代理戦争4人目~人を見た目で判断するなかれ、雲間東②~
「あぁ……ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」
やはりこれだろう。この作品で代表的な台詞と言えば? と聞かれたら、誰もがこれだと答えるに違いない。僕と雲間とが競い合う、即興超アドリブ"ロミオとジュリエット"はそんなド定番な台詞から始まっていた。
変な所を挙げるとすれば……まぁ色々ある。
とりあえず目の前を見れば何故か──ジュリエット役が雲間だった。地味めな黒髪は見る影もなく金髪のブロンド(のウィッグ)になっていて、顔もすっかりとプロのメイクの腕前で絶世の美少女であるジュリエットに生まれ変わっている。まぁ清蘭には負けるが。
それはそうとして、ジュリエットが雲間ならば俺はというとロミオ役だった。客席に少し目を向けると「どうしててめぇがロミオ役なんだよ!」とか「雲間君のロミオが見たかったのにキィィィィ!!」といった怨嗟の視線を拝める。うん、なるべく見ないようにしとこう。
「あぁジュリエット……それは僕がロミオだからだよ……」
俺はとりあえず適当にそう返しておく。ロミジュリの内容なんて一切分からないし。
まぁそれは重要なことじゃない。何と言ったってこの演技勝負は"即興超アドリブ"だ。台本なんてない、全てがアドリブ。
故に演技力と同時に、臨機応変な対応力を求められる。それで言えば優木に負けてしま……勝たせてあげたラップバトルと似通った所がある。
まぁ要するに、結局はやることは変わらない。全力を尽くして俺が僕だとバレないようにしつつ、勝てばいいだけのことだ。
「あぁロミオ……」
「あぁ……ジュリエット……」
「あぁロミオ……」
「ジュリエッ……トゥァ……」
始まってから名前呼び合ってしかいないけど大丈夫このカップル病んでない?
まぁ序盤も序盤だ。雲間の方もまた仕掛けるかどうか悩んでいるみたいだ。しかし、恐るべきは雲間の演技力と言った所か。まだ名前しか連呼していないにも関わらず、俺の目の前にいるのは紛うことなき"ジュリエット"だ。
俺だけじゃなく、この場の全員がこのジュリエットを"女装した雲間"ではなくジュリエット本人として目に映っていることだろう。没個性の地味メン、だからこそこんなにも役にすんなりと入れる……いや憑りつくことが出来るという訳だ。
と、俺が感心していた所で無音だった空間にBGMが流れ出す。クラシック調の穏やかな始まり方……。まぁロミジュリの世界観に合わせるなら哀愁も漂う【ピアノソナタ第14番"月光"第1楽章】とかだろう……。
あ、あれ……? なんか急に盛り上がり初めてませんかねこれ。まるで運動会で聞くような──って思ってたら、本当に運動会で聞くアレだった。
知らない人などいない名曲【天国と地獄】だった。
「ヒャッハァァァァ!!」
「ヒャアっ!! ジュリエットだァ!!」
「我慢出来ねえッッッ!!」
「!?」
曲が慌ただしくなると同時に3人の脇役が登場する。
華美なドレスや王子らしいコートに身を包んだ俺や雲間とは異なり、そいつらの格好は袖のないスカジャンにモヒカンやリーゼントと言った世紀末仕様で……何これ世界観どうなってんの?
「きゃああぁあああっ!! ロミオぉ!」
「ジュリエット!?」
「ま、また奴らが来たわ! "黒白のアルバトロス"よ!!」
雲間ォォォォ!! 急にぶっ込んでくんな!! なんか毎度お馴染み感出されても俺は初めましてなんだけどォ!?
「グヘへへへ……今日こそジュリエットを貰い受けるぜェ?」
「全てはあの"お方"の為になァ……」
「大人しくジュリエットを渡しなァ!!」
おぉい即興劇なのに回収出来なさそうな伏線張るなや!
だけどこれがそうか……。この状態を如何に掌握し、自分のものとするかで勝敗の名案が分かれる……か。既に雲間は適応して、しっかりと"ジュリエット"に成っている……。
だったら俺もやるしかねェ。いちいち突っ込まずにこの滅茶苦茶な世界をロミオとして生きねば!
「貴様らァ! 僕の大切なジュリエットゥァには絶対に手を出させんぞ!」
「ロミオ! お願いロミオわたくしを守って! このまま奴らに攫われたら、わたくしは酷い目に遭いますわ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」
「あぁ分かってるよジュリエッタ……任せろ!」
そう。俺はロミオだ。
愛する人を……ジュリエッチャーを守る、男の中の男。
そして最期には打ち切り漫画が如く駆け足気味に登場した"あの方"と共に溶鉱炉に落下し、親指を立てて「I’ll be back……」と言い残して壮絶な最期を遂げる……。
よし、完璧な流れだ! まずはこの雑魚共をロミオ神拳で爆散させて──
「アチャアッ!」
「ぐうおっ!」
「ホアチャアッ!」
「あべしっ!」
「ホォォォアタァァァァァ!!」
「ひでぶっ!!」
……あれ? 見間違いかな?
今、俺の目の前で繰り広げられたのは……背後に隠れ涙目で怯えていたジュリエットが途端に飛び出し、雑魚3人を指1本で瞬殺した光景だった。
「お前はもう……死んでいる」
「じゅ、じゅ、じゅ、ジュリエッ……?」
「ロミオ危ない!!」
「うわぁ!?」
いっけね今の完全に素だった!
って俺のいた所に突然無数の弾痕が!?
「クソッ! 奴らの魔の手は既にここまで……! 良いわ……そっちがその気ならこっちにだって考えがあるわ!」
「ジュリエンッ?」
「喰らいなさい! これが最新鋭の連発式RPG-7! 我がドイツの科学力は世界一ィィィィィ!!」
「ジュリエラシコっ!?」
俺の叫びに食い気味で被る爆発音SE、加えて男共の断末魔。愛したジュリエットは徒手空拳のみならず、銃火器の扱いも出来るようです。
……って、何なんだよこの世界観マジで!? ロミオが守られて、戦うのはジュリエット!? しかも戦闘エリートみたいな!
いいや、圧倒されるな俺! このままじゃ素のリアクションを垂れ流すだけの流されド素人だ! い、一度落ち着こう。素数を数えて……3、7、11、13、17、19、23……良し。
俺は誰だ? ……そう。俺は日本一のアイドル、九頭竜倫人だ。場に流されるのじゃなく、場を支配するのが俺だ。魅せられる側ではなく、魅せる側が俺だろう!
戦え……戦え!
「うおおおおおおおおおっ!!」
「ロミオっ!?」
「ロミジュリのぉぉぉぉお!! 王子はぁああぁああ!! この俺だああぁあああああああぁああああっっっ!!」
「ハハハハハッ! やっと戦う気になったようだがその程度のパワーでこのわたくしを倒せると思っていたのか?」
「そうかなぁ? やってみなきゃ分かんねええええええっ!!」
「さぁ来いィ! ここがお前の死に場所だァ! ロミオットォォォォ!!」
「はあぁあああぁあああぁああああああああっっっ!!」
……その後、俺と雲間は熾烈なる争いを繰り広げた。
拳と拳のぶつかり合い、魂と魂の削り合い。その二次被害で"黒白のアルバトロス"と"あのお方"も壊滅し、残ったのは今にも倒れそうな2人だけだった。
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……」
俺達はもうあと一撃を見舞うしかない体力しか残っていなかった。
足をズルズルと引きずり、決着の一撃を放つ。傍から見れば避けられる程のろい一撃も、今の俺達にはそんな余裕もなく。
互いの顔に拳がゆっくりとめり込み……そこで俺達は力尽きた。
「「……我が生涯に……一片の……悔いなし……」」
最期に俺と雲間は同じ言葉を吐き、事切れた。
これにて即興超アドリブ"ロミオとジュリエット"は閉幕。
その場で気絶してしまった俺が勝敗の結果を知ったのは、3時間ほど経った後であった。