消してしまうのか、見逃すなかれ!!」
「それではルール説明です! 内容は至ってシンプル、これから九頭竜君と甘粕さんにはこのキャットウォークをそれぞれ1回ずつ歩いて貰います!」
「ただこの紅き道を行って戻る、それだけの勝負です! ただそれだけに2人がどのような服を選ぶのかがかなり重要になってきます!」
「気になる審査方法は審査員による投票になりますが……なななんと! 今回の審査員はプロの方ではなく、皆様全員になります!」
「投票の仕方は至ってシンプル! 2人のウォークが終了後、手元にあるボタンを押すだけ! 甘粕さんの方に入れたければ"甘粕"と書かれたボタンを、九頭竜君に入れたければ"九頭竜"と書かれたボタンを押して下さい!」
ふむ……なるほど。本当にシンプルなようだ。しかし最後がまさか観客投票か……となると1人でも多くの心を掴まないといけないな。プロだったらある程度どんな服を着れば良いのか分かるけど……どうしようか。
「何ずっと覗いてんの? 今更怖気づいた訳?」
控え室の小窓から覗いていると、後ろから僕以外の声がした。
振り向くとそこには、たった今から戦うべき宿敵にして幼馴染……甘粕さんがいた。
──なお、下着姿で。
「……」
「な、何よ? そんなにじっと見つめて……」
絹のような柔肌。普段はあれだけカスな振る舞いをしておきながら、年頃の少女よろしく純白のブラにパンティー。大きい訳でもなく小さい訳でもないちょうど良い大きさの胸、きゅっと引き締まった腰つき、健康的な太さの太もも……。
ガチ陰キャ生活で鍛えられた観察眼は、一瞬にして甘粕さんの身体を堪能する。
──うむ、俺は嬉しいぞ清蘭。順調に育ってるようだな……。中学生の頃は女の色気なんて皆無でこの先大丈夫かなと気にしてたけど、この1年で見違えるように実ったようだ……。
「ちょっと倫人! 何でおじいちゃんが孫を見るような目してんのよ!」
「う、うわぁ! ごめんなさい……」
「ったく……。それとあんた、こんな時までクズの方じゃなくて良いわよ」
「……え?」
「だって気持ち悪いじゃん。誰かが見てるならともかく、あたしの前でもそんな風にガチ陰キャムーブされちゃ、気持ち悪すぎてゲロ吐きそうになんの! だからあたしの前ではいつも通りの倫人でおろろろろろろろろ!!」
ゲロを吐いた甘粕さんを見ながら、僕は自然と安堵していた。
ガチ陰キャが日本一のアイドルとバレないように、必死にこの学園で作り上げたキャラクター。それを知っておきながら、気持ち悪いと言ってくれて、しかも皆の前ではそれを出さないように甘粕さんはしてくれてたんだ。
「……ふん。ありがとな、清蘭」
「な、何お礼言ってんのよ……気持ちわろろろろろろろろ!」
「いや、こうやってお前の前だけは自然体の俺でいることが出来てな。いやーバレないようにするのはホントに疲れるしさ……今日だって死ぬほど大変だったしな」
「うぅ……4傑の内2人に……ガチ陰キャが日本一のアイドルとバレないようにしながら勝ったのは流石と言うべきね……。でも快進撃もここまでよ! 次の勝負では完膚なきまでに、あたしが完全勝利してやるんだからろろろろろろろろ!!」
ゲロを吐きながらも、清蘭は自信満々に俺にそう言ってのける。
自分の言動に一点の疑いも持っていない……それこそが清蘭の悪い所だ。根拠もなく、道理もなく、ただ自分が思ったことや感じたことのみが正しいとする、自己中心的な……まさにカスと言う他にない性分。
だけど……だからこそ俺は分かる。アイドルも芸能界もスポーツも何事においても"疑わない"というのは強さだ。どれだけの批判や批評を受けようとも、非難や罵声を浴びようとも、その痛みの中を堂々と突き進む強さ……高くそびえ立つ山の頂に上り詰めるには、その覚悟が必要だ。
全く……このカス女はそれを自然とやってのけているから恐ろしい。荒井、武原、優木、そして雲間……これまで4人の強敵と戦ってきたけど、やっぱり清蘭が一番の強敵かもしれない。
けど──構わない。
俺はお前に勝って……革命を起こすと決めた。
お前の一番自信のあるこの勝負で……俺が完膚なきまでに勝ってやるよ、甘粕清蘭!
「……言ってくれるな清蘭。けどな、俺だってお前に負けるつもりは一切ない」
「おろろろろろろろろ!! うげえーーっ!! おええええげほあぁああぁあ!!」
「俺はお前に勝ってこの学園に革命を起こしてみせる。今は頂点でふんぞり返ってるお前も、そうなったら変化についていけるかどうか見物だな……」
「ヴォエエエエエエエーっっっ!! ヴォボボボボボボボボ!! おうぐおっはあぁああああぁああああ!!」
「……お、オイ? 清蘭さん? さっきから半端ないゲロ吐いてますけど大丈夫ですか……?」
「ハァ……ハァ……やっぱ無理……今の倫人……言ってることは確かに倫人なんだけど……顔面偏差値が-150くらいでオックスブスォード大学主席卒業確実で……もう無理っっっ!! あたしおそと行ってくりゅーーーーっっっ!!」
「あっ、おい清蘭!!」
清蘭はゲロを撒き散らしながら適当に服を選ぶと控え室から飛び出して行った。
そうか、確かに言葉は俺だけども顔面の方は逆スーパーメイクでとんでもない不細工になっていた僕だった。不細工が嫌いなあいつからしてみればそりゃあ地獄か……。にしてもなんて言い草だ。元ネタになったであろうオックスフォード大学に謝って欲しいぞカス女。
さて……後はあいつもいなくなったことだし、ゆっくりと服を選ぶとするか。
そう思って1分ほど経った後。
会場の方からは、鼓膜を打ち破りそうな程の歓声が聞こえて来た──。