革命の灯火
革命の灯火
……あぁ……ショックだ……。
何故俺がこんなに落ち込んでいるかって?
結論から言うと、今しがた雲間と繰り広げた熾烈な演技勝負は……僕の負けだった。審査員達によれば、勝敗を分けたのは流れを生み出し最後まで掌握していたジュリエットの方が凄かったのだとか。とは言え、ロミオも素人ながらあの混沌極まる世界でその役を果たしたのは見事だった……らしい。演技も素晴らしく、本当に俺がロミオに見えたと高評価を受けていた。
だが、結果は変わらない。敗北は敗北なんだ。僕はこうして2連勝からの2連敗という最悪の事態を招いてしまった。
「一体、誰がこの展開を予想出来たでしょうか!?」
「いや、誰も出来ない! こんな熱戦、烈戦、超激戦なんて!! 甘粕清蘭さん率いる4傑と学園カースト最底辺の男がまさかまさかの2勝2敗、全く互角の勝負を繰り広げるだなんてーっ!!」
夜の帳も降り満天の星空も見える中、未だハイテンションのまま司会進行の2人はアリーナに声を響かせる。いや、寧ろこれからが最高潮とも言うべきか。対決が始まって既に3時間が経過していたが、会場の空気はかつてない熱狂に包まれていた。
「それではこれから最終戦であるモデル対決を行う……その前に!」
「これまで激闘を繰り広げ、会場を大いに沸かせた4人と1人にそれぞれコメントを頂きましょう!!」
司会の言葉に観客達は拍手と歓声でその粋な計らいを歓迎する。
疲れてるけど……出るしかないよなぁ……。僕は椅子からゆっくりと腰を上げると一番最後に並ぶ。横を見れば私立秀麗樹学園の誇る超イケメン、4傑が勢ぞろいだ。
「それではまずは、荒井大我君からお願いします!」
「しゃあッ!! まず俺様が言いてえのは……こいつはすげェってことだッッ!!」
マイク無しでもはっきりと聞こえる馬鹿でかい声を放ちながら、荒井君は僕に指を指す。
それは荒井大我という漢を知る者達からすれば予想外過ぎる行為だった。こういった場面でまず彼が行うのは自己への反省だったからだ。
「正直、この対決が始まるまではこいつのことは取るに足りねェクズだと思ってたッ……。秀麗樹学園は芸能界を目指して、スターになりたい奴らばかりが集まる場所だ。その中で自ら輝くことはしねェ一般人……中でも顔もクソみてえに不細工でコミュニケーションも出来ねェ、こいつはまさにクズと呼ぶしかねえ奴だと俺は思ってたぜッ……」
改めて聞くと酷すぎないか荒井君……いや荒井。僕を演じてるから仕方ないけど、流石にちょっと俺でも傷ついたぞ。
そう思っていた矢先、「だがなッ!!」と荒井は一際声を張った。
「こいつは俺様に勝ったッ!! 文句のつけようなんてねェ、完璧なダンスでだッ!! 素人だからクズ? 芸能界を目指していないからクズ? そんな俺様の常識をこいつはぶっ壊しやがったッッ!! マジで凄い奴だぜ……九頭竜はよッッッ!!」
拳をグッと握り締め叫ぶ荒井。その言葉には様々な想いが含まれているのだろう。負けて悔しいという想いは当然あるが、それ以上に感じさせるのは……僕への尊敬の念だった。
「これから俺様は二度とこいつのことをクズとは言わねェし、言わせねェ!! てめェらァ!! こいつは紛れもない漢だッッッ!! 二度とクズなんて言うんじゃねェぞォ!! 以上ッッッ!!」
荒井は会場の皆に猛々しく叫ぶとコメントを締めくくった。
起きたのは拍手喝采……ではなく静寂。
今この瞬間に、秀麗樹学園に革命の種が蒔かれつつあった。これまで蔑まれ、疎まれ、見下され、嫌悪され続けてきた存在が──認められようとしている。
「荒井君ありがとうございました! では続きまして武原太郎君お願いします!」
「はいはーいっ! えっとねー、僕も大ちゃんとすっごく同じ気持ちなんだー! クズ君……って呼んだらいけないんだよね。だから……そうだ倫ちゃん! 倫ちゃんは凄いんだーって!」
荒井に続いてコメントを述べる武原も、僕を清々しく認めてくれる言葉から始まる。
「早食い勝負凄く凄く楽しかったよ! あーんしたりしてもらったりして、同じものを一緒に食べる楽しさを味わえて本当に良かったなー! また一緒に何か食べに行こうよ倫ちゃん! 僕が奢るからさー! えーっと……終わり!」
荒井のように皆への注意や警告などはすることはなかったが、自分らしさ全開で武原も僕を肯定する。小難しいことを言わない分、気持ちや好意はストレートに伝わって来て、これもまた偽りようのないものだった。
「武原君ありがとうございます! では続きまして優木尊君お願いします!」
「はい。僕は彼に勝利を収めましたが、気持ちは2人と同じですね。彼は……九頭竜倫人は凄い人です」
相変わらず優美な笑みを浮かべながら、優木は端的に結論から入った。
「彼を自分の立場に置き換えてお考え下さい。ダンス、早食い、ラップ、演技……全くジャンルの異なるこれらを、すぐにやれと言われて出来る人は、果たしてこの中に何人いるでしょう? 全国各地から様々な才能溢れる者が集まるこの秀麗樹学園でも、ほぼ皆無と言っていいでしょう。僕ら4傑もまた、一点特化の天才ですからね」
宥めるように、諫めるようにして話していく優木。感情を全面に表した荒井や武原とは異なり、理論的に話を紡ぐのは優木らしさのある語り口だった。
「そんな僕らから1勝挙げることが出来るのも、果たしてこの中に何人いるでしょうか。僕の意見を述べるとすれば……いない、と思います。その中で彼は、1勝もすれば奇跡と呼ぶべき所をなんと2勝もしています。敗北してしまった対決でも、なんと僅差なんでしょうか……。故に、僕ももう彼のことをクズ扱いなど致しません。これからは、称賛されるべき才ある者として彼を扱います。よろしくお願いします、九頭竜倫人君」
最後にお辞儀をすると、マイクを司会に手渡して終了を優木は合図する。
感情、そして理論。双方向から九頭竜倫人の存在が受け入れられていく。
「優木君ありがとうございます! では続きまして雲間東君お願いします!」
「はいっ。そうですね……俺は正直に言うと、九頭竜君のことは最初からクズだなんて思っていなかったですね」
ざわわっ、と流石に会場がどよめいた。
この対決をする前から僕のことをクズと思っていない……それがどういう意味なのか、皆の注目が雲間に注がれる。もちろん、僕を含めて。
「まぁ確かに、九頭竜君はこの学園じゃ異質な存在だと思う。芸能界を目指す人が生徒のほとんどを締める中で、何も目指さずにこの学園に通い続けてる……言うなれば"一般人"だから。……でもさ、俺は思うんだ。あれだけクズって言われ続けて、存在を否定され続けて、それでもここに通い続けてるその時点で凄いなぁって」
雲間もまた、他の3人とは異なった視点で僕の凄さを語ってくれた。
「どんな事情があってここに通うことになったのかは分からないけど、でも俺はもう彼をクズ扱いしなくて良いんじゃないかなと思う。能ある鷹は爪を隠すって言うけど、今日ほどそれを痛感したことはなかったな。九頭竜君は本当に多才だよ。だからこそ自分の進路に悩み、今日まで何もしてこなかったのかなぁ……って。まぁそれは俺の勝手な予想だけど。で、まぁ九頭竜君がその気なら、俺は演技の道を進めたいけどね。えっと長くなってごめん。要するに、九頭竜君のことはクズ扱いしないよ。今までもこれからも。以上です」
謙虚そうに話しながら、雲間は話を終えた。
4傑のコメントが終わると、会場は異様な雰囲気に包まれていた。
実際に目撃した者と、実際に戦った者。それではまだ覚える感覚や感情は異なってくるのだろう。あるいは、自分が見下し蔑んで来た者の成功を受け入れられない……か。
──馬鹿が。だから観衆はカスなんだよ。
俺や4傑と観衆共の違いを教えてやろうか。それはな、事実を呑み込んで、受け入れて、前に進む強さがあるかどうかだ。
別に受け入れられたかった訳じゃない。見返したかった訳じゃない。だけど……そうやって止まったまんまだと、お前らは三流のままだ。
それは……俺のプライドが許さない。日本一のアイドルである俺、九頭竜倫人のモットーは──俺の輝きで、見た人達も全員輝かせることなんだからよ。
「では最後に、九頭竜倫人君お願いしま──」
司会からマイクを食い気味奪うと、僕は高らかに宣言した
「……今日……この日が……この学園が生まれ変わる日です。僕が……甘粕さんに勝って……革命を起こして魅せます……!」
革命の灯火は生まれた。
会場にいる誰もが僕の言葉に、姿に、意識を奪われている。
新たな希望になりつつある勇者、どんな苦境にも負けぬ反抗者。人によって僕の捉え方は違うのだろう。
だが、そんなことはどうでも良い。
今……僕は間違いなく……皆を魅せていた。
「……チッ、クズが……調子に乗ってんじゃないわよ」
それを唯一、憎悪の顔で見つめていたのは九頭竜倫人の幼馴染
最後の勝負に臨むべく、ドレスチェンジをした甘粕清蘭だった。